Disc.02 豚肉が人権を主張する
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天気 晴れ、最高気温 5℃、最低気温 -2℃
「長生きの秘訣? うーん、難しいことを聞くもんだねぇ。」
「私はどうしても長生きをしなければならないのです。でも今のまま自堕落に生活していると、やがて破滅の一途を辿りそうで、私はどうにも胸が張り裂けそうなのです。」
「そっかそっか。じゃあまず、どうして長生きをしないといけないのか、先生知りたいな。」
「ハムスターが死んだんです。」
「ハムスター?」
「先生からペットを禁止されていたのは承知でした。しかしハムスターは例外だと思っていました。」
「どうしてそう思った?」
「彼らは普段から両耳を研ぎ澄ませて、周囲の異状がないかどうかを警戒しています。例えば、私がハムスターを殺そうと檻の中に手を入れると、彼は音の出るおもちゃのように威嚇するのです。チーチーと。」
「そりゃあ、殺そうと思って手を伸ばせばハムちゃんを怒らせちゃうのも無理ないね。」
「普段なら可愛いものだと言って許すはずでした。でも、踏みつぶしてしまいました。つい責められているような気がしたのです。そんなはずはないと冷静な今なら分かるのに! ああ、なんと酷い最期だったか。目玉が飛び出る時というのは、それに伴って目の周りの白い半透明な膜が浮き上がってくるのです。私は十七秒間それを観察する機会を得ました。内臓や歯の破片が口から出てくることよりも、目玉の処遇が興味深くて仕方ありませんでした。」
「〇〇さん、ストップね。ほら、お水、ちょっと口に含んで、休憩しましょう。一旦深呼吸、ね?」
(頭皮を掻きむしる音、四秒程度)
「まず聞きたいことがあるんだ、いいかな。」
「はい。すみません。何でしょうか。」
「先生がペットを飼っちゃいけないよって言ったのがどうしてか、分かる?」
「理由はよく分からないです。ただし、猫については、きっとその両目に吸い込まれてしまう危険性があるからだと思います。」
「(ため息)〇〇さん、少し前に先生ちょっと怒ったことがあるよね。公園の鳩のお話したこと、覚えてる?」
「覚えています。鳩を餌で誘い出して首を絞めてはいけないということでした。」
「そう。あのときにも言ったけどね、鳩に限らず、生き物を簡単に傷付けるのはいけないこと。たとえ〇〇さんが何か嫌な思いをして、衝動的にそうしたくなったとしても。」
「そうでした。ごめんなさい。」
「先生が怖いのはね、鳩やハムスターと同じように、〇〇さんの身勝手な理由で、もし人を傷つけてしまったらどうしようってことなの。私は〇〇さんのこと大好きだから、もしもそんなことになって社会的制裁を受けるようなことがあったら悲しいなって思う。このこと分かってくれるかな?」
「はい、胸が痛くなるほどに。」
「あまり自分を責めすぎないで。反省するのは凄くいいことだけど、それが行き過ぎると、かえって逆効果になっちゃうんだ。」
(患者の泣き声、聞き取り不能)
「〇〇さんが辛いのは先生もよく分かってるつもりよ。そんなに号泣されたら先生まで泣きそうになるじゃないの。」
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
「うん、大丈夫。大丈夫だからね。少しずつでいいんだよ。まずはゆっくり、呼吸を整えよう。吸って、吐いて。よし、だいぶ楽になった?」
「はい。気分も楽になりました。ありがとうございます。」
「そういえば、さっきは先生に長生きする方法はないかーって聞いてたけど、それはどうして?」
「さっき話したように、ハムスターがあまりにも可哀想で。死んでしまった彼の分も私が長生きすることで彼への慰みになれば好いなと思ったのです。」
「なるほどねぇ。〇〇さんはやっぱり心は優しい人なんだ。んで、長生きの秘訣かぁ。やっぱりお酒と煙草は控えめに、ってこれはありきたりかな?」
「ハムスターが比較的短命なのは私への当てつけなのかもしれない。分からない。(唸り声とともに聞き取り不能な発話)」
「一旦録音も止めよっか。ちょっと、他の先生呼んでくるね。大丈夫、心配しなくていいのよ。」