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第64話 決着


「すまない、静子ちゃん……俺はその気持ちに応えられない」


「えっ……?」


 俺が静子ちゃんの告白にそう返答して、彼女の顔を困惑と驚愕、そして絶望の入り混じった表情へと塗り替えた時、遠くから聞こえてきたパトカーのサイレンの音が徐々に近づいてきて、それはやがてこの敷地の目の前で止まった。


「警察です。工事現場に民間人が侵入したと通報を受けて来ました。侵入した方の居場所は把握されていますか?」


「え? あ、ああ……ほら、あそこだ」


 バタバタと、ただ民間人が不法侵入しただけにしては大掛かりな数の警察が工事現場に入ってきて、現場監督に侵入者の場所を訪ねる。


 現場監督も、その数に気圧され、戸惑いながらも、通報するように指示を出したのは自分だからだろう、すぐに冷静さを取り戻して、彼女がいる場所を指さした。


 実際には監督の指示は遂行されておらず、この現場にいる作業員は誰も通報していないのだが、特定の誰かではなく、全体に指示を出していたので、作業員たちも、自分たちの誰かが通報したのだろうと納得しているようだ。


 だが、納得していない人物が一人……。


「来ないでくださいっ!」


 通報された不法侵入者本人である静子ちゃんは、眼下の警察に向かって、そう叫んだ。

 その声を聞いた警察たちは歩みを止め、彼らが後に続く他の警察にも停止のジェスチャーを送って止まらせると、工事現場の入り口には警察の人垣ができる。


 だが、彼女がその声を送ったのは、正確には、警察たちではなく、その警察の中に混じった一人。

 今日もピシッとしたスーツ姿にメガネを掛けた女性、地方公務員の宇井さんに対してだ。


 いつも背筋をスッと伸ばして、余裕のある冷静な姿勢を崩さない印象のあった彼女だが、流石に今回は立て続けに色々なことが起き過ぎているせいか、いつもの無表情な仮面を外し、だいぶ精神的な疲れの見える顔で、素直に焦りの表情を浮かべている。


「っ!? 静子ちゃん!?」


「なっ……静子ちゃん! そんなところで何をやっているんだ! 危ないからすぐに降りて来なさい!!」


 工事現場の入り口に出来上がった警察の人垣をかき分け、躍り出てきた人物が2人、彼女のいる場所を見て、そう叫んだ。


「るあさん……叔父さん……」


 一人は、グラビアアイドルの平井 るあちゃん。

 そしてもう一人が、静子ちゃんの現在の保護者。彼女の父親の弟にあたる人物、四条 雄二さんか……。


 どことなく高そうな雰囲気を感じるスーツをピシッと着ていて、真面目で仕事が出来そうな印象を受ける。


 きっと宇井さんが今の状況になっていることを予想して、彼女たちを交渉人として連れてきたのだろう。


「叔父さんっ! 今すぐに廃ビルの解体を止めて、工事の人たちをお家に帰してください!」


「な、なにを言って……」


「たとえ片思いだとしても! 消えて欲しくないって気持ちは、消えませんからっ!」


 静子ちゃんは、叔父さんに向かって大声でそう叫びつけると、少し怒ったような、少し涙ぐんだ様子で、睨みつけるように、改めてこちらに顔を向けた。


「……」


「あ……あれが、件の兄に似た幽霊か……?」


「……はい」


「驚いた……確かに、一瞬兄と見間違えるくらい似ているな……」


 彼女のその視線を辿るようにして、隣の廃ビルから静子ちゃんと向かい合うように対峙している俺に視線が刺さる。

 実の兄弟である静子ちゃんの叔父さんが言うのなら、本当に俺は静子ちゃんの父親に似ているんだろうな。


「ネココさん、いらっしゃいますか? 状況を説明してください」


「うっ……ニャニャ……ここにいるニャ……」


 そして宇井さんは、疲れた様子ながら、冷静な態度で、近くに隠れていたネココを呼び出し、現在の状況を説明させる。


「静子にゃんが礼二くんのことを、お父さんに重ねているんじゃニャくて、一個人として好きニャんだって告白して、途中まで良い感じだったニャ……だけど……」


 ネココはそこで言葉を区切ると、怒ったような、悲しむような、複雑な表情で、俺の方を見上げた。


「……礼二くんが静子にゃんを振って、雲行きが怪しくなったニャ」


 おそらく、ネココが話した内容は、宇井さんが本当に聞きたかった話の半分にも満たない内容だっただろうが、頭の切れる彼女は、それだけで何となく状況を察したようで、その顔にはネココと同じように色々な感情が入り混じったような複雑な表情に変わった。


 そして同じく、るあちゃんも、怒ったような、蔑むような、何とも言えない表情をこちらへ向ける。


 実際に何か声を掛けられているわけでは無いので、彼女たちの心の内は分からないが……俺は何となく、三人から、女の子の告白を断ったことを蔑むような視線をチクチクと感じて、バツが悪くなった……。


 もし告白を受けていても、それはそれでどうせ変な視線を向けてきただろ? そんな目で見るなよ……。


「静子ちゃん、気持ちは嬉しいが、俺はどんな気持ちを向けられても何も返せない、ただの幽霊だし、赤の他人だ……俺の事はもういいから、こんなことはもうやめて、普通の人生を歩んでくれ……」


「……普通って何ですか! 誰が決めたんですか! どうして他人が決めた普通を守らなきゃいけないんですか!」


「うっ……」


 胸が苦しい……。

 本当は、俺だってそう思ってる。


 でも、その気持ちが、社会に出た時、多くの場合、何の役にも立たないことも、知ってしまっているのだ……。


 出る杭は打たれる。異常は淘汰される。

 そうじゃない環境や場面も確かに存在するけど、そうであることが殆どという事実は変わらない。


 それが現実……。

 静子ちゃんが高校を卒業したら立ち向かっていかなきゃいけない現実なんだ……。


「俺は、静子ちゃんの幸せを思って……」


「礼二さんの思う幸せなんて知りません! 大人の言う幸せなんて知りません! わたしの幸せは、わたしが決めます!」


「うっ……」


 これは最近、ネココにも言われたな……。

 そして思ったよ、確かにその通りだ。ってね。


 だけど、俺がそのことを本気で願っている事実も変わらない。

 それに、俺はボキャブラリーが豊富なわけじゃないから、その心を伝える他の言葉を知らない……。


「……それに、礼二さんは、関係ないじゃないですか」


「え?」


「これは、わたしの一方的な恋で、わたしの一方的な恩返しなんです! わたしのことを何とも思ってない礼二さんには関係ありません!」


「いや、別に、何とも思って無いわけじゃ……」


「じゃあどうなんですか! わたしのこと好きなんですか! 嫌いなんですか! わたしに今まで優しくしてくれていたのは、ただの同情だけだったんですか! いつも優しくしてくれるだけで、わたしのアピールを全部気づかないふりして! 何か反応してくれてもよかったんじゃないですか!」


「うぐっ……」


 怒ってる……めちゃくちゃ怒ってる……。

 生前に歩んできた人生も含めて、言われている内容に心当たりがありすぎて、一つ一つの言葉がグサグサとささる……。


 気のせいか、眼下にいる女性3名からの視線も強くなっている気がする……。


 るあちゃんとネココはまだ分かるけど、宇井さんはこっち側の立場じゃないのか?

 その表情は3人の中で一番マシなはずなのに、心なしか、一番視線が鋭いのは彼女のような気がする……なんで?


 でも、しょうがないだろ? こう言うしかないだろ?

 相手は花の女子高生なのに対して、俺は30代後半のおっさんで、しかも幽霊だ。

 大人として正しい対応を……。


 と……そんな風に心の中で言い訳をしていると、カンッ、と、コンクリートに軽い金属がぶつかるような音がして、足元に空き缶が転がってきた。


「?」


 その空き缶を拾い、転がってきた方へと視線を向けると、いつからそこにいたのか、エアロ&ローダウンにしたワンボックスが宙に浮いていて、その窓から身を乗り出した錬が、こちらを睨んでいる。


 よく見ると、後部座席の右側から顔を出している彼の隣には美鈴ちゃんが座っていて、他の3人の女性と同じ顔でこちらを睨んでいた。


 もちろん、その車の運転席にはキーヤンが座っていて、彼は何故かラップでよく見るハンドサインをこちらへ向けている。


「錬……」


 その名前を呟いてみるが、彼はこちらを睨むだけで、特に何も言わない。


 だが……その突き刺さるような視線からは、言いたいことはもう言ってある。そんなことを言われているような気がした。


「くそっ」


 なんだよ、俺なりに色々と頑張ってきたのに、一番俺と近い意見だった宇井さんも含めて、最終的には皆揃って俺を悪者扱いかよ……。


 すぅ、はぁー……。


 俺は深呼吸して、再び静子ちゃんに向き直る。


 もう止めだ。

 大人が何だ。普通が何だ。そんなもんじゃお腹は膨らまない。


「静子ちゃん……」


「な、なんですか……」


 意気込み過ぎて、少し睨むような顔になってしまっていたのかもしれない。


 俺が声をかけると、静子ちゃんが一瞬たじろぐ……。



 もし、そこが普通の地面だったら……。


 もし、彼女の怪我が完治した状態だったら……。


 何も問題なかっただろう……。



「あっ……」


 だが、そこは工事現場の、一般人にしてみれば狭い足場の上……。


「静子ちゃん!」


 彼女は本来、まだ入院しているはずの身体で、しかも、その身体で、今日一日ずっと動きっぱなしだ……。



 俺は、飛んだ。


 幽霊だから、空を飛ぶことには、何も問題はない。


 だが……。


 ……俺は、地縛霊だ。



「っ!!」



 飛んだ場所と、彼女のいる場所の中間あたりで、俺の動きは、壁にぶつかるようにして止められてしまう。



「静子にゃん!!」



 俺と同時に飛び出していたネココが、落下しそうになる静子ちゃんのことを支えようとしたが……。


「えっ……」


 ネココはその身体を擦り抜け、静子ちゃんの向こう側へと飛び出してしまった……。


 まだ、その手に入れたばかりの、実態に触れる力を、使いこなせていないのかもしれない……。


 静子ちゃんは、現実を受け入れられていない驚いた表情をしたまま、完全に足を踏み外す……。


 俺は、必死に、見えない壁に体当たりを続ける……。



「静子ちゃん! 死ぬなぁぁあああ!!!」


 そう叫んだ、ふと、誰かに、背中を押された気がした……。


 この屋上に、俺の知り合いは誰もいないし、警察や工事現場の人など、普通の人間は俺に触れられるはずが無いし、何より、今、俺がいるのは空中だ……。


 一体誰が俺の背中を押したのか、それは分からない……。


 ……だが、ひとつ、確かに分かることがある。


 体当たりを続けていた俺の身体は、いつの間にか見えない壁を突破していて……。


「静子ちゃん!!」


 その落下を始めていた彼女の身体を確かに受け止め、自分を下敷きにすることで、彼女を落下の衝撃から守ることが出来た。


「うぐっ」


 当然、半実体化して背中を地面に打ち付ける形で着地した俺は、あの日、もう二度と味わいたくないと思っていたものと同じ痛みを感じることになったが、既に幽霊だ、怪我も無ければ、これ以上落とす命もない。


「礼二さん! 大丈夫ですか?」


「ああ、めちゃくちゃ痛いが、もう何ともない……それより、静子ちゃんの方こそ、大丈夫か?」


「え、あ、はい……わたしは大丈夫です……ごめんなさい……」


 俺が起き上がりつつ、静子ちゃんの肩に手を置いて、彼女の安否を確かめると、彼女は、本当に申し訳なさそうに、俯いた。


 その肩は、小刻みに震えている……。


 落下による身体的な怪我は無いのかもしれないが、きっと、精神的なショックはあって、もしかしたらトラウマがぶりかえしてしまったかもしれない……。



 だが、俺は敢えて、その頭を、コツンと、叩いた……。



「……へ?」


 そして、不思議そうな顔でこちらを見上げた彼女の肩に、再び手を置いた。


「さっきの続きだが……」


 すぅ、はぁー……。


 俺はもう一度、深呼吸すると、彼女の肩を掴む手に力を込め……。



「俺も! 静子ちゃんのことが好きだぁぁああああ!! 可愛い女の子に毎日のように慕われて、好きにならない男がいるかばかやろぉぉぉおおおおお!!!」


 俺は、溜まったものを吐き出すように、叫んだ。


「え? えっ……?」


 彼女は状況についていけてない。だが、構うもんか。


「でも、だからこそ! 静子ちゃんには幸せになって欲しいって! 俺なんかのために人生を無駄にしないで、幸せになって欲しいって思ったんだ! 押しつけだって構うもんか! 大人の都合だって構うもんか! 子供のわがままなんか知るかぼけぇぇええええ!!!」


 周囲の目も気にしないで、大人の建前なんか気にしないで、聞き取りやすい声量なんて気にしないで、心の内を、全力で叫んだ。


「子供が大人の意見に反発するなら、大人だって子供の意見に反発してやる! 大人は、たとえ子供に何と言われたって、何と思われたって、子供には幸せになって欲しいんじゃぁぁあああ!!!」


 それは、終わりのない対立。

 正義と悪ではない。正義と正義の対立だ。


 子供が大人に対して思うところがあるように、大人だって子供に思うところがある。

 大人は、それを子供に見せないだけ。


 心の内を隠すのが上手いとも言えるし、心を見せるのが下手ともいえる。


 あなたのため、といった行動が、本当にその人のためになることは、少ないのかもしれない。

 だけど、あなたのため、と言った、その心まで嘘なこともまた、少ないはずだから。


「だから、こんな危ないこと、もう、するなよ……」


 どうか、大人の言葉にも、耳を傾けて欲しい……。


「うっ……ひっく……うわぁぁああ゛ん」


 俺の言葉に、彼女は、声を出して泣いた。


 顔中をくしゃくしゃに歪めて、人の目も気にせず泣いた。


「ありがどう、ございまずぅぅっ」


 そして、お礼を言った。


 それが何に対してのお礼なのかは分からない。


 もしかしたら、言った本人にさえ、分からないかもしれない。


「ごめんなざぁぁぁあああああい゛」


 そして、謝った。


 それも本当のところは何に対して謝ったのかは分からない。


 だけど、きっと、彼女は少しくらい、大人の気持ちを分かってくれただろう。



「……」


「……宇井さん、ちょっとこの後、廃ビルの管理方針について、相談してもいいでしょうか」


 そんな光景を見ていた、静子ちゃんの叔父さん、雄二さんが、宇井さんの肩口にそう声をかける。


「はい……そうですね……。でも、その前に、少しだけ待ってください」


 宇井さんは、そんな雄二さんに短く返答すると、深呼吸をして、いつもの冷静で無表情な顔つきに戻ると、警察のまとめ役のような人に向かって小さく頷いた。


「すみませんが、ここにいる方たちには、ここで何があったのか、一人ひとり事情聴取をさせていただきます! 本日の作業の遅れや、今後の作業に関することは、後日、依頼者や責任者から通達があると思いますので、今日のところは作業を中断していただき……」


 そして、警察の人たちは、慣れた様子で、何が何だか半分以上分かっていないであろう工事現場の人たちを誘導して、作業の中断処理を進めていった。



「ごめんなざぁぁぁあああああい゛」


 未だに静子ちゃんの泣き声が響く中、今日の事件は、一応の決着を迎えるようだ。


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