第53話 降雨
「どういうことなのか教えてくださいっ」
場所を移動して、近くの幽霊許可店の中にある、スタッフルーム。
どうやらそのお店の店長と知り合いらしい宇井さんが、しばらくの間その場所を使わせて欲しいと頼んで、ここへやってきたわけだが、席に着き、店長が部屋から出て行くなり、静子ちゃんは宇井さんとその隣の男の二人に向かって強い口調でそう問いかけた。
「では、私の方から説明いたしますので、雄二さんは間違っている部分があれば訂正してください」
「あ、ああ……わかった」
気が立っている静子ちゃんや、状況が上手く呑み込めていない男の前でも、宇井さんは、いつも通りの冷静な表情のまま、落ち着いた声でそう話し始める。
静子ちゃんと、その叔父さんらしい男性。
会話の内容や状況から察するに、静子ちゃんは、自分の叔父さんが幽霊を目視できる体質であることも、彼が宇井さんと知り合いであることも知らなかったのだろう。
そして、それは、宇井さんに雄二さんと呼ばれた叔父さんの方も同じ。
前に宇井さんが教えてくれた静子ちゃんの家庭事情と統合するに、彼が、父親を失った静子ちゃんを後見人として引き取った、彼女の父親の弟ということだろう。
彼からしても、自分の家族として迎え入れた、兄の忘れ形見が、知らないところで、知り合いの幽霊と一緒に過ごしていたわけだ……その状況だけでも、訳が分かず混乱するのは仕方ない。
「まず、私が雄二さんと既に知り合っている理由ですが、2週間ほど前から、雄二さんの元へ役所の人間が訪れていて、私がその一員だから……という説明で、間違いないですね?」
「ああ、そうだ……。その時にお守りのようなものを渡されて、それを触った瞬間、急に視界へ現れた宇井さんが、既に命を失っている幽霊なのだと説明されたが、その時は信じられなかったな……いや、というよりも、今も半信半疑だが」
「仕方ありません。それと、必要な手続きさえしていただければ、半信半疑のままでも結構です」
「……宇井さん、話を進めてください。宇井さんと叔父さんがどうやって出会ったかとか、叔父さんが幽霊さんの事を信じていないこととか、どうだっていいです。聞きたいのは、”どうやって” 出会ったか、じゃなくて、”どうして” 出会ったのか、です。……それと、何でそれを私に教えてくれていなかったのか、です」
「申し訳ございません。順番にお答えしていきます……。まずは、雄二さんの元へ私と一緒に役所の人間が訪れた理由に関してですが……」
宇井さんは、だいぶ感情的になっている静子ちゃんの言葉を受けても、ひたすら冷静に、それ以上、彼女の機嫌を損ねないよう気を使いながら、話を続ける。
宇井さんはきっと、これまでにも人間界の役所と幽霊界の役所を繋ぐような仕事をしていて、こういったトラブルに遭遇する経験も多かったのだろう。
その仕事で発生するトラブルが、どんな状態でも冷静に対応する力を身につけさせたのか、元々その力が備わっていたからこそ、そういったトラブルが発生しやすい仕事を任されるようになったのかは分からないが、どちらにせよ、今の、こういった場面において、彼女はかなり頼りがいのある人物だと思う。
「私を含む地方公務員が雄二さんの元を訪れた理由は、相続空き家、および空家等対策の推進に関する特別措置法について、雄二さんとお話しするためです」
「難しい専門用語を並べられても分かりません、女子高生にも分かりやすく教えてください」
「……もう少しわかりやすく申し上げるのであれば、現在、あの廃ビルの管理責任者となっている雄二さんに、今後、あの廃ビルの管理をどうするつもりでいるのか、その方針を尋ねに訪れた、ということです」
「……あの廃ビルを?」
誰かが亡くなったら、その人が持っていたものは、親族が相続する。
叔父さんから直接その話があったかどうかは分からないが、相続という言葉や、その概要くらいは、ドラマや小説などにもよく出てくるものなので、静子ちゃんも、父親が所有していたこの廃ビルの管理者が、その弟である雄二さんに相続されることくらいは何となくでも把握できるだろう。
来年からは法律が変わるらしいが、少なくとも今年までは、たとえその相続を放棄したとしても、親族にその管理義務だけは残ってしまうらしいしな……それが確か、相続空き家というやつだ。
もう一方の法律は、適当な管理が行われずに放置されていて、何らかの問題が発生している、あるいは発生しうる空き家に対して、行政が所有者などに助言や指導が行えるというような法律だったはず。
そして、助言や指導を聞き入れられなかった場合……。
「……つまり、宇井さんは、あの廃ビルがきちんと修繕、管理できない場合は、行政による解体が行われると伝えに来たんだ」
「解……体……?」
雄二さんの言う通り、最終的には、行政によって解体が行われる……。
廃ビルが……今俺が住んでいるこの場所が……近いうちに解体されるかもしれない……ということだ。
「っ……!!!」
「静子ちゃん!」「静子さん!」
俺もそのことを聞いた今、小さくはないショックを受けたが、静子ちゃんは、きっと俺以上に大きなショックを受けたのだろう。
話しをしていた部屋から飛び出して、店からも出て行ってしまう……。
「あれ、静子にゃん?」「静子ちゃん?」
ちょうどドリンクを買い終わって、こちらへ向かってきていた残りのメンバーが、店の中に入ろうとしていたところとすれ違うが、静子ちゃんは止まらない。
「おい、どこ行くんだYO!」「雨の中走ると危ないですよ!」
美鈴ちゃんがそう呼びかけるように、外はいつの間にか雨が降り出していた……。
もし、その日、雨が降って、道路が濡れていなかったら……。
もし、足を滑らせた先の信号が、赤じゃなかったなら……。
彼女は今、そのまま電車に乗って、この廃ビルを訪れていたのかもしれない……。
「静子ちゃ……!」
スローモーションになった世界で、るあちゃんが、そう呼びかける声と……彼女が持っていたドリンクの袋が地面に落ちる音と……キキー、という、車のタイヤが濡れた道路を滑る音が、順番に木霊する……。
そして……。
大きな金属の塊が何かに衝突した音の後……道路には、雨の水に絵の具が溶けだすように、赤い水溜りが広がっていた……。
「静子ちゃぁぁあああん!!!!」
一瞬の静寂の後、通行人の悲鳴もかき消えるような、るあちゃんの悲鳴が響き渡った……。




