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占の館

 浅野は二次会で終えるつもりなどなかった。これからが本当のお楽しみだ。

 稲倉真琴は三次会の生贄となった。

 隠しマイクを付けられて、占の館に送り込まれ稲倉は、酔った勢いで日頃の鬱憤を思い切り吐き出してしまう。

 「さ、行こ」

 支払いを済ませた浅野のひと言で、それまでの無礼講が解除された。

 エレベーターのなかでは、さっきまで大騒ぎしていた男たちが兵隊のように畏まり「ごちそうさまでした」と浅野に挨拶した。

 浅野も満足そうに「次やるときは絶対に負けないからね」と余裕を見せる。

 エレベーターが一階に降り、先頭の誰かがビルの重いガラス扉を押すと、春の夜気が滑り込んできた。熱くなった頬に、冷たい風が心地よい。

 外に出ると、夜はよく晴れていた。

 浅野は高いところにある真っ白な満月を見上げ、そしてゆっくりと伸びをして「気持ちいい」と言った。

 そして、勢いよく振り向くと笑顔を作り「ねえ、帰りタクシー券出すからさ、もうちょっと付き合わない」と言った。

 「もう飲めないっすよ」

 「まだ零時前じゃない」

 「明日仕事だし」

 「遅刻は許さないからね」

 「あれ、朝のリーダー、今度の労務管理だと遅刻ってないっすよね」

 「そうだった。まあ、じゃあ結果出せばいいってことで、許すから」

 「どこなんすか、そこ」

 稲倉の意志は誰も聞いてくれなかった。

 昼間の疲れが今になって出たのか、ダーツを張り切りすぎたのか、頭にはぼんやりともやがかかっている。

 「ミステリーゾーーーーン」

 「またあ」

 「うそ。ちょっと話題んなってる占いの館があるのよ」

 「似合わねえ。浅野リーダーと占いってぜんっぜん親和性ないっすよ」

 「失礼ね、わたしに夢見る女の子の要素がないっていうの」

 「ないです、ぜんぜん」

 「ねえ柏崎、あんたあれ、持ってきたよね」

 「何ですかあれって」

 「あのほら、スパイ道具のおもちゃみたいなあれよ、いつも自慢してるやつ」

 「ああ、これっすか」

 柏崎は肩に掛けていた上着の胸ポケットからペンを取り外した。

 相手に気付かれずに会話を録音できるカモフラージュ型のデジタルレコーダーだった。

 「それ、トランスミッター付いてんでしょ」

 「よく覚えてますね」

 「その音声ってスマホで拾えんの」

 「ていうか電波ですから。ラジオさえ付いてればウォークマンとかでも受信できます」

 「よし決まり。真琴、あんた代表で占ってもらいなさいよ。見料は出してあげる」

 突然の指名に、稲倉の頭からもやが吹き飛んだ。

 占い。

 隠しマイク付き。

 ……って、何それ。

 「浅野リーダー、その占いの館って、近いんすか」

 「すぐそこなの。そこに神社があって、その参道に六件並んでるはず」

 浅野はiPhoneの地図アプリを確認しながら「どこもすっごく当たるんだってよ」と付け加えた。

 「胡散臭え」

 「うるさいわね、ネットで評判なんだから。でもわたしはやだし」

 「自分勝手だなあ」

 「わたしが占いを信じて仕事の采配したら困るでしょう。だから真琴。真琴だったらほら、仕事も一緒だし、占いが当たるかどうかって、見てればわかるじゃない」

 「いいっすねそれ。おもしろそう」

 「俺、見てもらおっかな」

 「残念、夢見る乙女限定」

 「またまた」

 「ほんとなのよ、男子禁制なの」

 「ちなみに見料っていくらなんですか」

 「一律一万円」

 「高っけ!」

 「ねえ真琴」

 男たちは、浅野がどうしても稲倉を占いの館に送り込みたいのだという強い意志を察した。

 突然、浅野が肩を組んできた。そして、そのまま抱きくるめるようにして男たちから2メートルほど離れる。

 端からは仲がよさそうに見えていたに違いない。しかし実態はチータの爪に掛かった哀れなガゼル。もはや逃げることもかなわず群からも離され、あとは止めの牙を待つだけだ。

 浅野の息には、いつ吸ったのか煙草の匂いが混じっていた。そしてジャケットの奥からは、香水に混じって微かに汗の匂い。

 かなわない。

 こんな野獣のような女にかなうわけがない。浅野はこうやって、最後に見せものにするために二次会に誘ったのだ。さっきのモクテルもきっと、バーテンに言って、わからないようにアルコールを入れさせたに決まっている。そうして高揚感で口を軽くして占い師の前に送り出して、恥を掻かせようという魂胆だ。

 稲倉はアルコール過敏症ではない。ただ飲むと開放的になり自制が利かなくなる。大学二年目の新入生歓迎コンパでは調子に乗って脱いでしまった。

 保護された警察で未成年であることが発覚して大学からも処分を受け、そのせいで卒業が一年延びた。あれ以来、酒は口にしていない。

 封印したはずの過去。

 しかし極秘の個人記録まで閲覧できる地位になった浅野なら知っていてもおかしくない。

 「真琴、いい? 恋愛と結婚運は必須ね。ついでにセックスの相性とかも。わかった? 最後くらい楽しませなさいよ」

 さっきまでとは違う険しい口調だった。目も、もう笑っていない。稲倉は獰猛な猫科の目に射すくめられると、反射的にうなずいていた。

 浅野は満足し、笑顔に戻った。

 「ねえみんな、神社の近くに二十四時間やってるカフェがあるの。そこで真琴の中継聞こう」

 浅野は稲倉を促し神社の方向に歩き出した。

 その後ろを男たちが楽しそうに従う。

 いたずらにしても度が過ぎている。その自覚はあっても止める者はいない。お楽しみの生け贄が自分でないことの幸せを味わっている彼らの口元は、微妙に歪んでいた。

 月が傾いた方向にぞろぞろと二十メートルほど歩き、細い路地を右に入るとふたつ目の辻に地蔵が二体あった。そこを通り過ぎ、さらに左に折れるとビル群が途切れ、小さな森が現れた。

 「そこ」

 浅野が指した森は、妖気を感じさせる何かでぼんやりと発光していた。

 「かなりやばい雰囲気ですね」

 「そこがいいんじゃない。ほら、奥に灯りが見えるでしょ」

 森全体をぼんやりと灯していたのは占いの館から漏れる光のようだ。

 「どこでもいいからさ、真琴、さっさと決めて入んなさい」

 すかさず柏崎が「どこでもいいんですか」と突っ込みを入れる。

 「同じでしょ、そんなの」

 いや違うと思うけどな、という声を無視して、浅野は稲倉に一万円札を押しつけ「いい、楽しい配信、期待してるからね」と含みを持たせて背中を押した。

 しかし稲倉が一歩踏み出すと、浅野は再び稲倉の肩を掴んだ。そして耳元で「つまんなかったら返してもらうから、そのお金」と囁いた。

 

 皆と分かれると、稲倉はひとりで神社の森に入った。

 占いの館というので勝手に家屋を想像していたのだが、そこにあったのは参道の右に三軒、左に四軒の独立した小屋だった。

 どれも鉄パイプで組んだ骨組みにベニヤを張り付けただけの造りだ。たしか6軒と言っていたはずなのに……。

 稲倉は参道を歩いた。

 手前両側の二軒には、それぞれの入り口の脇に、易、占星術と手書きされた看板が掲げてあった。表のベンチでは悩める女たちが物憂げな顔で順番を待っている。

 見、とだけ書かれた灯籠が地面に置かれた小屋を覗くと竹笹の葉が見えた。枯れかけた葉の匂いが表まで漂っている。まるで通夜でも営まれているような雰囲気だ。ここも三人が外で待っていた。

 あとは四柱推命、手相、そしてタロットカード。タロットの小屋は少し暗かったのでなかを覗いてみたら、ここも占いの最中だった。

 その奥にもうひとつ小屋があった。右寄りに切られた戸口の脇には[預言]と書かれた小さな木札が表札のように掲げられていた。

 占いではなく預言。

 外には誰も並んでいない。

 ふいに「どこでもいいからさっさと決めて」という浅野の言葉が甦る。ここなら待たなくていいかもしれない。

 稲倉は入り口に吊された白い布を手の甲でそっと避け、首を入れた。

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