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第33話 ポルターガイスト

 廃ビル2階の自室。


 先ほどまで寝ていた布団が片付けられたこの部屋では現在、中央に置かれたちゃぶ台を挟むようにして、静子ちゃんやネココ、そして後ろ手に手錠をかけられた俺と、俺を睨みつける美鈴ちゃんが向き合っている。


「本当に何もないんですね? 本当に」


「何もないって、本当に」


 確かに、ついさっき、布団の上で、右側から女子高生の静子ちゃんに抱き着かれ、左腕の中では見た目だけは少女のネココが丸くなっている、という状況で目を覚ました俺だったが、嘘偽りなく、本当に、それは俺が意図して招いた状況ではない。


 そんなタイミングで偶然ここを訪れて、その光景を目撃したら、両手に未成年の少女を抱きかかえて寝転がっているおっさんを逮捕したくなるという気持ちも分からなくもないが、どうかおっさんの主張も聞いてほしい。


「おまわりさん、許してあげてください、礼二さんは悪くないんです」


「そうニャ、ちょっと静子にゃんに膝まく……うにゃっ!」


「膝?」


「あはは……猫は膝の上で丸くなる生き物だからなー、ネココも同じように膝とか人の近くで丸くなる習性があるんじゃないかなー」


 俺は余計なことを言いそうになっていたネココに肩をぶつけて止めると、下がりかけていた熱を上げるように視線を強める美鈴ちゃんに、必死のフォローを入れる。


 確かに寝る前に膝枕につられたのは俺の意思だが、今それを言われたら晴れそうな疑いに雲がかかるどころか、台風が来て雷が鳴りそうだ。


「……はぁ、まぁいいでしょう」


 そして俺はなんとか釈放されることになったようで、美鈴ちゃんは立ち上がると俺の後ろに回り込み、両手を拘束していた手錠を外してくれた。


 彼女は、どう見てもコスプレ衣装にしか見えない、世の男が喜びそうなミニスカ警官スタイルなので、俺が座った状態で、彼女が立ち上がると、ちょうど視線の高さに程よい肉付きの太ももが現れるのだが、下手に視線を奪われるとまた要らぬ冤罪を着せられるので我慢しよう。


「何か?」


 ……ちょっと我慢できていなかったようだ。


「い、いやー、ほら、俺、自分の身体を実体化したり、霊体化したりできるだろ? それなのにさっき試しても手錠が外れなくて、なんでかなーって……」


「勝手に抜け出そうとしたんですか?」


「あ……」


 そして、言い訳をしてみたところで、どっちにしろ睨まれた……。


「いや、その、ちょっと試し外してみようとしただけで、別に逃げるつもりは無かったから」


「……」


「……」


「いいですよ、ついでに教えてあげます」


 どうやら言い訳が通じて、ついでに気になっていたそのことについて教えてくれるようだ。

 実際には、そんなことよりも視線の先にあった絶対領域の方が遥かに気になっていたのだが、まぁこのことも気になっていたのは嘘ではないから許して欲しい。


「久場 礼二さんは、幽霊の中には、あなたのような特別な能力を持っている人がいて、人によってその力が異なるということは知っていますよね?」


「ああ、俺は自分自身が霊体と半実体を切り替えられるけど……」


「ネココは人の物を勝手に霊体化したり実体化したりするニャ!」


「……そういえばネココさんも指名手配犯でしたね、ついでに捕まえておきましょうか」


「止めるニャ! ネココはただの幼気な子猫ニャ!」


「ふふふ」


 俺の会話を遮るように元気よく手を挙げて答えたかと思えば、美鈴ちゃんに脅されて今度は俺の背中にサッと隠れる賑やかなネココを見て、静子ちゃんが微笑む。


 こいつは相変わらず頭につけているネコミミカチューシャがよく似合う、本当に猫みたいな行動を取るやつだな。


「コホン……まぁ、話を戻しますと、私の力もそれと同じく、幽霊の持つ独自の能力ということになりますね……私の場合は、一定時間、どんな人でも拘束することが出来る能力となっています」


「あー、前にポルターガイストのような能力は持っていないって言ってたけど、物を操るような能力を持っていないってだけで、やっぱり特殊能力は持ってたのか」


「どんな人でも拘束することが出来る……とても警察の方らしい能力ですね」


「そうですね、とても重宝しています」


「でも、あの酔っ払いに逃げられてばっかりニャ」


「……1~2時間ほどで拘束の効果が解けてしまいますから、仕方ありません」


 酔っ払いってのは、どう考えなくても錬のことだよな……俺も実際にいつの間にか布団の簀巻きから脱出しているのを何度か目撃しているし。


「幽霊さんたちの世界の話はやっぱり面白いですね、他にはどんな能力があるんですか?」


「うーん、そうですね……身近な人だと、自分の車を自由に動かせる能力とか……」


 もしかして、あのヤンキーの事か? あれって能力だったのか……。


「ネココは、自由に火の玉を出せる能力があるって聞いたことあるニャ!」


「え、なにそれカッコいい」


「しかもその火は……幽霊は燃やすのに、生きている人間には冷たく感じられる炎らしいニャ……」


「ますますカッコいいなー、俺もそういうのが良かったなぁー」


「中二病かニャ?」


「男はいつでも少年の心を持っているんじゃい!」


「ふふふ」


 もしかしたら俺の知らないところでは、今日もどこか幽霊たちによる異能バトルが繰り広げられていたりするのかもなぁ……実際に巻き込まれたら対処できる気がしないから、アラフォーが近いおっさんの日常には必要ない世界だけど。


「まぁでも、久場 礼二さんが願っても、もう能力が現れてしまっているなら、その能力が変わったり、新しく増えたりすることは無いでしょうね」


「そうなのか?」


「はい、幽霊の持つ能力はまだ解明されていないところが多いですが、発現する能力がどんなものになるかというのは、その人が命を落とす寸前に思った後悔できまるそうです」


「命を落とす寸前に思った後悔?」


「そうです……ちなみに、その自由に火の玉を出せる方の後悔は、死ぬ前にタバコが一本吸いたかったが、ライターが無くて吸えなかったことだと聞いています」


「そんな理由!?!?」


 そんな理由で、そんなカッコいい能力が目覚めるの? いや、本人にとってはめちゃくちゃ重い後悔なのかもしれないが……なんていうか……納得がいかない


「だったらもしかして、おまわりさんは、凶悪犯罪者集団と命がけの戦いをして、犯人を捕まえる寸前で力尽きてしまった……とかでしょうか……あっ、お気に障る質問だったらごめんなさいっ!」


「いいえ、いいですよ……まぁでも、亡くなった人の後悔というのは、幽霊の間でもかなりプライベートな質問なので、他の人には興味本位で尋ねたりしないほうがいいですね」


「はい……すみません」


 あー、俺はネココとかに、それとなく、幽霊にとってその話がタブーとされることが多いって伝えられていたけど、そういえば静子ちゃんには話してなかったな……。


 これは俺の監督不行き届きでもあるのかもしれない……あとで静子ちゃんにも美鈴ちゃんにも謝っておこう。


 ってか、静子ちゃんが生きている人間なのに幽霊と関りがあり過ぎなんだよな……色々な事情が重なって仕方ないとはいえ、幽霊界でも結構なイレギュラーな気がする。


「私の後悔は、四条 静子さんの想像のような大きな理由ではありません……私はただ……」


「ただ……?」


「……恋人が欲しかったんです」


「……」


「……」


「……はい?」


「命を落とす前に、一度でも恋人が欲しかった……そんな後悔が、私に恋人を捕まえる能力を与えたのでしょう……」


 ……。


 警察関係ねぇー!!


 ってか、何? 恋人を捕まえる能力(物理)。ってこと? 怖すぎ。


 どんだけ恋人が欲しかったんだよ……。


「ふふふ……四条 静子さん、あなたは可愛らしいですし、まだ学生なので、今は引く手あまただとは思いますが……まだお付き合いの経験が無いのであれば、油断しない方がいいですよ……」


「えっ? えっ?」


「私も容姿にはそれなりに自信があって、実際に中学や高校の時はそれなりに声がかかっていたのですが、その時には特に興味が無く断わっていた結果、これですよ……大学や社会では上には上がいますし、目指す就職先によっては、人とお付き合いしている暇なんてありません……時が過ぎてから、あの時あの人と……」


「ちょ、ちょっと、美鈴さんっ、お、落ち着いてください……そんなに近づいていただかなくても、聞こえていますからっ」


 美鈴さんは、ゆっくりと立ち上がると、静子ちゃんの元へ歩み寄り、目の前で膝立ちになって、彼女の肩に手をやりながらそう語りかける……。


「うんうん、女の後悔は怖いニャー」


 いったい彼女の過去がどんなものだったのか、詳しいことは本人にしか分からないが、ネココが分かり手の様に頷いている通り、彼女の後悔が俺なんかが想像するよりもずっと大きいということだけは分かる。


 とりあえず、人のためにも、自分のためにも。

 人のプライベートは詮索しないのが一番、ということだな。


「すみませんでしたーっ、もう聞かないので、礼二さん、ネココさん、助けてくださーいっ!」


 廃ビル2階の一室にて、その日は珍しく、俺以外の叫びが響き渡った……。


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