第30話 真実と後悔
ここ数日一緒に過ごしていた、仕事を選ばないグラビアアイドル、平井 るあちゃんと別れた後、彼女と入れ替わるようにしてこの廃ビルを尋ねてきたのは、幽霊界の地方公務員、宇井 市代さんと、ご近所迷惑なタクシードライバー、佐藤 吉一郎。
2日ほど徹夜して眠さMAXの中、一応、客が来たときのルーティンとしてお茶を出したものの、一体どんな要件だろうか。
「夜分遅くに失礼いたします、本日私が訪れたのは……」
「OH! この麦茶、ちゃんと冷えてるじゃんYO! この家、冷蔵庫なんかあったかYO!」
「……」
「……」
「とりあえず、佐藤さん、あなたは席を外してください」
「え?」
「これから久場様と大事なお話をいたしますので」
「ちょちょちょ、ちょっと待てYO! 俺にも麦茶を飲ませろYO!」
「あーはいはい、ボトルごと持って行っていいから」
「それならOK、失礼するYO!」
……こいつは普通にしゃべれないんだろうか。
俺は、いるだけで話の腰を折ってきそうなロックラッパーを追い出そうとする宇井さんをアシストして、冷蔵庫(戸棚)から取り出した麦茶のボトルを押し付けると、部屋から出て行くだけでも何だか動きが大変うるさいそいつを見送った。
「コホン、それで、話を戻しますが……」
だが、その宇井さんの話を聞いた後、俺は、その空気を読まずに明るく振舞う、唯我独尊ヤンキーの存在に感謝することになった……。
「お話というのは、四条 静子さんのことです」
それは俺にとって、心のどこかでは感じていたものの、様々な感情から、認めるのを拒否していた内容の肯定だったからだ。
「……彼女はおそらく、亡くなった彼女の父親と、あなたのことを重ねています」
その言葉を聞くころには、もう、それまで感じていた眠気がどこかへと消え去っていた……。
あの日、パジャマパーティーがあった日の翌日、俺は他のみんなを見送ったあと、その場に一人残った宇井さんに尋ねられ、静子ちゃんのことについて話をした。
そして宇井さんは、生きている人間が、既に命の無い幽霊と親しくすることに対して、当局で把握しているそういった状況の統計から、どちらにとっても良くない影響を与えることが多いと話してくれた。
まぁ、言われなくても、薄々は分かっていた。
生者と死者が仲良くして、良いことが起こることの方が少ないだろう。
だけど、そんなことを言われても、俺は地縛霊だから、どこかへ逃げるなんてことも出来ないし……。
……いや、それは言い訳か。
俺は、心のどこかで、今の関係は良くないと思いながらも、その関係に、居心地の良さを感じていた……だから、宇井さんに言われるまでは、別に誰かに相談しようとも思わなかったし、静子ちゃんが来ても優しく接していた。
だが、どうやら事態は、俺が思ったよりも少し深刻なものらしい……。
「……このままではお二人とも、破滅します」
宇井さんは、そんな脅しともとれる言葉と共に、あの日、この件を当局で預かると言ってから調査したらしい、彼女の境遇について話してくれた。
「彼女の父親は、それほど遠くない過去に、自ら命を断っています……」
「……この廃ビルで」
「え……?」
俺の頭に、過去に聞いた、るあちゃんの声が蘇る……。
『それで、早速ですが伊禮先生、ここが、不況の波にのまれてしまったオーナーが、建築の途中で自らの命を断ってしまった場所と噂される廃ビルですが……』
事前に、この廃ビルにそんな噂があるのは知っていた……。
というよりも、俺が住まざるを得ない場所なので、ネココや錬に尋ねたし、ネココには関連する新聞記事を持ってきてもらっていたりもした。
だが、そのオーナーが静子ちゃんの父親だとは思わなかった。
「じゃあ、静子ちゃんは、今は母親と二人で……?」
「いえ、彼女の母親も幼いころに病気で亡くなっていたそうで、今は未成年後見人として彼女を引き取った、実父の弟夫妻の元で生活しているようです」
「……」
「母親を幼いころに亡くした彼女は、父親ととても仲が良かったそうです」
「……」
そして、そんな仲の良かった父親が、自ら命を断った……?
「しかし、母親も父親も亡くし、ひどく落ち込んでいた彼女の目の前に、どこか父親と雰囲気が似ている男性が現れました……」
「……それは、もしかしなくても」
「はい、久場 礼二様、あなたです」
「俺が、静子ちゃんの父親と似てる……?」
「ええ、私も彼の性格や話し方までは存じ上げませんが、写真を拝見させていただきましたところ、骨格や顔つきに関しては、似たところがございました」
「……」
「そして……ここからは、大変申し上げにくいのですが……」
「いや、いいよ……何となくわかった」
それが、道端ですれ違った程度の出会いなら、特に問題は無かったんだろう……。
もしくは、そのまま何事もなく、親しい知人になれたのであれば……。
だが……。
「彼女は、父親を2度失ったんだな……しかも、2回目は目の前で……」
それは、彼女の心にどれだけの傷を与えたのだあろう……。
『ごめんなさい……ごめんなさい……私の……せいで……っ』
脳裏に、あの日の彼女の涙が蘇る……。
あの謝罪の言葉は、もしかしたら俺に対してじゃなく……。
「彼女はきっと、心に、塞ぐことの出来ない、大きな傷を負ったでしょう」
「そう……だな……」
「でも、その心の傷は、塞がってしまいました……歪な形で」
「それも、俺のせいか……」
あの日、何気なく開いた窓に背中から寄りかかり、空を見上げ、彼女を見つけてしまった。
そして俺は、そのまま屋上へと駆けあがり、彼女に声をかけた。
きっと、あのまま何もしなければ、事態は違う展開を見せたのだろう……それはもう、最悪の展開に。
だから、こうしてその後の展開を知った今の記憶を持って、あの日をもう一度やり直せるとしても、俺は彼女に声をかけるだろう。
だが……その結果がこれでは、最悪から、別の最悪に移っただけだな……。
「2度も失ったと思っていた父親が、幽霊としてでも目の前に現れた……その時の彼女の感情は、私には、察することすらかないません」
「でも、静子ちゃんは俺の事を父親の名前で呼んだりは……」
「ええ、分かっています……ですが、全く重ねていないわけでも無いでしょう」
「……」
「そういうことで、これ異常事態を悪化させないために、本日は、調査結果の報告をいたしました……今後も当局で事態の収束に尽力を尽くしますが、久場様も、どうかご協力ください」
「協力ったって……いったい何をすれば……」
「ひとまず、全力で、現状維持を続けてください」
「現状維持……?」
「はい、無理に解決しようとしないでください」
「……」
「そして、分かっているとは思いますが、彼女との関係を、これ以上発展もさせないでください」
「……ああ、分かってる」
元からそのつもりは無かったが、今の話を聞いて、さらにその気は無くなったさ。
「……では、本日はこれで失礼いたします」
「……」
俺は、頭を下げる宇井さんに、別れの言葉を投げかけることも出来ないまま、静かに彼女を見送った。
一体誰が、人の命を留めた結果、こんなことになると予想しただろうか。
過去の選択事態に対しては一切の後悔を感じないのに……心の内側からどうしようもない後悔に似た念が溢れだしてくる。
現在時刻は、まだ日付を跨いでいない時間帯……。
ここ2日徹夜続きで、身体は睡眠を欲しているはずだ。
……だけど、俺は今夜、ぐっすり眠るのは、難しそうだ。




