第27話 自撮りのプロ
「……では、これからさっそく、お昼の廃ビルを探索したいと思います!」
番組のタイトルコールを含めた挨拶や、今回の探索にどんな目的があるのかといった説明など、一通りの前口上を終わらせた後、るあちゃんは、カメラに急接近してその画角いっぱいに自身の顔を映しながら、そう宣言する。
現在位置は、廃ビル、1階エントランス、テント前。
彼女はそこから、エレベーターホールの裏側にある非常用階段を上り、2階にある俺が住んでいる部屋を目指して進んでいくわけだが、流石に俺の生活空間が全国のお茶の間に届けられるのは勘弁願いたいので、るあちゃんに一つの提案を持ち掛けた。
「……皆さん、2階につきました」
テントからここまでの移動中、周囲の景色を撮影しながら、その景色に対するちょっとした感想を交えつつ、ゆっくりと歩いていた彼女は、非常用階段から廊下へと繋がる開きっぱなしの扉の前で立ち止まると、ハンディカメラの向きをあまり変えずに彼女自身がその画角に回り込むように移動して、自身の顔を映しながらそう話す。
歩きながらの撮影中もそうだったが、彼女はハンディカメラの旋回速度が速くなり過ぎないよう気にしながら周囲の景色を映しており、今も、カメラを180度回転させれば済んだところを、わざわざ彼女自身が回り込むことでそれを回避した。
それは撮影現場を横から見ている俺だから気づけたことなのかもしれないが、おそらく視聴者が画面酔いしないための配慮なのだろう。
普段から趣味でそういった撮影をしているのか、以前から番組スタッフにこういった無茶ぶり企画をやらされて培った能力なのかは分からないが、どちらにせよ、彼女が努力家であることには変わらない。
自ら進んでやろうと、人に言われてやろうと、その中で見る人の気持ちをきちんと考えて、どうすればもっと良く見せられるか勉強して、導き出した答えを己の技として身につけたのは、彼女自身が努力を止めずに歩んできた結果だ。
もしかすると、努力が分散してしまうせいで、総合的な完成度としては、撮影することだけに時間を割いてきたプロのカメラマンと、撮影されることだけに時間を割いてきたプロのグラビアアイドルの組み合わせには負けてしまうかもしれない。
けれど、それでも、俺は、どんな現場でも自分に出来る努力を怠らない、そんな彼女の姿の方が美しいと思えるし、ファンであり続けたいと思う。
「それでは、これから例の現場……開かずの扉へと向かっていきたいと思います」
……と、俺がそんなことを考えながら、頑張る彼女の後方で腕を組み、うんうん、と頷いて心の中で声援を送っていると、彼女はそう言って、またカメラの向きが変わらないように気を付けつつ後方へと回り込む。
そして、再び周囲の景色を映しながら、その2階の廊下を進み始めた……。
ここからだ……。
「私が前回この廃ビルを訪れた時に、この階で、鍵がかかっていると思われる扉を発見して、番組スタッフがその扉を開けようと試みたところ、あたりに悲鳴のような声が響き渡り、その時ご一緒させていただいていた霊媒師の伊禮 芝さんからの助言もあり、そこで撮影を終わらせました」
彼女は、ハンディカメラを手に、ホラー番組らしい、もったいぶるような速度でゆっくりと歩きながら、これから向かう開かずの扉に関する説明を行う。
その現場は普通に歩けばすぐについてしまう距離なのだが、彼女は相変わらずゆっくりとした速度で進み、時には立ち止まり、目的地にたどり着くまでに横切る、他の部屋の様子も、そのカメラに収めながら歩いて行く。
俺から見たら、まだ日の出ている時間帯だし、見慣れた光景なのもあって、全く持って恐怖心をそそられないが、ここは昼間でもそれなりに薄暗い場所だし、映像に対して、あえて画質を落としたり、色彩を変えるようなフィルターをかけて、静寂さが引き立つような環境音を乗せたりしたら、なかなか怖いものになるかもしれないな。
「っ……皆さん、ついに、着きました」
るあちゃんはそう言うと、ここであえて急停止して、カメラを一度下へ向けてから、ゆっくりとその視界を持ち上げ、若干見上げるように、その扉を映し出す……。
彼女自身はその扉の向こうがどうなっているか知っているはずだが、流石プロ……その言葉のテンポやトーンを取っても、どこか重い威圧感を感じさせるカメラのアングルを取っても、おもわず息を飲んでしまうような雰囲気を作り出すのがうまい。
「……では、開けさせていただきます」
そして、彼女はそこであえて時間を置かず、ところどころ塗装が剥げているその扉のドアノブを映しながら、そのドアノブに手をかけ……捻り……そのまま扉をゆっくりと押し開けながら……。
……ハンディカメラの録画停止ボタンを押した。
「ふぅ……ここでいったんCMですね」
「ああ、お疲れさん……ほい、水」
「ありがとうございますっ」
俺はすっかり番組スタッフ気取りで、撮影を一区切りさせた彼女にペットボトルの水を差しだすと、代わりに、彼女が持っていたハンディカメラと、彼女の元気なお礼を受け取る。
彼女のことを俺なんかよりもずっと前から応援している古参のファンにこの光景を見られたら、羨ましがられるを通り越して、速攻で命を狙われそうな役に収まっているが、既に狙われる命を持っていない俺は何も怖くない。
狙いたきゃ勝手にどうぞ、と、腕を組んでドヤ顔をかましてやろう。
「それにしても、扉を開ける瞬間にCMを挟むという理由で録画を停止して、再開するときは別の部屋を撮影する、というアイデア、よく思いつきましたね」
「まぁ、俺のプライバシーが関わってるからな……それに、実際に番組の進行を考えたり映像を編集したりするのは俺じゃないから、狙った通りになるかも分からないし」
「そうですけど、番組の構成を考えてという理由なら、録画を中途半端なところで停止した言い訳になりますし、礼二さんのプライベートを守る方法としてはバッチリだと思います!」
「あはは……そう言ってもらえると気が楽だよ、ありがとう」
そう……俺が るあちゃんに提案したのは、扉を開ける瞬間までは俺の部屋を撮影対象にするが、そこで撮影はいったんCM入りするポイントとして停止して、再開するときはよく似た構図の別の部屋を映そう、というアイデアだ。
しかし、そのアイデアを元に、おそらく想像以上の映像が録画できているであろう事実は、間違いなく、るあちゃんの手腕によるものだろう。
特にあの扉を開ける瞬間の溜めの無さ……。
俺だったら、その道中までの撮影と同じように、少しもどかしくなるくらい勿体つけてから扉を開く映像を残すだろうが、彼女はそうしなかった。
その時は何故そうしたのか、パッと思い浮かばなかったが、彼女の撮影した映像がテレビで流れた時のことをイメージしてみたら、なんとなく分かった……それはきっと、すぐ後にCMによる溜めが控えているからだ。
露骨すぎる溜めが多すぎると、視聴者の機嫌を損ねる可能性が高まるが、CMに入る前に今まで演出していた溜めを外されると、今まで押さえつけられていた「早く先が見たい」という願望が急に達成されそうになり、その一瞬だけ「え? もう先に進んじゃうの?」という、先ほどとは逆の感覚に陥る。
その後すぐにCMが始まることで、「やっぱり待たせるのかよ」という感情を湧き起こすことになるだろうが、直前の感情の揺れによって、そのままずっと待たされ続けた場合よりも、さらに続きが気になってしまうことになるだろう。
狙ってそんな撮影をしたのか、感覚的にそうしたのかは分からないが、るあちゃんの撮影センスは、俺なんかよりもずっと研ぎ澄まされているな。当たり前だが。
「るあちゃんは撮影うまいから、全部を分かってる俺でも、完成した映像を見たらホラーな雰囲気を感じられるかもしれないな」
「そんな、私なんかまだまだですよ……それに、礼二さんの周りに、怖い幽霊さんはいなそうじゃないですか」
「んー、まぁ、言われてみれば確かにそうだな……俺の知り合いはみんな、人に悪意を向けたりしなさそうな奴ばっかりだ」
「やっぱり実際の幽霊さんは、私が今まで想像していた昔話に出てくるような幽霊さんとは全然違うんですねー」
「ははは、一体どんな幽霊を想像してたんだ?」
「そうですねー……例えば……黒い前髪で目を隠して……遠くからずっと、こっちを……見……て……」
そうやって、撮影が一区切りした休憩として、お互いに雑談しながら、水分補給などをしていると、るあちゃんの顔が、なぜか急に、血の気が引いたような色になっていく……。
そして、手から力が抜けたのか、ボトン、と、彼女が持っていたペットボトルが床に落ちて、辺りに水がこぼれた。
幸いにもカメラの方は、彼女に手渡したそのペットボトルと交換する形で俺が持っていたので被害は無かったが、いったいどうしたんだ?
「れ……礼二さん……う、後ろ……」
「え……?」
るあちゃんは、落ちたペットボトルのことなど意識にすら入っていない様子で、震える手で口元を抑えるながら、何とか声を絞り出したというようなか細い声でそう言いながら、震える指先を俺の後方、背中側に向けた……。
そこで、俺も気づいた……。
確かに、俺の後方に、ナニカがいる……。
このタイミングで、努力家で心優しい彼女が、いたずらでこんなことをするわけがないというのもそうだが……それだけではない……振り向かなくても、本当に人の気配のようなものを感じるのだ……。
生前の俺なら、日中から幽霊なんか出るわけがないと思っただろうが、こうして地縛霊になった俺自身が昼間でも普通に活動しているのだ……そんな風に笑い飛ばすことなどできるわけがない。
確かに、俺は今まで、悪意を持った幽霊に出会うことなんてなかったし、ネココたちからの話を聞いて、そういった幽霊がこの世に留まることは無いと思っていたが、全く無いとは言い切れないだろう。
そして、もし、俺の後ろから、おそらくこちらをじっと見つめているのであろう幽霊が、悪意のあるものだとしたら……この場で、るあちゃんを守れるのは、同じ幽霊である俺しかいない……。
……俺は、ダメだ、やめろ、と、振り返りたくないという感情が、俺の弱い心が、必死に脳へ訴えているその信号を押さえつけて、ゆっくりと、後ろへ振り返り……。
「……礼二さん、その人、誰ですか?」
そんな言葉を呟く、薄暗い廊下に力なくじっと立ち、下ろした前髪の隙間から、ギロリと鋭い視線をこちらへ向ける少女と目が合った……。
「「きゃぁああぁぁぁああああ!!」」
まぁ、それは、言わずもがな、お弁当を持って遊びに来た、まだ夏休み真っ最中の静子ちゃんだったわけだが……。
俺が振り向くまで何も言わずに、薄暗い廊下の中央で、息をひそめて、じっとこちらを見て立っていたとか……知り合いである俺から見ても、普通に怖すぎるだろ。
俺は、るあちゃんと一緒に、本気で悲鳴を上げたあと、しばらく咳き込みながら、長い深呼吸を必要とすることになった……。




