第60話 アイドル
私のお仕事での名前は平井るあ。本名は秘密です。
お母さんが日本人で、お父さんがイタリア人のハーフです。
お父さん曰く、イタリア人には陽気で大らかな人が多いらしく、私も少なからずその性格を受け継いでいると思います。
そこにメンタル強めという特徴も入っていたら、今よりもずっと、世間の思うイタリア人女性のイメージに近くなっていたかもしれませんが、私の場合は、そこはお母さんの方に似たようで、あまり気は強くありません。
陽気で、大らかで、気は強くない。そんな特徴を持つとどうなるかというと……。
「るあちゃん、有名番組からオファーが来てるんだけど、番組の内容的に、ちょっとしたゲテモノを食べることになるかもしれなくて……」
「っ……は、はいっ! 大丈夫です! 是非やらせてくださいっ!」
このように、どんなお仕事にも元気いっぱい頷く、素敵なグラビアアイドルが出来上がってしまいます。
ついでに打ち明けると、グラビアアイドルになったのも、本当はステージで歌って踊る方のアイドルになりたくて、アイドル募集の広告に応募したつもりだったのですが、よく見てみると私が応募したのはグラビアアイドルの募集広告で……。
でも、なんだか、書類選考も通ってしまって、面接の場で事情を話そうとお伺いしたら、採用担当の方に留まらず、社長さんまで私のことを気に入ってくださったようで、是非うちで働いて欲しいなんて言われてしまったりして……。
あれよあれよという間に、こんな私が出来上がっていました。
幸い、職業に対する心構えとかは、私が本来目指していたアイドルと似ていて、その活動を通して将来的に映画やドラマの俳優や、バラエティ番組の司会やニュース番組のコメンテーターなどを目指すという道も変わりませんでしたが、どうしてこうなってしまったんでしょうね。
……。
まぁ、それでも、今の仕事は楽しいですし、たとえこれが流された結果であっても、それも含めて私自身で選んだ結果ですから、後悔はありません!
世間では、私のことを『仕事を選ばないグラビアアイドル』と呼んでいる人もいるらしいですが、二つ名付きで呼んでいただけるというのは、ファンの方からそれだけ親しまれているのだと……とりあえずそう思うことにしましょう!
そして、どんな仕事にもとりあえずチャレンジしてみる、という、そんな内向的にポジティブな私が関わった、最近の仕事に、心霊スポットの調査? のような番組があるのですが、そこで私は今まで見ていた景色が変わるような体験をしました。
それは比喩表現ではなく、本当に見えるものが変わる体験で……なんと私は、幽霊が見えるようになってしまったのです。
他にも色々あって、幽霊のお友達とか、私と同じように幽霊が見える女の子のお友達とかが出来たのですが……その幽霊が見えるお友達が、私の目の前で交通事故にあってしまって、精神がおかしくなりそうなほどのショックを受けました……。
その女の子は、幸い、命に別状は無かったのですが、あれから数日たった今もずっと目を覚まさない状態が続いていて、正直、仕事をしばらくお休みしたいくらいメンタルが病んでいます……。
「るあさん、失礼します」
「? え……宇井さん?」
そんな時に、事務所の休憩室を訪ねてきたのは、同じく色々あった時に知り合った、幽霊の地方公務員さん。
ドアを開けることなく、そのままドアを擦り抜けて入ってきたその人は、丁寧にお辞儀をすると、私に少し話す時間があるか確認した後、私が気を揉んでいた女の子が目を覚ましたことを教えてくれました。
「っ……! 私、今からお見舞いに行って来ますっ!」
「お待ちください」
ですが、私がお見舞いに駆け出そうとすると、その人はドアの前に立って行く手を塞ぎました。
相手は幽霊なので、そんなことをされても擦り抜けて通れてしまうのですが、普通に目視できてしまうこともあって、私は反射的に立ち止まってしまいます。
「まだ何かお話があるなら、病院に向かいながらでもいいですか? 私、少しでも早くお見舞いに行きたくて……」
「……いいえ、大変申し訳ないのですが、私は、それを止めに来ました」
「私のお見舞いを止めに……?」
その言葉に頷いたあと、その人が話してくれたのは、件の女の子は、現在、しばらく前から今までの記憶を失っていて、その中に私のことも含まれているということ……。
混乱させると良くないので、私には、記憶が戻るまでお見舞いには来ないで欲しいということ……。
「……ご納得、いただけましたでしょうか」
「……」
「……」
もちろん、言っていることは分かる。
……その言葉の裏に見え隠れする、大人の事情まで。
「礼二さんのことは、覚えているんですか?」
「いいえ」
「ビルの解体工事、始まってるんですよね?」
「はい」
「……」
つまり、人間と幽霊の間の秩序を求める公務員としては、彼女にはこのまま、幽霊に関する記憶を失ったままでいて欲しいのでしょう。
私も、もう子供じゃないので、理屈は分かります……。
あの子の、礼二さんに対する感情の熱量は、確かに、既に命を失っている人に向ける感情としては大きすぎる感じはしていました。
それは確かに、彼女の将来が不安になる要因のひとつになりえると、そう考えてしまう気持ちも分かりますし、私自身も、少し感じています。
……だけど、本当にそれでいいの?
もし……彼女が記憶を取り戻した時、既にすべてが無くなっていたら……いったいどんな気持ちになってしまうのでしょう。
好きな場所や、好きな人がいなくなってしまった……そして、そんな場面に立ち会うことすらできなかった……。
それはきっと、後悔なんて言う言葉だけじゃ言い表せない気持ちじゃないでしょうか……。
「……嫌です」
「え……?」
「私、行きます!」
「お待ちください、るあさん!」
私は、両手を前に出して私を止めようとする地方公務員さんを擦り抜けて、そのままドアを飛び出しました。
「……あれ? るあちゃん、そんなに慌ててどうしたの? まぁいいや、ちょっとさっきの件で、先方から僻地での撮影もある、みたいな返答があったから、今から打ち合わせしたいんだけど……」
「すみません、早退します! 関係者の方々には『何でもやります!』とお伝えください!」
「え? ちょ、ちょっと、るあちゃん?」
そして、ドアを開けたところでぶつかりそうになったマネージャーさんにもテキトーな返事を返して、そのままダッシュで事務所を出る。
なんか番組について不穏な言葉が聞こえた気がするけど、今はそんなことは構っていられない!
確かに、大人の目線から見たら、彼女には、このまま幽霊と関わらない普通の生活を送ってもらった方が安心できる。
でも、だからって、それを、他人が決めてもいいとは思わない。
私も、人の意見に頷くばかりで、見方を変えれば、選択を放棄しているようにも見えるかもしれない……だけど、選択肢を奪われているわけじゃない。
自分の意思で頷くという選択を選んでいるし、選択した先に後悔が待っていたとしても、それは、選択肢を選べなかったという後悔にはつながらない。
アイドルになりたくて、グラビアアイドルになってしまった私でも、今の人生に、後悔は無い!
それに……。
ハーフということもあって、小さいころから周りの同い年の子供たちに変にからかわれて、友達という友達が出来なかった、あの頃の私に似ている女の子……。
一人でテレビにかじりついて、ステージの上でキラキラと歌って踊っているアイドルから元気をもらっていた、あの頃の私に似ている女の子……。
ステージの上でスポットライトを浴びないグラビアアイドルでも、そんな女の子の笑顔のために、出来ることはしてあげたいから……。
「静子ちゃん! 待ってて!」
私は全力で、静子ちゃんが入院している病院に走る。




