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4 宝石のもつ魔力

 〈伝説の宝石〉のはじまりについてはだれも真相を知らない。

 当然ルイだってそうだったし、べつだんこれまでの人生でそれについて考えたこともなかった。


 「夢が叶う」という漠然としたニュアンスはあまりに真実味に欠けていたし、そういった伝説に関心をいだくほど無鉄砲でもない。

 今般のような旅にでることがなければ、ルイも一生を宝石に関係せず暮らしたことは断言できた。


 しかしながらその宝石に秘められた魔力によって夢を叶えた猛者がいるという事例は、王都の保管文書にも残っているとつたえられており、なにより大陸全土の酒場で建国王マルサリスの英雄譚が歌われるとき、偉大な王の中央統制事業の成功は、宝石のもつ魔力をもってもたらされたという筋書きで結ばれるのだった。


 当時を生きて、まだ生存している数少ない老人たちにも詳しい事実を知る者はおらず、むしろ多くの情報や意見が交錯していて話はますます混乱するばかりだった。


 つまり、あいまいな夢物語であったとしても虚偽と断定する要素もないのだ。実証するにも反証するにも、宝石のかけらをすべて収集してみないことにははじまらないのである。

 そもそも宝石のかけらが集められ、ひとつになったことは建国以来100年の歴史のなかでは一度もない。


 歴史の奔流のなかでそうなってしまった最大の要因は、宝石が6つのかけらとして世界じゅうに散らばっているせいだった。

 くわえて個々のあつかいはさまざまで、物によっては流動的だったため、個人から個人へと所有が動き、所在が不明なものもあった。


 個人が独力でそれらをすべて発見するのはだいぶ困難で、それだけに人生を費やせるような余力や蓄財のある者は、〈伝説の宝石〉に頼る必要などないともいえる。

 しかも、一定の欲望を満たすための代替品(マジックアイテムや秘法)はほかにもあった。

 天地をくつがえすような空前絶後のちからを必要とするのでなければ、目的に応じてそれらを選択するほうが妥当だった。


 叶えたい夢がとほうもない規模のものだったとしても、かけらをすべて収集して叶えられる夢がひとつなら、多大な犠牲をはらって手に入れることに、特別な意味をみいだす者はあまりいないのではないかとルイは思う。


 散在している宝石のかけらのありかを究明することにはたいへんな労苦が予想される。

 運が悪ければそれらについての情報を集めて分析、解析したり予測をたてたりするだけで、一生を棒にふりかねなかった。


 そもそも所在が判明していたとしても、即座に入手可能というわけでもない。

 たとえば火の国のかけらにいたっては、精霊王の一人である火の鳥が巣穴にかくしもっているとされ、挑戦することはまさに命懸けになるだろう。


 草原の国のかけら〈荒城の月〉もまた、所在は謎につつまれていた。

 ディレンツァが聞いた真偽不明の盗賊団の情報をもとに、〈月の城〉にあることが推測されるだけだった。

 しかも〈鹿の角団〉に機先を制するかたちで入手することはきわめて難題だった。


 そこまで考えて、ルイはネガティヴになりかけた思考を停止した。


 先行きばかりを危惧していれば不安になるのは当然のことだったし、あまり煩悶としているのはルイの性にあわない。

 〈星のふる丘の街〉の領内に入ったところで助走をつけて駆けだしたときの発奮は消沈してしまったが、努めて前向きでいなければならないとルイは意識した。

 これから数々の難関が待ちうけることは想像するまでもない。


 街道に入り、住居や商店が間近にせまってきた頃、ふとルイはうしろをふりかえった。

 

 アルバートとディレンツァがルイについてきたかを確認するためだったが、ディレンツァが足音もたてずに追従してきているだけだった。


 体力と持久力と、おまけに瞬発力もないアルバートは遅れをとったようだ。

 ルイはまたもアルバートに対して瞬間的にいきどおりを感じていらいらした。


 ルイがたちどまったため、ディレンツァもあゆみをとめた。

 ディレンツァは無感情な目でルイをみる。その瞳は空を反映していた。


「えっと、王子さまは?」

 ルイが不満の色をみせてもディレンツァは冷静に答えた。

「途中で息が切れたようだな」


 ルイはうえをみて、大仰に手をひろげる。まるで空を抱えこもうとしているみたいだった。

「たいした距離を走ってないんだけど……さすが王子。箱入り娘ならぬ、箱入り息子だったってことね」

「――そうだな。王や王妃はいつも、王子をとても気遣っておられた」

「ふぅ……運命っていえばそのとおりだけどさ、よくあんな野暮ったい王子だけ生き残ったわよね」

「私も生存している」


 朴訥としているディレンツァに、ルイは若干とまどった。

 やはりルイにとっては苦手なタイプだ。


「あなたもアルバートの側近として、もうちょっと機微のある教育とかすればよかったのよ。そうすれば沙漠の国だって、〈鹿の角団〉なんかにやられなくて済んだかもしれないわ」

「私は王子の外遊の警護として近衛兵を率いていただけで、王子の教育係ではない」

「お守りっていう意味ではおなじじゃないの?」

「厳密にはちがう」


 たとえばルイが怒っていても泣いていても、ディレンツァの物腰や受け答えは変化しないのではないか。

 ある意味では、ディレンツァがいちばん国王としての資質をそなえているように思えた。


「っていうか、その王子の警護を担当してたあなたが、王子を置いてきてしまって問題はないの?」

「無論、気にかけてはいるが、いま私は王子だけを心配しているわけでもない。田舎では地縁がものを言うところがある。最初にトラブルを起こすと、居づらくなってしまう可能性もあるだろう。だからルイが先行して踏みこむなら私もそちらに注意をはらったほうがいいと思った」

「え? 私が心配されたってこと?」

「そうだな」

「えー、なんだか信用がないのね、私も」

「――そういうわけではない」


 ディレンツァがあまりに平然としていたので、ルイは思わずふきだしてしまった。


「でも、本当にだいじょうぶかしらね、王子は?」

 ルイが訊ねると、ディレンツァはルイに背を向けて、後方をふりかえった。


 ルイもその視線にならって丘のほうをみる。

 風が吹いて、草原が波打っていた。アルバートはまだ確認できなかった。


「街の領内に入っていれば危険はそれほどないだろう。ルイがどう思っているかは知らないが、私はアルバート王子の資質のことなら焦慮していない」

「……そう」

 ルイはうなずくしかなかった。

 

 会話がとだえて静かになると、ルイは少しだけ気まずくなってうしろ手で親指をかさねた。


 アルバートの一族が統べていた沙漠の国は一夜のうちに滅亡してしまった。沙漠の国に祀られていた宝石のかけらをねらった〈鹿の角団〉の総攻撃によって、アルバートとディレンツァだけを残して一網打尽にされたのである。


 〈鹿の角団〉は宣戦布告をすることもなく、いうなれば卑怯な奇襲をしかけた。

 王都でも、それは問題視されているようだったが、たまたま沙漠の国をおとずれていたルイにも、それは卑劣で残忍で許容できない犯罪だった。

 

 ルイもまた仲間たちを失ったし、アルバートやディレンツァに合流できなければ命をうばわれていたにちがいない。


 だからルイは、アルバートがどれだけ貧弱でも、国の復興をめざす二人の旅路に協力したいと考えた。

 アルバートとディレンツァ、そしてルイが生存したことを僥倖だったといえるような歴史をつくりたいと思ったのだ。

 ルイは澄んだ青空を仰いで、気分をととのえた。


 すると、かすかにふるえた声が耳にすっと入ってきて、ルイは身体を硬直させた。


 なぜだか悪い予感のする響きだった。

 ディレンツァはすでに声がしたほうを向いている。ルイはあわてて、声の聞こえた物陰に目を向けた。


 女の子だった。

 〈月影亭〉という酒場と宿泊施設を兼ねているらしい建物のわきの草むらの影に、少女がうずくまっていた。


 栗色の髪がきれいで、将来とても美しい女性になりそうだとルイは余計な感想をもったが、顔色が悪く、呼吸がみだれていたため、すぐに駆け寄って手をさしのべ、抱きかかえた。


 ディレンツァがうしろからのぞきこむようにして「ふるえているな。熱がでているか」と訊ねてきた。

 ルイは少女の身体がまるで火の玉のようだったため、のどを鳴らしてからうなずく。「すごい熱だわ。燃えてるみたい」

「熱病かもしれない」

「なんでこんなところに……」

「見たところ伝染病のたぐいではなさそうだし、あやしい魔力なども感じない。呪いや魔法のたぐいでもなさそうだ」


「ね、あなた、だいじょうぶ? どうしてこんなところにいるの?」

 ルイの問いかけに、少女はまばたきをくりかえしただけだった。


 聞こえてはいるようだが返事ができないようだった。ルイは舌打ちした。どうみてもただごとではなかった。

 少女は焦点があわないようだったが、それでもルイをみている。

 少女のくちびるがわずかにふるえた。


「けがをしているようにもみえない。風邪にしてもふつうではない。身体の奥深くになにかしらの異常があるのかもしれない」淡々とディレンツァが様子をみた。


「そうね。でも、なんで……」

 ルイは周囲をうかがったが、関係者らしき影は見当たらなかった。「街の子よね? こんな容態なのに、だれのつきそいもないまま、ここまできたっていうの?」


 ディレンツァは答えなかった。ディレンツァは二人を陽射しから守るようにたちながら、判断を保留しているようだ。


 ルイは毒気の浄化作用のある木の葉を煎じた薬草をバッグにいれていたことを思いだしたが、少女に効果があるのか不明なので取りだすべきか迷った。


 ルイが途方にくれたところで、少女がなにごとかをつぶやいた。ふるえるくちびるからこぼれる声も小刻みになっていたため、ルイは左耳を少女の口もとへよせる。少女の熱い呼気が耳にあたった。


 ブルを――。


「ブル……を?」ルイが思わず問いかえすと、ディレンツァがルイの口を手で制して「さえぎるな。しっかり聴くんだ」と指摘した。


 ルイはディレンツァをみてうなずき、少女に視線をおとし、耳をそばだてた。


「ブルーベックを……呼んで――」少女のそれはまるで懇願だった。


(ブルーベック?)ルイには皆目わからなかった。


 少女はそれきりまぶたを閉じて、黙りこんでしまった。

 どうやら失神してしまったようで、ルイは少女から耳を離し、助けをもとめてディレンツァをみた。


「ね、どういうことかな? ブルーベックって?」

「おそらく、人の名まえだろう。家族か友人か、あるいはそれに準ずる関係ではないかと思われる」

「え?」

「――推測でしかないが、要するにこの少女はそのブルーベックという人物に逢うために病躯をおして外出したのではないか」

「それで、ここまできて卒倒してしまった?」

「もしそうなら、これだけの熱がでていてなお、だれに介護を頼むことなく、野外へ赴く決断をしたのだから、その人物に逢うことはこの少女にとって相当に重要な用事なのではないだろうか……」


 そこまで話してディレンツァは口をつぐんだ。ディレンツァはけわしい目をしていたが、ルイはもう少女を放っておくことはできなかった。


「とりあえず、ここにいてもどうにもならないわ」ルイは少女のわきに肩をいれて立ちあがった。「緊急事態なんだから、せめてどこかの建物に」


 少女がちいさくあえいだ。


 ディレンツァはなにも言わずにすばやい動きで反対側にまわりこんで、少女をささえる。

 少女にはもうちからが残っていないようで、ほとんど抱きかかえてもちあげるかっこうになった。

 ルイはその体重の軽さに驚いた。


「――ローチ! ローチ!!」


 ルイたちが石だたみ敷きの街道にでると、人だかりができており、輪の中心で40歳ぐらいの女性が大きな声をだしていた。


 ルイとディレンツァは目を見合わせる。

 説明されるまでもなく、ローチというのがこの少女の名まえで、名を呼んでいるのが母親だろう。


 母親の、叫びにも似たその声はとても真剣な響きをもっていた。

 それがたとえ、自分たちに不利益をもたらすものでもかまわないとルイは覚悟した。

 真摯な声には耳をかたむける価値がある。

 ルイはいつでも、そんな声を頼りに先をめざしたいと思っている。

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