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第50話 雷鳴


「……あれ? 俺、寝てたのか?」


 ゆっくりと浮き上がってくる意識と共に、重い瞼も持ち上げながら、俺は自然とそんな言葉を呟いた。


 まだ焦点の定まらず、ぼやけている視界と同じように、エンジンがかかり切っていない頭の中の思考もぼんやりとしていて、自分が直前まで何をやっていたか思い出せない。


「気が付かれましたか?」


 そんな覚醒しきっていない自分の耳に、静かで落ち着いた大人の女性の声が聞こえる。


 この声は……宇井さんだ。

 キーヤンと仲がいい、幽霊向けの区役所的な場所で地方公務員をやっている真面目な女性だ。


 だんだんとハッキリとしてくる視界に、脳の処理も追いついてきて、今、俺は自分の部屋で仰向けに寝転がっていて、そんな俺のことを、宇井さんが、いつも通り殆ど無表情と言っていい真面目そうな顔でのぞき込んでいる状況であることが分かる。


 彼女の来訪は確かにいつも唐突だが、今回はいったいどんな要件だろうか……。


 確か、今はキーヤンとデートしている筈じゃなかったか? 静子ちゃんたちと一緒に……。


「っ! ……静子ちゃんは!?」


 俺はそこで完全に意識がハッキリして、それと同時に、意識を失う直前に静子ちゃんが病院に運ばれたと、詳しい事情は宇井さんから聞くようにと、錬から伝えられたことを思い出し、起き上がると同時に宇井さんの肩を掴みながらそう訊ねた。


「……まずは落ち着いてください」


「落ち着いていられるか! 病院ってどういうことだよ! 事故か? 病気か? 事件か? 静子ちゃんは無事なのか!?」


「命に別状はありません、大丈夫ですから、とりあえず一度、深呼吸を……」


「命に別状はないってなんだよ! 怪我はしてるってことなのか? 一体何が……っ!」


 そこまで矢継ぎ早に言葉をまき散らしていた俺は、唐突に、頬に重い衝撃を受けると、そのまま身体まで力が加えられた方向へ持っていかれ、数歩、後ずさった。


 見ると、錬が拳を振り切った状態で立っている……そして、幽霊なので出血などはしていないが、頬には確かな熱い痛みを感じる。


 ……どうやら俺は、錬に殴られたようだ。


「先輩、この暴力に対する反省文でも始末書でも辞表でも、後でいくらでも書くんで、とりあえず深呼吸してください」


 俺はそこでようやく、自分がとんでもなく冷静さを欠いていることを自覚した。


「すぅー……はー……」


 既にその時点で冷静さは取り戻しつつあったが、まだ寝ぼけているかもしれない頭を完全に覚醒させるためにも、俺は言われた通りに数回、深呼吸をする。


「いや、いい……錬、ありがとう……宇井さんも、すまなかった」


「いえ、お気持ちは分かりますから」


 俺は目を覚まさしてくれた錬にお礼を言って、宇井さんに謝罪の言葉を述べる……寝起きだったとはいえ、大人げない対応をしてしまったな。


「とりあえず、詳しい状況を聞かせてくれるか?」


「急に暴れ出したりしませんか?」


「ああ、もう大丈夫だ……それに、どっちかっていうと急に暴れ出したのは錬の方だろう? こいつ、いきなり先輩の顔面を全力でブン殴りやがって……」


「うぃーす、反省してまーす」


「しかも反省している気配もないと来た」


「……なるほど、どうやら大丈夫そうですね」


 宇井さんは、そんな俺と錬のやり取りを見て、軽口が叩ける程度には、いつも通りの自分を取り戻せていることを察してくれたのだろう、改めてちゃぶ台の向こう側に座りなおして、説明する態勢を取った。


 まぁ、正直に言うと、まだ内心、状況が早く知りたくて気が気じゃなかったが、それを表に出さないくらいは大人な対応ができるようになっていたので、正気を取り戻してくれた錬には感謝しないとな。


 あとでビールでも買ってやろう……そして頭からぶっかけてやろう。


 俺はそんなことを思いながら、宇井さんにならって、ちゃぶ台を挟んで彼女の向かい側になるよう座り直し、彼女が口を開くのを待った。



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