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第12話 委員長とヤンキー


「まずは自己紹介からさせていただきましょう」


 夜の十一時過ぎ。


 騒音改造車でロックだかメタルだかの曲を迷惑に響かせながら突然うちにやってきた来客は、俺がルーチンワークとして出したお茶をすすると、そう切り出した。


「私の名前は宇井 市代(うい いちよ)。霊役所に勤める地方公務員です。よろしくお願いいたします」


「は、はぁ……よろしくお願いします」


 最初にそう自己紹介してきた女性は、騒音改造車の後部座席に乗っていた、ピシッとしたスーツを身に纏ってメガネをかけた、いかにもな、真面目そうな女性。

 霊役所というのはよく分からないが、地方公務員と言っていることを考えると、市役所とか区役所の類なのだろう。

 やっぱりその職業もなんだか真面目そうな感じなのだが、この人はどうしてこんなチャラそうな男と一緒にいるんだ?


 と、俺が失礼ながらそんなことを考えつつ、そのまま横であぐらをかいている男へと視線をずらすと、それを続いての自己紹介を促されたのだと勘違いしたのか、こんどはそいつが自己紹介を始めた。


「オレは車の運転から水道の修理までなんでもやってる便利屋の佐藤 吉一郎(さとう きいちろう)だ。気軽にキーヤンとでも呼んでくれ、ヨロシクー!」


「……」


 そう言ってラッパーみたいなポーズを取りながら自己紹介を終えたこいつは、やっぱりそれを聞いても隣にいる女性とは関係が無さそうなやつだった。

 車の運転もする便利屋ってことだから、きっとタクシーとして使われただけなんだろう。


 となると、やっぱり俺に用があるのはその隣の女性……。


 地方公務員って言葉から頭に思い浮かぶのは、この前出会った自称警察官のコスプレガールだ。

 あの子が本当に警察官だったなら、同じ公務員として知り合いかもしれない。


「……それで、今日はどういったご用件で?」


 まぁ考えるより本人に直接聞いた方が早いだろうと、俺は自分の方も軽く自己紹介をした後、地方公務員を名乗る宇井 市代(うい いちよ)さんにそう訊ねた。


苦掘 美鈴(にがほり みすず)さんから伺っていると思いますが、あなたは地縛霊ということで、幽霊になってから霊役所を訪れておらず、住所の変更届けを出されていないということでしたので、本日はそちらの手続きをしていただくため、訪ねさせていただきました」


 苦掘 美鈴(にがほり みすず)……? 名字は覚えていないが、美鈴ってのは確か、あのコスプレ警官の女の子の名前だったな。


 そういえばあの時、いきなり連行しようとした彼女に腹を立てたり、生前持っていたスマホとか身分証が念じれば出せることにテンションがあがったりして真面目に聞いていなかったが、住所登録の手続きが出来る役人を派遣するとか言っていたような気がする。


「ってことは、本当にあんたは幽霊用の役所の人で、あの美鈴って子も本物の警察官だったわけか」


「はい」


「んで、こっちの男は、タクシーの兄ちゃんね」


「その通りです」


「その通りって……委員長、それは酷くない?」


「委員長ではありません、地方公務員です」


 俺の言葉に真面目に答えて、その言葉に反応したヤンキーにも真面目に返す。


 笑っちゃ悪いが、眼鏡をクイッと上げながらそう返す彼女の仕草は、おそらくニックネームなのであろうその「委員長」という名称がとてもよく似合っている。


「まぁ、そういうことならさっさと手続きしちゃうか」


「はい、それではまずこちらの書類に……」


 そうして手続きを始めて見れば、担当してくれる彼女から公務員オーラが出ているせいか、場所が自宅のちゃぶ台ではあったものの、本当に役所でそういった手続きをするような雰囲気での対応となった。


 ヤンキーが勝手に俺の部屋を漁って漫画を読み始めたり、勝手にお湯を沸かしてお茶を入れ始めたりする度にツッコミを入れていたので、その雰囲気もちょくちょく中断させられていたが……。


「ってか、宇井ういさん、だっけ?」


「はい」


「まぁ、アンタじゃなくて美鈴さんの仕事かもしれないけど、あいつの車、取り締まらなくていいのか?」


「取り締まる、というと、ローダウンのことでしょうか」


「とか、カーオーディオ交換の騒音とか?」


「ふむ、まぁ、お気持ちは分かりますが、難しいですね」


「難しい?」


「はい。ローダウン……昔、日本でシャコタンと呼ばれていた改造は、平成7年の規制緩和によって、スプリング交換後のボディサイズなどが規定以内の数値であれば車検にも通りますし、カーオーディオ音量も、道路交通法的に明確にどのくらいの音量までならばカーオーディオを流してもよいという決まりはありませんので」


「そうなのか……」


「まぁ、パトカーのサイレンやクラクションなど、安全運転に必要な音が聴こえる状態から逸脱している場合や、他の車の迷惑になっている場合は取り締まれる可能性がありますが、残念ながら、あの車も霊体ですので、そこから流れるカーオーディオが聞こえるのも、私たち霊だけとなっております」


「うわー、俺にとって迷惑極まりない車だな」


 法律には詳しくないが、日本の法律は元から若干ヤンキーにも優しい法律な上に、それが幽霊業界ではさらに緩和されているようだ……。


「はっはっはー、その通り! 学生時代はともかく、オレはもう大人だからな、他人に迷惑をかけるとしても、ちゃんと法律の範囲内で留めているんだYO!」


 いや、大人なら法律の範囲内とかじゃなくて、他人に迷惑をかけるなよ……ってか、いい加減ロッカーなのかラッパーなのかハッキリしろ。


「まぁですが、あくまでも一般の人から苦情がこないというだけですので、久場くば様から苦情があったということは担当部署へ報告しておきます」


「お、そいつは助かる、よろしく頼むよ」


「オーマイガッ!」


 俺たちのそんな会話に、見た目はパンクだかメタルだかのヤンキーが、エアギターをかき鳴らしながら仰け反る……音じゃなくて見た目がうるさい場合は、騒音じゃなくてなんて言うんだろうな。


「じゃあついでに、今度何か用がある時は日中に来てもらうことって可能か? まぁ、わざわざ出向いてもらってる身で申し訳ないんだけど、俺、普通に夜は寝たい派だからさ」


「……申し訳ございませんが、それも難しいですね」


「あー、やっぱり、日中はちゃんと役所に行ける人の対応で忙しい?」


「あ、いえ、その逆です」


「逆?」


「はい……霊役所に訪れる方は夜型の幽霊が殆どですので、それに合わせ、開庁時間も夜の八時半から朝の五時までとなっております」


 役所が昼夜逆転してるぅー!!!


「まぁ、その範囲内で、担当できる者が空いていれば、時間をずらすことも可能かとは思われますが……それが良いことなのか悪いことなのかは置いておきまして、霊役所は人手不足ですので、ご要望に沿えないことが多いかと思われます」


「あー……」


 そうだよな……。


 誰でも命を落としたら幽霊になるわけじゃなくて、何らかの大きな未練がありつつも、この世界を嫌っていないような人が幽霊になるわけだから、総人口も少なければ、役所に勤める人も少ないということ。


 宇井ういさんの言う通り、人手が多い、少ない……つまり、大きな未練を抱えたまま亡くなっている人が多いか少ないかということに対して、良い、悪いの感想を持つことは出来ないし、そういうことであれば、俺の対応が深夜になってしまうのも仕方ないだろう。


「いや、わがまま言って悪かったな……何だかんだ夜更かしすることも多いから、時間帯のことは気にしないでくれ」


「いえ、こちらこそ、ご期待に沿えず申し訳ございません」


 そうして、ちょっと気持ちが暗くなる話を挟みつつも、俺は必要な書類を書き終えて、彼女に渡す。


 そんな真面目な話をしている間も、チャラ男ヤンキーは相変わらず人の家を好き勝手漁って、いつの間にか俺がへそくりで隠しておいたスナック菓子を開けて食べていたが、もしかしたらこいつなりに暗い雰囲気を和ませようとしてくれているのかもしれないな……。


 ……まぁ、だとしてもスナック菓子は普通に殴って取り返したが。


「はい、特に記入漏れもありませんので、こちら持ち帰り、手続きの方を進めさせていただきます」


「わざわざ来ていただいてありがとうございました」


「そうだぜ、わざわざ出向いてやってんだから、今度はコーラでも用意しておけYO!」


「あははは、今度は別のタクシーを使ってもらえるとありがたいです」


「そうですね、善処いたします」


 俺は戯言をつつしまない男を殴りながら、真面目な地方公務員さんと笑顔で分かれる。

 彼女が善処しますという言葉で留めたように、きっとタクシー業界もこちら側では人手不足なのだろう。

 当人も便利屋と自己紹介していた通り、彼も別にタクシー業をメインの仕事にしている感じではなさそうだったしな。


 来るときと同じく、あたりに騒音をまき散らしながら去っていく車に手を振って見送ると、窓を閉め、カーテンを閉める。


 今まであまり気にしていなかったが、この世界にとどまっているということは、あの地方公務員さんも、自称便利屋のヤンキーも、何かこの世に未練があるってことだよな……。


 それは、あの時の女性警察官も、後輩も、野良猫も……。


 ……そして、俺も。


 まぁ、俺自身のことは分かり切っているし、別に隠すようなことでもないが、皆がそんな俺に訪ねないように、俺もそれを皆に訊ねたりしないから、皆がどんな未練を背負っているのか知らないし、今後も聞くつもりはない。


 よく分からないが、俺にその幽霊になる条件を教えてくれた、何だかんだ、こうなってから一番付き合いが長いネココも、それを話してくれたとき、いつも通り明るく振舞いつつも、何かにおびえているような様子だった。


 俺は察しが悪いから後になってから思ったんだが、きっとあの時ネココは、それを説明した流れで、「じゃあ、お前はどんな未練を持っているんだ?」みたいなことを聞かれることを恐れていたんだろう。


 それを俺が尋ねなかったのは本当に偶然だったが、おそらくあの時、俺がネココにそれを尋ねてしまっていたら、きっとそこで彼女との交流は止まっていたと思う。


「暗黙のルールは、国で定められた法律よりも重い……か」


 明示されていないのに、破ったら、感性によっては法律を破った時以上のデメリットとなりえるなんて、迷惑なルールだ……。


 ……だが、それは確かに存在するし、この世界から消えることは無いだろう。


「俺はそんなものよりも、就寝時間を法律できっちり定めて欲しいものだけどね」


 布団に寝転がりながら時計を見ると、時刻はそろそろ二時になる時間帯……。


 真面目公務員さんが、その地区のゴミの分別方法を説明するかのように幽霊として生活する上でのルールを事細かに説明してくれたり、書類を書いているところをヤンキーの自由奔放さに邪魔されたりしていたので、結局こんな時間になってしまった。


 役所の開庁時間も昼夜逆転していたし、きっと幽霊としては、生きている人たちとは逆の生活リズムで暮らすのが自然なんだろう。


 だけど、俺は生前の生活リズムを諦めない……。


 誰に、何度、睡眠を妨害されたって、朝七時半には起きてやる。


 ……明日も、あいつが来るだろうからな。


 俺はひらひらと風に揺れる布を思いながら、目を閉じた……。


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