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第58話 大人


「……静子ちゃんが、普通の人になった?」


「そうニャ! 静子にゃんが普通の人になっちゃったニャ!」


「いや、訳が分からん。とりあえず深呼吸して、落ち着いて話せ」


 布団にもぐって寝ようとしたところを、天井から降ってきたネココにいきなり起こされ、捲し立てるようにそんなことを言われた俺は、眠りかけていた脳を起こしながら、ひどく慌てた様子の彼女のことも宥める。


 そして、深呼吸をして落ち着いたネココが話してくれたのは、それなりに衝撃を受ける内容だった。


 静子ちゃんはどうやら、幽霊を感知できない人間になってしまったらしい。

 そして、もしかすると、俺やネココのことを忘れているかもしれないそうだ。


「交通事故によるショックってことか……」


「よく分からニャいけど、たぶんそう言うことニャ……」


「……とりあえず宇井さんに連絡してみよう」


 ネココがその言葉に頷くのを確認すると、俺はスマホを手に取る。


 1人から見た断片的で主観的な情報だけでは、それが本当のことか判別できなかったのもあるが、ネココは相当慌てた様子で飛び出してきたようだから、その後の静子ちゃんの様子もどうなったのか気になった。


 いや、もしかすると、俺はどこかで、ネココのその言葉がただの勘違いで、ちょっと寝ぼけていただけだと……静子ちゃんに忘れられているなんて嘘だと、そう思いたかったのかもしれない。


 だが……。


「……確認いたしましたところ、確かに、静子さんはここひと月ほど……礼二さんと出会ってからの記憶と共に、幽霊を感知できる体質を失っているようです……彼女の叔父、雄二さんにも確認を取りました」


「そうか……」


 ネココの感じた違和感は、正しかったらしい……。


 静子ちゃんは俺たち幽霊のことを綺麗さっぱり忘れて、幽霊が見えなくなり、ネココの言う()()()()になってしまったようだ。


 ……いや、普通の人になってしまった、というのも可笑しな話だな。


 ……静子ちゃんは、普通の人に戻れたんだ。


「良かったじゃないか……」


「……え?」


 俺の口から零れたその言葉に、顔を上げたネココの目には、大粒の涙が溜まっていた。

 彼女も自分自身が感じてしまったその予想を、本当は、誰かに否定して欲しかったのかもしれない。


「静子ちゃんが普通の人に戻れて良かったって、そう言ったんだ」


 だが、俺は敢えて、彼女のその気持ちを……ついでに自分の気持ちさえも無視する発言をした。


「礼二くん……それ、本気で言ってるのかニャ……?」


「ああ、本気だとも……ネココが普通・普通じゃないって区別が出来ているように、今まで幽霊と交流を持てていたことが普通じゃなかったんだ」


「で、でも……別にそれで誰にも迷惑はかけてなかったし、一緒に遊べて楽しかったニャ! 静子にゃんだって、楽しかったはずだニャ!」


「いいや、残念ながら、静子ちゃんの叔父さんには迷惑が掛かっていた……それはネココの方が詳しいだろ? それに静子ちゃんが、楽しくて一緒に遊んでいたのか、ただ現実から逃げる場所としてこちら側を選んでいただけなのかは分からない」


「そんな、そんなこと無いニャ! 静子ちゃんはネココと一緒に遊べて楽しいって言ってくれたニャ!」


「もし本当にそうだったとしても、その楽しさはこちら側に求めるべきじゃない……学校とか家族とか、ちゃんと現実に生きる人間の世界で求めるべきだ」


「……それは……恋愛もかニャ……?」


 俺の口から発し続けられる、ネココの考えを否定する言葉に対して、その大人と呼ぶには幼い見た目をしている少女は、声を振り絞るようにして、そんな言葉を発した……。


 それはきっと、静子ちゃんが俺に持っているかもしれない感情について言っているのだろう。


 こちらをじっと見つめるネココは、今も涙を堪えているつもりかもしれないが、涙腺から溢れ続けるその水量に耐えきれておらず、その目からは水滴が、その口からはしゃっくり混じりの嗚咽が漏れ出ている。


 いつの間にか静子ちゃんの家に居座って一緒に住んでいた彼女なら、静子ちゃんからそういった気持ちを打ち明けられ、相談もされていたかもしれない。


 女の子同士で、そんな恋愛話に楽しく花を咲かせ、夜通し語り合ったりしていたのかもしれない。


 一緒に過ごしていた時間で言えば、こいつは、俺なんかよりずっと長いこと静子ちゃんと同じ時を過ごしていた。


 静子ちゃんが俺の事を本当にどう思っていたのかも分からないし、比べるにしてもベクトルが違うだろうけど、仲のいい度合いや、心を許している度合いで言ったら、きっと俺なんかよりネココの方がずっと上だろう。


 そんな彼女がこんな質問をするということは、ネココから見ても、静子ちゃんは俺に好意を持ってくれていそうだったのかもしれない、ということだ。


 だけど……。


「恋愛も同じだ……命ある人間と命の無い幽霊が付き合うべきじゃない」


 俺はあえて、大人として正しい意見を言わせてもらう。


「っ……」


 ネココは、唇をかんで、涙をこぼす。


 だけど、彼女だって馬鹿じゃないし、伊達に俺より長い幽霊生活は送っていない……本当はきっと、頭では分かっているはずだ。


 人間と幽霊が付き合った先に、きっと一般的な幸せな未来は存在しない。

 結婚も出来なければ、家庭も持てず、世間からも認められない。


 そんな茨しかない道に進むより、普通に学校や社会で恋人を作って、普通に人間が遊べるデートスポットとかに行って、結婚して、結婚式を挙げて、幸せな家庭を築く方が、よほど幸福度の高い人生が歩めるはずだ。


 それが分かっているからこそ、今も涙を堪えようとしているんだろう……。


 ……と、そう思っていたんだが。


「礼二くん、大人みたいなこと言うニャ……」


「大人だからな」


 俺は茶化すように、そう返す……。


 ネココはその表情を隠すように、俯いて床を眺める……。


 そして、次に顔を上げた時……。


 ……もう、彼女は涙を堪えてはいなかった。


「人の幸せを大人に勝手に決めて欲しくないニ゛ャぁぁああ!!」


 ネココはくしゃくしゃになった顔でそう叫ぶと、俺にタックルして、その勢いのまま窓を擦り抜けて、どこかへ飛んで行ってしまった……。

 方角的に、きっと静子ちゃんのいる病院へ戻ったのだろう。


 尻もちをついた俺は、しばらく何が起こったか分からず、ネココが去っていった窓を見上げる。


「……」


 きっと、錬や美鈴ちゃん、キーヤンや宇井さんなら、俺の言葉に同意してくれただろう。

 ……だが、ネココはそうじゃなかった。


 それは、深く考えずに言えば、大人と子供の違いだと、そう言えるかもしれない。

 俺や、錬たちが大人で、ネココはまだ子供だったのだと、そう言えるのかもしれない。


 だけど……。


「人の幸せを大人に勝手に決めて欲しくない……か」


 人生として正しい意見を言っているのは、果たして、どちらだろうか……。


 そして、実際のところ、俺の本心は、言葉通りだっただろうか……。


「はぁ……大人になっても、分からないことだらけだなぁ……」


 そういう意味では、もしかすると、子供の方が、世界の本質をついているのかもしれない。


 ……窓の外には、まだ薄く雲が広がっていた。


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