Disc.01 何故か我々は一生に一度しか死ねないのだ
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天気 曇り時々雨、最高気温 11℃、最低気温 6℃
「おや? 来たねぇ、〇〇さん。よーし、コーヒー淹れちゃお。〇〇さんも飲む?」
「では、いただきます。日常的なことですから、そりゃ来ますよ。義務のようなものなので。」
「うんうん、どんなことであれ日々の繰り返しを遂行することが健全な生活を営むための必須条件だからね。それができてるってことは素晴らしいじゃないのよ。」
「牧先生のお陰です。ありがとうございます。」
「私なんてこうやって〇〇さんとお話してるだけだよ。でも、お仕事でもそう言ってくれると嬉しいものね。はい、どうぞ。」
「あっ、どうも。いただきます。」
「ええっと。それで、ここ数日は体調どんな感じかな?」
「あまり良くないです。まだ蛇が心臓の辺りを動いているみたいです。」
「そっかー。その蛇の大きさは、変化なし? それとも大きくなって来てる感じする?」
「肥大化は先週パッタリと収まって以来、その変化はありません。ただ気になるのは、形がどうも嫌なんです。」
「それってどんな風な形?」
「一昨日はツチノコみたいに全体的に扁平でした。でも昨日今日はいがぐりのようにトゲトゲした形で、すごく息苦しさを感じます。」
「蛇は何か〇〇さんに話しかけてきたりする?」
「言語能力はありません。」
「蛇の活動時間に偏りができたりしてない? たとえば、朝はあまり動かないけど、夜はなんだかこう、口から出たがって暴れてるように感じる、とか。」
「動きは鈍くて、一日中うろうろと心臓から喉にかけて這い回っています。偏りは感じません。」
「ふむふむ、なるほどねぇ、っと。よし、教えてくれてありがとう。〇〇さんにとってきっと嫌な感覚なのに、それをきちんと説明してくれて先生嬉しいの。すっごく勇気のいることだよね。」
「いえ、説明自体はそれほど苦ではないです。」
「ほう、さっすが〇〇さん。そうだ、他の患者さんからクッキー頂いてたんだった。せっかくだから一緒に食べよ?」
「ありがとうございます。では、少しいただきます。」
「んふっ。あっ、これ超美味しい! 見てこれ、中にホワイトチョコ入ってる〜。」
「本当ですね。ちょうどコーヒーに合う甘さです。」
「実はね、このコーヒーも同じ方から頂いちゃったの。彼の親戚の人に喫茶店を開いてる人がいるらしくて、いい豆をよく貰うんだって。羨ましいよねぇ。」
「他の患者さんのプライバシーに関するお話ですが、大丈夫なのですか?」
「確かにそうね。あははっ、じゃあ今聞いた話は忘れてちょうだい、ってことで。」
「それは無理がありますよ。」
「〇〇さんと喋ってると落ち着く気がするのね。だからかしら、つい口が軽くなっちゃう。」
「牧先生にそう言っていただけて嬉しいです。」
「どういたしまして。でさ、ちょっと話は戻るんだけどね、蛇の話。具体的にはどんな症状が出てるのかな?」
「いつもよくあるのは息苦しさと平衡感覚の喪失です。あと、たまに動悸のような心拍数の上昇が起こります。」
「それは厄介だね。どうしたら蛇を追い出せるのかな。うーむ、難しい問題だ。」
「難しい問題だと思います。」
「じゃあ、もしも蛇がいなくなったらどんな気持ちになりそうだと思う? 何となくでいいんだけど、教えてほしいな。」
「そりゃあ、嬉しいです。重責から解放されたように体がスッキリするだろうと思います。」
「もちろんそうだよね。なんか当たり前のこと聞いちゃったかも。でも、そういうイメージとか、妄想?とかもたまには楽しいのよね。」
「牧先生が普段どんなことを考えているのか、少し気になります。差し支えなければ聞かせてください。」
「えーっ。どうしよっかなぁ。なんだか恥ずかしいなぁ。」
「気に障るのであれば結構です。」
「って冗談冗談。全然聞いてくれて構わないよ。そーだなぁ、お仕事のとき以外だと、趣味の考え事をしてることが多いかな。」
「趣味、ですか?」
「そう、スイーツショップ巡り! 私って甘いものが大好きでしょ? だから次のお休みの日はあのお店行きたいなーとか、次はどんなスイーツ食べようかなーとか。そんなことばっかり考えてるかしら。」
「あまり甘いお菓子ばかり食べていると太っちゃいますよ。」
「こーら、仮にも私、レディなのよ? 失礼しちゃう〜。」
「そうですね。すみません。」
「あははは。まあ事実だし、言われちゃうのもしょうがない。ねぇ聞いてよ、この間1キロ増えちゃったの。超絶ショック…。」
「そうなんですか? まったく見えないですよ。」
「あら、ありがとうね。その気遣いに牧ポイント10点プラス!」
「前回で満点の100ポイントに到達してますよ。」
「あー、そういえばそうだった。じゃあ限界突破ってことで、現在110ポイントだね。やるなぁこの〜。」
「では拝領いたします。」
「おっと、ちょっとお電話みたい。ごめんね。」
「いえ、お気になさらず、どうぞ。」