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第31話 膝枕

「朝か……」


 幽霊界の地方公務員、宇井 市代(うい いちよ)さんから、俺に懐いてくれている女子高生、四条 静子(しじょう せいこ)ちゃんの過去などを聞いた翌日。


 結局、あれからすぐに歯を磨いて布団に潜り込んだものの、布団の中でも宇井さんとの会話が頭の中でずっと巡っていて、色々な考えがグルグルと浮かんでは消えてを繰り返しているうちに、眠れないまま朝を迎えてしまった。


「3日連続徹夜は、流石に命に関わりそうなもんだが……」


 既に命を宿していない俺には、あまり関係ないのかもな……。



 そんなことを考えていると、コンコン。と、部屋の扉がノックされた。


 非常に遺憾なことだが、俺の元を尋ねてくる来客の殆どが、ノックなどせずに無断で急に俺の部屋に入ってくる。

 ノックしようにも幽霊だから実体の扉に触れることが出来ないという致し方ない事情もあると言えばあるのだが、ノックが出来なくても、入る前に一声かければいいんじゃなかろうか。


 まぁ、ネココも錬も、たとえノックが出来たとしてもいきなり扉を開けて部屋に入ってきそうだし、言っても無駄か……。



 と、俺が余計なことを考えて、さっさと扉を開けないでいると、もう一度先ほどと同じ力加減で扉がノックされる。


 いつもなら一回目のノックで扉を開けていたんだが……扉の前にいる人物が、今俺の頭を悩ませている彼女だと思うと、会いたいような、会いたくないような、微妙な気持ちになって、少し躊躇してしまった。


 でもまぁ、来ちゃったなら、出ないわけにはいかないか……。


「はーい、今開けますよー」


 宇井さんにも、当局で対応するから、俺は余計なことは考えず、いつも通りに過ごすように、と言われたしな。


 俺は一つため息をついた後、重くなってしまっている気持ちを切り替え、ついでに眠気も払うために、自分の頬を両手で挟むようにペシンと叩いてから、扉に向かった。


「お待たせしま……」


「呼ばれて飛び出てニャニャニャニャ~ん♪」


「うぉっ!? っとととと」


 と、俺が扉の鍵を開け、ドアノブに手をかけたところで、予想していなかった人物が目の前の扉から顔だけニュッと出してきた。


 いつもなら少し仰け反るだけで済んでいたかもしれないが、精神的にそこまで余裕が無かったことと、扉を開けるためにちょうど実体化していたことも重なって、俺は盛大にその場でひっくり返ってしまう。


「アタッ」


「だ、大丈夫ですか!」


 そして、そんな間抜けな悲鳴と共に、ドスンと尻もちをついた鈍い音が聞こえたのか、すぐに本来の予想していた人物が扉の隙間から顔を出し、そのまま俺の元へと駆け寄ってくれる。


「アタタ……静子ちゃん、ありがとう……俺はまぁ大丈夫っちゃ大丈夫なんだが……おいネココ、いるならいるって言ってくれ」


「にっしっし、そんなことをしたら礼二くんは驚いてくれニャいニャー」


「もう、ネココさん、あんまりイタずらが過ぎる猫さんには、ご飯をあげませんよ」


「それは勘弁ニャー! もうネココは静子にゃんのご飯無しでは生きられないニャー!!」


 なんだこの猫、いつの間にやら静子ちゃんと一緒に住んでるとは聞いてたけど、もしかして静子ちゃんに餌付けされて飼われていたのか……?


 まぁ、確かに静子ちゃんの作るお弁当は、三ツ星シェフが作る料理よりもうまいからな……気持ちは分からんでもない……というか、俺もそんなことが出来るなら犬にでもなって買われたい。


「にゃにゃ? 礼二くん、『俺も静子ちゃんに飼われたい』って顔をしているニャ」


「お、おいおい、な、何を言ってるんだヨ……だいたい、飼われたい顔って、どんな顔だよ」


 こいつ、エスパーか?


「あ、えっと、あの……礼二さんがそれでいいなら、わたしはそれでも構いませんけど……」


「いやいやいや、俺が構うよ!」


 三十代後半の男が、現役女子高生に飼われるって、そんなことを許してしまった日には、人として、男として、決して失ってはいけない何かを失う……!


 俺は怠惰で欲深い人間ではあるけど、まだそんな人間であること自体は辞めたくないんだ!


 ……まぁ、幽霊だけど。


 あれ? 幽霊なら、既に人間じゃないなら、もしかして、そんな選択肢を選んでしまってもいいのでは……?


 いやいや待て、落ち着け、俺……。


「礼二くんが一人で何かと戦っているニャ……」


「? 何と戦っているんです? 幽霊さんが見える私にも、何も見えないですが」


「それはきっと……自分自身ニャ……」


 うんうん、と、腕を組んで頷くネココが、床に倒れたまま頭を抱えて悶えている俺を見下ろして、そんな意味深な言葉を呟く……。


 これが格闘技の師匠と弟子の会話であれば、映画のワンシーンにでもなったかもしれないが、床に転がっているのは欲望にまみれたおっさんだ……感動も何もあったものじゃない。


「コホン、それで、今日は何をしに?」


「お、復活したニャ」


「戦いには勝てましたか?」


「うーん、そうだな……引き分け、と言ったところかな」


「勝ってなかったニャ!」


「なるほど……よく分からないですが、次は勝てると良いですねっ」


「ああ、ありがとう」


「カッコよくまとめようとしているけど、全然カッコよくないニャ!」


 そんなこんなで、挨拶をするよりも前にそんな漫才をするくらい仲良くなった、おっさんと女子高生と猫だが、いつまでも入り口で話しているのも何なので、いつも通り布団を片付けて、代わりにちゃぶ台を設置する。


 優しい静子ちゃんはそれを手伝おうとしてくれるが、前に手伝ってもらった時、布団を片付けるついでにスゥーっと思い切り匂いを嗅がれたことがあるので、それ以降は手伝いを断るようにしていた。

 クサいとか、変な匂いがするとか、特に何も言われなかったが、何も言われなかったことが逆に怖い……超怖い。


「ふぁ~ぁ」


「? 礼二さん、寝不足ですか?」


「ん? ああ、まぁ、ちょっとね……でも、いつもだいたい寝不足だからな、気にしないでくれ」


 俺は戸棚から取り出した麦茶をグラスに注いている時、気が緩んだのか、思ずあくびをしてしまった。


 静子ちゃんにそう返答したように、寝不足なのは本当にいつものことなのだが、流石に三日徹夜では頭もあまり回ってないし、あくびを堪えることが出来なかったようだ。


「そんなことより、今日はどうしたんだ? 昨日、次に来るのは宿題を終わらせてからって言ってなかったか?」


「それは……えへへ……早く礼二さんに会いたくて、そのまま徹夜で宿題を終わらせちゃいましたっ」


 ……静子ちゃんも徹夜組だったか。


「よく頑張ったな」


「はい」


「……でも、無理をするのはダメだ」


「あ……ごめんなさい」


 まぁ、俺も人の事は言えないが、社会人で色々な責任も抱えている自分が頑張るのと、まだ学生の彼女が頑張るのでは、事情が違うだろう。


 彼女の精神的な事情は宇井さんから聞いたが、まだ自由が許される学生の内は、俺なんかのために時間を使わないで、彼女自身のために時間を使って欲しいものだ。


「礼二くん、厳しいニャー……ここは素直に『よしよし、頑張ったね』って言って、頭を撫でてあげてもいいんじゃないかニャ?」


「いや、おっさんに頭を撫でられてもキモイだけだろ……っていうか、年頃の女の子はセットが崩れるとかで、好きな人からでも頭を撫でられるのは嫌だって聞いたことがあるぞ?」


「え? そうなのかニャ?」


「あー、悪い、お子様のネココにはまだ早かったな」


「ネココはお子様じゃニャいニャ! 立派なレディーニャ!」


 うーん、年を食ってると言っても怒るのに、まだ子供だと言っても怒るのか……女心ってのは難しいな。


 俺はネココの言動にそんな感想を抱きながら、フシャーと威嚇しながらじゃれついてくるそいつの額に手を当てて、成人男性の腕と少女の腕のというリーチの差を思い知らせる。


 そして、ネココは必死に振り回す腕が俺に届かないと分かると、頭を押さえている俺の手のひらに攻撃しているつもりなのか、今度は、髪型が崩れるのも気にせず、その頭をグリグリと押し付けてきた。


 まったく、立派なレディーはどこへ行ったのやら……。


「あ、あの……」


「ん?」


「わたしは、頭、撫でて欲しいです……まだ子供なので」


「え……?」


 ……どうやらここにも子供がいたようだ。


 静子ちゃんは、俺の手のひらに頭をグリグリと押し当てているネココの方へチラリと視線を向けたかと思うと、俺にそう言って来た……別にこれは頭を撫でているわけでは無いんだが。


「それで、あの、その代わりに……私も、礼二さんの頭を撫でますから……」


 うーん……それって、どんな羞恥プレイ?


 さっきも思案して引き分けに終わったが、やっぱり、大の大人が女子高生に甘えるのは、流石にどうかと……。


「……膝枕で」


「しかたないなー」


「礼二くんが自分自身に速攻で負けたニャ!!」


 こうして俺は、羞恥心やプライドなんて言うこの世に必要ないものをさっさとゴミ箱に捨てて、静子ちゃんの頭を撫でた。


 いや、あれだよ、徹夜明けに、深夜テンションが続いちゃってるやつだよ。


 しっかり寝たら、ちゃんとゴミ箱からまた色々拾いなおすから。


 だから、精神的にも疲れ切っている今だけは、女子高生の膝枕で眠ることを許してください……。


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