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第34話 飲んだくれの場合


 廃ビル、屋上。


 夕方を過ぎ、家に帰る三人を見送った俺は、珍しく屋上に上がって、仰向けで夏の夜空を見上げていた。


「命を落とす寸前に思った後悔……ねぇ……」


 美鈴ちゃんから教わった、その幽霊がどんな能力を発現するかの条件……。



『ごめんなさい……ごめんなさい……私の……せいで……っ』



 俺があの時に思ったのは……この子の涙を拭ってあげたい……だったと思う。


 そう考えると、俺がこの能力になったのは、必然と言えるのだろう。


 ネココや錬のポルターガイスト能力は、物体を霊体化したり解除したりできる代わりに、対象と出来るのは無機物のみで、生き物を霊体化することはできない。

 だけど、俺の場合は、自分自身が半実体化するので、無機物に触れることも、生き物に触れることも出来るようになる。


 その代わりに、物を動かしたいときに、実体のある物を持ち上げることになるので、霊体化すれば重さがゼロになる二人の能力とは違って、自分の筋力で持ち上げられない重いものは持ち運べないし……実体化している間は物体をすり抜けないので、タンスの角に足をぶつければその場でもがき苦しむほど痛みを感じる。


 不便な能力だと思っていたが、その原因を聞いてみれば、納得せざるを得ない理由があったんだな……。


「お、いたいた……先輩、探したっすよー」


「錬か」


 ドアが開くような音もなく、そんな声がした方を見てみれば、いつものように既にほろ酔い状態で顔を赤くしてコンビニ袋をぶら下げている後輩の姿がそこにあった。


 錬が言うには、酒は法律を犯して買っている未成年から奪い取っているという話だったが、そんな頻繁に俺を宅飲みに誘える程、犯罪が絶えないのか?


「こんなところで珍しいっすねー」


「俺だってたまには星くらい見たくなる」


 まぁ、別に星を見るのを主目的として屋上に上がってきたわけでは無く、なんとなく考え事をしていたら、気が付いたらここにいただけだが、実際にこうして星は眺めていたのだから嘘ではないだろう。


「んじゃ、今日は月見酒っすね」


「そうだな、たまには乙でいいんじゃないか?」


「まぁ、飲むのは日本酒とかじゃなくてチューハイとビールっすけど」


「酒は酒だろ」


「ははっ、違いないっす」


 そう言って俺は錬から受け取ったビール缶のプルタブを捻り、錬の持つチューハイの缶に軽くぶつけると、夜空を見上げながら酒を飲む。


 相変わらずそれなりに冷えているものの、キンキンという程ではない温度だが、今日は何となく酒が飲みたい気分だったから、その点は丁度良かったな。


「何かあったっすか?」


「……何が?」


「いや……まぁ、話したくないなら、いいんすけどね」


 この酔っ払いは、生前も、仕事の腕はイマイチだったが、コミュニケーション能力は高かった。


 相手の懐にずかずかと入ってくるわりに、本当に踏み越えて欲しくない一線はきちんと見極めて、時には道化を演じる。


 一部の頭の固い上司を除いて、気が付けば俺なんかよりも広い繋がりで、先輩からも後輩からも慕われて、あの頃からコミュニケーションお化けと言われていたな。


「お前は変わらないなぁ」


「先輩も変わらないっすけどね」


「え? どの辺が」


「馬鹿が付くほど真面目でお人好しなところとかっす」


「……それって、褒めてるのか? 貶してるのか?」


「ははは、さぁ、どっちっすかねー」


 先輩に向かって馬鹿とか、全く、こいつの教育係の顔が見てみたいもんだ……。

 ……あ、俺か。


「まぁ、ちょっと美鈴ちゃんから、幽霊にどんな能力が発現するかの条件ってのを聞いてね」


「あー、後悔がどうのこうのってやつっすね」


「そうそう……それで、自分が何かなってね」


「何だったんすか?」


「秘密だ」


「えー、そこまで言ったなら教えてくださいよー」


 錬はそう言って俺の肩を揺するが、言葉の強さからそう感じるのか、本気で聞いている感じじゃなく、何となく冗談交じりに聞いているような感覚だった。


 美鈴ちゃんも言っていたけど、やっぱり幽霊にとって、この話はあまり深く掘らない方がいい話題なんだろうな。


 まぁ、俺の場合は別にそこまでプライバシーって程でもない理由ではあるが……女子高生の涙を拭いたかったから、とか……こいつに言ったら絶対に笑われるから言わない。


「……じゃあ、代わりに俺っちも教えるっすよ」


「……いいのか?」


 正直、気にならないと言えば、嘘になる。

 それは本当にただの興味でしかないから、自分から聞き出そうとは思わないけど、人間ってのは得てして、無粋な話が気になってしまうものだろう。


「いいっすよ……」


 チューハイを一口飲み、月を見上げ、そう語り始める後輩の声に、俺は静かに耳を傾ける。


 こいつの能力は、物を自由に霊体化したり、解除したりできる力……。

 詳しい条件は分からないが、重い物でも重さを感じることなく持ち運ぶことが出来るそれは、普通に強力な部類の能力だろう。


 火の玉の事があるので、何とも言えないが、勝手なイメージとしては、持っている能力が強いほど、その人の後悔も強いように思える。


「俺っちが死ぬ前に思った後悔は……」


 だから、もしかすると、傍から見たらちゃらんぽらんな酔っ払いにしか見えないこいつの後悔は、実はめちゃくちゃ重いものだという可能性も……。


「息絶える前に自分のパソコンを壊したかったっすねー、いや、ハードディスクだけでも良かったっす」


「……」


「……」


「しょうもなっ!!!」


 いや、確かに、気持ちは分かるけどね?

 そんな理由で、物を自在に霊体化できる能力を身につけちゃうってどうなの?


「で、先輩は?」


「秘密だ!」


「えー! 俺っちが言ったら先輩も言うって約束したじゃないっすかー!」


「約束はしてないだろ」


 こうして今日も、馬鹿な男二人の飲みの時間は過ぎていく……。

 花より団子ならぬ、月より酒か。いつの間にか、月を見上げるようなこともなく、ただただ酒を飲み、笑い声を響かせながら……。


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