第10話 猫と女子高生
「まぁ、その、なんだ……とりあえず、こいつはネココ、ただの野良猫だ……んで、こっちが静子ちゃん、近所の女子高生だ、以上」
「……」
「……」
俺の説明に、二人は互いに顔を見合わせてから、再び俺を見る。
「「説明、それだけ?」」
そして、同時にそんな疑問を口にしながら、首を傾けた。
出会ってそうそう仲がいいな、お前ら。
「っていうか、ネココの説明、全然足りてニャいニャ! ただの野良猫って、なんなら何の説明にすらなってニャいニャ!」
「そうですよ! わたしだって、近所の女子高生じゃありません! 家は駅のこっち側ではありますけど、これでも結構離れた距離を毎日通ってるんですよ!」
どうやら俺の説明は不評だったようで、二人からブーイングの嵐を受けてしまったが、別に俺は悪くないんじゃねぇか?
「いや、なんつーか、少なくとも俺の認識では二人ともそんな感じだからな……あと俺から教えられることがあるとしたら、ネココは幽霊、静子ちゃんは人間、それくらいだな、それ以上の情報は本人から聞いてくれよ、喋れるんだし」
「人間……」
「幽霊……」
そしてまたお互いを見つめる二人。
これだけ息が合ってると、なんか姉妹みたいにも見えてくるな……もちろん、背もそこそこ高くて発育がいい静子ちゃんの方がお姉ちゃんで、ちんちくりんでぺったんこなネココの方が妹だ。
……まぁ、実際の年齢的には逆なんだろうが。
「まぁ、人間なのは雰囲気で分かるけど、ネココのことも礼二くんのこともはっきり見えてるみたいだし、声もちゃんと言葉として聞こえてるみたいだね、かなり霊感が強い子だニャ」
「あー、そういえばネココが現れる直前までそんな話をしてたんだったな、静子ちゃん、ちょうどいいからさっきの話をネココに聞いてみたらどうだ? ネココは俺よりも幽霊歴が長いし、何か知ってるかもしれないぞ?」
「そうですね……ネココ、さん? わたし、子供の頃から今まで全然そんなこと無くて、幽霊なんて礼二さんに出会って初めて見たんですけど、後天的に見えるようになったのか、元から幽霊の方が少ないのか、どっちなんでしょうか」
「うーん、確かに幽霊になってこの世界にとどまる人は少ないし、とどまってる人も飽きたらすぐに成仏しちゃうから、出会いも少ないとは思うけど……その年まで生きてて礼二くんが初めて出会う幽霊ってことは無いだろうから、後天的に霊感が強くなったんだろうね」
「「へー」」
「なんで幽霊の礼二くんも一緒に感心してるニャ……」
まぁ、俺は最近まで幽霊業界にも法律が適用されるって知らなかったくらい、まだまだ幽霊歴も短いし、この世界について知らないことばっかりだからな。
「あ、そうだ、ネココ……お前、なんで俺に、幽霊にも法律が適用されるって教えてくれなかったんだよ、幽霊歴長いんだし、知らなかったわけじゃないんだろ?」
「あー……その反応、もしかして、美鈴ちんに会ったのかニャ?」
「ああ……ってか、あいつとも知り合いだったのかよ、余計に教えておけよ、もう何か色々と大変だったんだぜ?」
「うーん……」
俺は、事前に幽霊界でも警察が法律を取り締まっていることを教えて欲しかったと抗議するが、ネココの反応はイマイチだった。
「なんか言えなかった理由でもあるのか?」
「うーん、いや、別にそういうわけじゃニャいんだけど……」
「じゃあなんだよ」
「まぁ、その、なんというか、ちょっと……」
何か人に言えないようなやんごとなき重い理由があるとか、実は盛大な秘密を抱えているというような雰囲気ではなかったが、ネココはしばらくこちらに目を合わせようとしないまま、奥歯に物が挟まったような感じでしばらく逡巡したあと……。
「ネココは、重犯罪者として指名手配されてるニャ……てへっ」
軽い口調で、肉球の手袋をした手で自身の頭をコツンとたたきつつ、いたずらが見つかってしまった子供のように、ペロと短く舌を出しながら、そんなことを告げた。
「……」
「……」
「えぇえええええ!? いやいや、宿題忘れちゃったー、みたいな口調で言う内容じゃなかっただろ? え? お前、実はそんなナリで殺人鬼か何かだったのか!?」
「しっけいニャ! 流石のネココでもそんなことしニャいニャ!」
「え、いやでも、重犯罪者で指名手配って、相当だろう? 生きてた頃でも銀行強盗犯とか通り魔くらいでしか聞いたことないぜ?」
「うーん……通り魔は全然違うけど、銀行強盗はちょっと近いニャ……」
「ちょ、えぇ……」
ネココのいきなりのカミングアウトに、俺は怒涛のツッコミを入れるなか、静子ちゃんは俺の背に隠れながら、うんうんと頷いたり、プルプルと震えたりしている。
背後から俺の腕をぎゅっと抱きかかえながらそんな反応をしているものだから、腕や背中にちょっと心地よい柔らかな温もりを感じてしまうが、今はネココのことが気になるし、怖がっている彼女を無理やり引き離すのも可哀そうだから、あえて何も言わない……うん、決して俺の個人的な意思で現状を受け入れているわけでは無い。
「はぁ……まぁ、美鈴ちんにこの場所がバレちゃったニャら、黙っててもそのうち聞くことにニャるだろうから、先にネココの口から話して置くニャ……実は……」
そこからネココが話してくれたのは、彼女の職業? に関わるものだった。
彼女は、不法投棄されたものや、ゴミとして収集場所に集められたもの、廃棄が決まって捨てられるのを待っているものを回収して、霊体化し、それらを他の幽霊に配るという、通称「化猫配達」を生業にしているが、どうもそれが犯罪らしい。
確かに、まだ生きている頃でも、ゴミ漁りや、資源ゴミの持ち去り、コンビニの廃棄弁当を無断で持ち帰るといった行為は犯罪として扱われていたが、なるほど、日本の法律がそのまま適用されるなら、確かにネココの仕事は犯罪そのものだ。
「でも、まだ使えるものを捨てて燃やしちゃうなんて、もったいないと思わないかニャ?」
「うーん、まぁ、それはそうだし……俺もそんなネココの持ってきてくれているものに助けられてるわけだから、何とも言えないなぁ……」
「そうニャ! ネココが犯罪者ニャら、ネココの商品を使ってる礼二くんも共犯ニャ!」
「いや、そう聞くと、めちゃくちゃ手放したくなるんだが……」
「ニャーん……」
ネココは、俺の賛同が得られず、しょぼしょぼと力を抜きながらちゃぶ台にぺたりと突っ伏す。
別にそれくらいいいだろうと思う気持ちもありつつ、それでもそれが犯罪だと真っ向から言われると、ちょっと躊躇われる。
非常に人間らしい、自分目線な感性だが、それが人間の心なんだから仕方ない……地縛霊だけど。
「今初めて会ったネココさんの、初めて聞いた内容なので、完全に第三者の客観的な意見になりますが、わたしも、ネココさんのやっていることは、良くはないことだとは思います……」
「うぅー……そんなの、言われニャくても、ネココ自身も分かってるニャ……」
「でも……」
「……?」
「それで助かっている人……? 幽霊さんがいるのも事実なのでしょうし、まだ使えるもの、まだ食べられるものを捨ててしまうのはもったいないというのも分かります」
「そ、そうだニャ! だからネココは悪くニャいニャ!」
「いいえ、犯罪は犯罪です」
「ニャーん……」
ネココは静子ちゃんの言葉に希望を見出したようにバッと両手をちゃぶ台について立ち上がるが、その次の言葉で、またしょぼしょぼとうなだれてぺたーんと突っ伏す……忙しい奴だな。
「だから、わたしは聞かなかったことにします」
「ニャ?」
「そもそも、普通の女子高生に幽霊さんとの会話なんて聞こえませんから」
「まぁ、それはそうニャ……けど」
「ほう、それはいいな、だったら、俺も知らなかったことにするか」
「え? 礼二くんも?」
「ああ、一介の元サラリーマン、現無職の俺にも、この件をちゃんと扱うには重過ぎる……だから、知らずにネココからものを貰ってたことにするよ」
「女子高生ちゃん……礼二くん……」
「あ、そういえば自己紹介とかしてなかったですね、わたしのことは静子と呼んでください」
「わかったニャ、静子ちゃん、ありがとニャ」
「あーでも、そういうわけだから、あの警察官に何か言われても、俺は知らないふりをして責任は全部ネココに擦り付けるからな」
「酷いニャ!」
そうして、また猫のようにフシャーと俺に威嚇を始めたネココを見て、俺と静子ちゃんは笑いあう。
物語の主人公だったら、犯罪はいけないことだとか、だったら別の解決策を見つければいいんだとか、問題に対して果敢に立ち向かっていくんだろうが、俺はそんな性格じゃないし、そんな性格だったとしても、解決する力も案も持ってないからどうしようもない。
別に、俺の物語に、盛り上がりも感動も必要ない。
ただ毎日、のんびり、気ままに、ゆるく、それなりに楽しく過ごせれば、それでいい。
仲間と協力して大きな問題に立ち向かうようなストーリーは、他の人に任せよう。
これは、他でもない、俺の物語なんだから。




