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Disc.04 今日が終われば昨日が訪れる

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天気 雪、最高気温 -1℃、最低気温 -10℃

「つまり『シュレーディンガーの猫』とは、何も箱の中で猫が生きている状態と死んでいる状態が同時に存在する、という奇妙な思考実験というわけではないのです。そんなのは【物理】的に考えてそもそもあり得ない。」


「へえ、先生は物理学に疎いから、そんな俗論すら知らなかったわ。じゃあ『シュレーディンガーの猫』って一体どういうものなの?」


「端的に言えば、ミクロな確率的現象であるところの原子崩壊が、猫の生死というマクロな現象と全射的に結びつくことのパラドックスです。私は大学で量子力学を一通り学びましたから、物理に精通していない彼らの言っていることの滑稽さが理解できます。」


「大学で物理を勉強してたんだね。物理学って難しいイメージだし、なんだかカッコいいわね。大学ではどんな研究をしていたの? たしか、○○大学出身、だっけ?」


「はい。○○研究室で、低次元電気伝導体の電荷密度波に関する研究を行っていました。」


「へぇ~、説明されても絶対に分からないでしょうけど、内容を教えてもらってもいい?」


「通常、金属結晶中の自由電子の電荷密度は、あらゆる場所に偏在しているので結晶のいたるところで一定値になります。そこで、原子格子の配列周期に変調が起きると、その超周期に伴って自由電子が緩く束縛されます。この時の電荷密度は変調後の超周期と同じ周期をもった波状に分布します。これが電荷密度波です。この現象は低次元電気伝導体でよく観測されるもので、例えばYBCOといった高温超電導体もこれに該当します。」


「あ~、超伝導だけは先生も知ってるよ。電気抵抗がなくなるからエネルギーの損失がなくなるやつだよね。将来その素材を送電線に使うことができれば夢のようなエネルギー効率になるとか?」


「そうですね。現代の科学技術では、発電のエネルギーロスよりも、送電のエネルギーロスを低減する方がより効率的にエネルギーを獲得できると思います。」


「なるほどぉ、非常に勉強になるお話ね。もっと○○さんの興味のあるお話聞かせてもらってもいい?」


「興味のある話、ですか。長い間趣味などはありませんでした。なのでそういう風に聞かれると少し口ごもってしまいます。」


「ってことは大学時代は研究活動一本って感じで過ごしてたのかな。」


「いえ、そういう意味では二つ関心のあることがありました。文芸創作活動と、時計の観察です。」


「文芸創作活動って、執筆ってことだよね。時計の観察って?」


「そのままの意味で、時計の三種類の針が動くのを時間の許す限り眺めることです。これが何故か楽しくて、嫌なことをすべて忘れられます。」


「不思議だけどいい趣味だわ。今はあまり時計の観察はしていないの?」


「そうですね。時計の動向に対する興味が薄れてしまいました。」


「人は年を重ねるごとに関心がぐるぐると変わっていく生き物だから、それも珍しいことじゃないよ。今は何か似たことで気分転換できている?」


「似たことですか。うーん。」


「じゃあ執筆活動の方はどう? もし作品があったら先生読んでみたいなぁ、なんて。」


「そちらも最近は気が進まなくて困っています。でも、過去の作品でしたら別に読んでいただいて構いません。次の診察日に著作を持ってきます。」


「本当? わ~、嬉しい。○○さんがどんな文章を書いているのか今から楽しみだ。」


「プロではありませんし、日記のようにその時の感情を書き連ねているだけですので、あまり文芸的な面白みは感じないかもしれません。」


「先生も昔、少しだけ詩を書いてたんだよね。今は恥ずかしくなっちゃって全部捨てたけどね。昔はよくあんな恥ずかしいものを勢いだけで書けたもんだなぁって笑っちゃうわ。」


「詩吟も素敵です。」


「あっは、ありがとう。先生はそこまで才能がなかったけど、○○さんはそういうのも得意そうね。…そうだ、来週は一つ詩を書いてきてほしいな。お題は『幸せな時間』でさ、どう、やってくれる?」


「分かりました。……先生はそういう題目で昔詩吟をされていたのですね。」


「ありゃ、バレちゃった? えへへ。」

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