第56話 工事開始
ブロンブロン、と、重たい車が低いエンジン音と共に走る音がする。
カンカンカン、と、金属の何かが金属の何かをテンポよく叩く音がする。
これで、それぞれの音とうまく重なり合う軽快なメロディーでも流れていたら、現代や近未来チックなゲーム内の工場的なステージによく合うBGMにでもなっていたかもしれないが……。
「うるせぇぇええええ!!」
俺は窓を開けて、その喧しい音に対して、何度目か分からない叫び声を上げた。
まぁ、これだけ叫んだところで、俺の声は誰の耳にも届かないんだが……。
「これは、地縛霊史上、最強に辛いかもしれん」
ゲームのBGMか何かだと思い込もうとしてみたが、残念ながら俺にはそこまでの思い込みスキルは存在しなかったらしい。
夜中に響く酔っ払いの音痴な歌声? 何故か人の敷地内で勝手に始まる学生の花火大会? そんなものはまだ優しいもんだ。
自分の住処で問答無用で始まる工事ほど苦痛に感じる騒音は存在しない。
「いやまぁ、工事の人たちが悪いわけでは無いんだけどな……」
それでも叫ばずにはいられない。
近所で工事があった時でさえ、それなりの騒音に悩まされたものだが、それが自分の住んでいるその場所で始まってしまうと、こうも鼓膜にもたらす破壊力が上がるのだとは想像だにしなかった。
これが普通の住民であるならば、工事中は別の場所に住処を移せば解決するだろうし、実際、同じくここの住民となっていた錬と美鈴ちゃんは、今は別の場所で過ごしているのだが……。
……地縛霊である俺は、この場所から離れられない。
しかも、今は、この敷地をぐるりと囲うフェンスを立てたり、廃ビルを覆う足場や養生シートを貼ったりしている段階で、まだ本格的な工事は始まっていないらしい。
つまり、今後、これ以上の騒音が、防音壁や防音のシートで守られた内側にいる俺目掛けて押し寄せてくるのだ……。
「あぁ……今すぐにでも命を断ちたい……」
……もう経つ命が無いけど。
ここは、一応、住宅地にあたるらしく、法的にも、午後7時あたりには工事の作業は強制的に終わることになるのだが、だからと言って、夜に静かなわけでは無い。
工事には様々な重機や特殊な車両が必要で、その車両を動かすためには、特殊車両通行許可証というものが必要だったりするのだが、その許可される通行時間というのが、今度は午後9時から午前6時まで……。
工事の音が鳴り響く時間と、特殊車両が搬入、搬出される時間を合わせると、結果的に、静寂が期待できる時間帯はほとんど存在しないのだ。
もちろん、お仕事をしている人たちも、その中で出来るだけ騒音を出さないよう、様々な工夫はしていらっしゃるんだろうが……残念ながら、その工夫は、工事現場の真っただ中で居残っている地縛霊のことは全く考慮されていない。
昼間に現場で工事をしている人たちは、夜間、静かな場所でしっかりと寝ているだろう。
夜間に特殊車両を搬入、搬出している人たちは、昼間、静かな場所でしっかりと寝ているだろう。
じゃあ、昼間も夜間もここで過ごしている俺は、いつ寝ればいいんだ……?
と考えて、最終的に出した結論は……夕方に寝る、だ。
特殊車両通行許可の時間帯は午後9時から午前6時までと、大分広い時間にはなっているが、あまり早い時間だと、まだ仕事帰りの人や、外食に行っている家族など、一般車両が走っていることが多いので、実際に車両を動かす時間は深夜ごろであることが多い。
つまり、工事が終わる午後7時から、重機の移動音が聞こえてきたりする深夜までは、比較的静かなことが多いというわけだ。
現在の時刻は、6時過ぎ……。
今日は朝早めに工事が始まっていたから、1日の作業量も合計10時間までと決まっていることを考えると、もうそろそろ作業が終わってもいいころだ。
俺は慣れた手つきで、段ボールを敷いた床の上に、布団を敷く。
既に錬が置いていってくれたレトルト食品で早めの食事も済ませていて、歯磨きだって済ませてある。
そして……工事の音が止んだ。
完璧な寝床を前にして、満足げに頷くと……布団に潜り込み……掛け布団をかけ……ゆっくりと目を閉じて……。
「礼二くん!! 大変ニャぁぁああああ!!!!!」
天井から降ってきたネココに起こされる……。
……俺は、嫌な予感と共に、睡眠を先送りすることになった。




