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第13話 心霊スポット


 本来は設置されるはずだったのであろう自動ドアが設置されていない、まるで人をその暗闇の中へと手招きしているような雰囲気すら感じる、大きな口を開けたまま待っているエントランス……。


 老朽化してひび割れている床や壁は、実際に触れてみればまだ何年かは耐えられそうな頑丈さを感じることは出来るが、見た目だけ言えば今にも崩れそうだ……。


 建築するにしても解体するにしても、本当に中途半端なところで工事が止まっているのだろう……窓がある箇所、無い箇所がまばらに存在するその建物には、時折、通り抜ける風が道に迷って泣いているかのような音が木霊する……。


 ぴちょん。


「っ……!」


 経年劣化や地震などで接合部のナットやパッキンが緩んでしまったのであろう、僅かに水漏れが発生してしまっているらしい排水管から、零れ落ちた一滴の水滴が鳴らす小さな音でさえ、その暗く静かな建物では、不気味に響き、妙に大きく耳に届く。


「……今、水滴が落ちるような音がしなかった?」


「えー知らなーい、気のせいじゃなーい?」


「俺も別に聞こえなかったな」


「あはは、エーカがビビり過ぎなだけだろ」


 だが、そんな建物の中を、ガヤガヤと雑談を交えながら歩いている学生には、そんな小さな物音など関係ないようで、せっかく気づくことが出来た一人の声を無視して、スマホのライトを片手にそのままズンズンと進んでいってしまう……。


 ……ここは、誰も住んでいないはずの、廃ビルだ。


 老朽化などの影響で水漏れするような状態になっていることに関しては、別におかしなところなどありはしない。


 問題は、ここ最近、特に雨が降ったわけでもないというのに、その排水管に水が通って水漏れが発生したという部分だ。


 ……誰も住んでいない廃ビルに、水道局から水が送られてきているはずがない。


 可能性として考えられるのは、誰かが、どこかから、何かの容器に水を入れて運んできて、上の階で排水溝に流した場合だ……。


 誰が……? 何のために……?


 そんなのは決まっている……。


 ……俺がさっき、自分の部屋で、歯磨きをしてた。


「ねぇ、ビーコ……本当にいると思う?」


「テレビで言われてた幽霊? そんなのいるわけないじゃん」


「おいおい、だったら、あの開かずの扉とか、最後の悲鳴とか、何だったんだよ」


「はぁー? そんなの、番組が盛り上げるために仕組んだヤラセに決まってんじゃん」


 あん? もしかして、あの時の心霊番組の話をしてんのか? なら、開かずの扉は俺の部屋で、最後の悲鳴ってのは俺がネココに事務机で押しつぶされそうになった時に上げた叫び声か?


 あの声、マイクに入ってたのかよ……ってか、それが全国に放送されたのか?


 おいおい、俺は撮影許可なんて求められてなければ、音声提供もした覚えは無いし、出演料だって1円ももらってないぞ? 肖像権とかはどうなってんだコラ。


 ……まぁ、既に人間を止めて幽霊になっちゃってる俺らに、人権なんてものは存在しないか。 分かっていても癪だが。


「それにしても、まさかグラビアアイドルの平井 るあ(ひらい るあ)が地元に来てたなんてなー」


「なー、知ってたらオレぜってぇ撮影見に来てたのに」


「はぁ……突然近所に心霊スポットを見つけたから肝試しに行こうなんて言い出すから何かと思ったら、その情報源がグラビアアイドルって……これだから男子は……」


「あはは……まぁでも、るあちゃんは女の子にも人気だし、私もあの番組はリアルタイムで見てたよ、その撮影場所が近所の廃ビルだっていうのは知らなかったけど」


 あー、なるほどね。


 つまりあれか、あの時の、人気グラビアアイドル平井 るあ(ひらい るあ)ちゃんと、なんかよく知らないインチキ霊媒師のおっさんがギャーギャー騒いでた番組を見た連中が、ご苦労なことにその撮影場所を特定して?


 その場所が「俺んちの近所じゃん!」ってなった学生が、こうやって肝試しにやってきた、と。


 はぁー、迷惑な話だねぇー……。


「でも、さ、実は、あたしも、ほんのちょっとだけ、ここには、いるんじゃないかなって、思ってんだよね……」


「え? そうなの?」


「うん……前にあたしたち、ここの駐車場で花火したじゃん? あの時、誰もいないはずの建物の上の方から、急にヤカンが降ってきたんだよね……ほら、シースケも一緒に見たでしょ?」


「いや、俺は大きい音がして振り返ったらヤカンが転がってただけだし、風で転がっただけだと思ってるけど」


 あの時の不純異性交遊野郎もお前らかぁーい!!!


 二階からヤカンを投げつけた時は遠かったから顔まではハッキリ覚えてないけど、言われてみればこんな奴だった気もしてきたわ。


 ったく、今は私服を着てるから確証はなかったが、あの時は確か静子せいこちゃんと同じ学校っぽい学生服だった気がするし、やっぱりこいつら高校生だろ? 未成年がこんな遅くに外を出歩いちゃいけません!


 くそっ、俺の部屋にまで辿り着かれて人が住んでる痕跡に気づかれるのも困るが、親御さんを心配させないためにも……そして何より、俺が早く寝るためにも、やっぱりどうにかしてこいつらをさっさと家に帰さないとダメだな。


 またヤカンを落として大きな音でビビらせて追い返すか? うーん……。 あー、ダメだ、眠くていい案が思いつかない……猫の手でも借りたい気分だ。


 と、俺がこんなことを思ってると、いつもタイミングよくあいつが現れるんだが……。


 ……今日はちょっと違ったらしい。


 プッシュー……カンッ……カラカラ……。


「きゃっ!」「うぉっ!」


 突然、どこからともなく缶ビールが現れると、勢いよく内容物を吹き出しながら、地面に転がる……。


 プッシュー……カンッ……プッシュー……カンッ……カラカラカラカラ……。


「え? なになに?」「なんだよ!」


 それが、2つ、3つ……あちらこちらで現れては転がり、ボロボロの床にビールの染みを広げていく……。


「き……きゃぁぁあああ!!」「うわぁぁああああ!!」

「おいエーコ! シースケ! くそっ、なんだよ!」

「マジちょっとなんなの! シャレにならないんだけど!」


 当然ながら、噂の心霊スポットでそんな超常現象が起きれば、未成年の学生たちのメンタルが持つはずもなく、理性や好奇心などではなく、恐怖という本能に従って、その場を勢いよく逃げ出した……。


 廃ビルを出ても止まることなく、まだ叫び声を上げながら走り続けていたし、ヤカンが降ってくるより相当怖かったのだろう。


「いや、ってか、これは普通に大人でも怖いだろ……れん


「えー、そうっすか? なんか宅飲みに来たら、先輩が困ってたっぽかったんで……余計なお世話だったっすかね?」


「いや、助かったが……これはトラウマもんだぞ……」


 俺のピンチに現れたのは、ネココではなく、生前の職場で後輩だった管野 錬(くだの れん)


 いつもどこから取ってきてるのか、今日も両手に持ったビニール袋に大量の酒を詰め込んで宅飲みにやってきたようだ。


「ってか、そうだ……お前には色々と言いたいことがあってだな……」


「あー、美鈴みすずちゃん関連っすかね?」


「それもそうだが、他にも色々と……」


「あーはいはい、いつも聞いてもらってるお礼に、俺っちも先輩の話も愚痴も聞くっすから、とりあえず先輩の部屋に行きましょうよ、ね?」


「はぁ、わかったよ……先に部屋に行ってちゃぶ台出しとくから、ちゃんとその転がってる缶、片付けてから来いよ? ってか、飲み物を粗末にするな」


「へーい」


 俺はれんにそういって大惨事の後始末を言いつけてから、部屋に戻る……。


「はぁ……学生を追い返せたのは良いものの、それでも結局、今日も早寝できそうには無いな……」


 俺はいつになったら静かな夜を過ごせるんだ……。


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