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33 暗闇に消えた盗賊たち

 せまってきたベノワの凄味に、あおられた恐怖心もあいまって、涙ににじむアルバートの目には、ベノワのすがたはまるで死神のようにすらみえた。


 ディレンツァにつきとばされて部屋のなかにころがりこんだものの、両脚がもつれて、テーブルに手をかけても、なかなか立ちあがることができない。


 部屋のすみにかくれているブルーベックが「こわいこわい」と呪文のようにくりかえす声が聞こえていたせいもあって、余計にアルバートの意識も、ベノワの全身が発している具合の悪い波動に支配されていた。


 そして、ふとふりかえると、ベノワが目前に立ちはだかっていた。


 ベノワはアルバートを見おろしており、おびえたアルバートには、ベノワが10メートル以上もあるかのようにさえ映っていた。


 ルイと目が合ったが、アルバートがふるえていたせいで、ルイの顔が何重にもぶれていて、表情はよめなかった。


 それでも突然、ルイが突拍子もなく、イノシシのようにベノワに向けて突進したのはわかった。

 ルイは、アルバートの危機にさいして、ベノワにふいうちをしかけたのだった。


 うるんだ瞳で展開を見守ると、なんと体当たりをこころみたルイの身体は、ベノワのローブのなかに吸いこまれてしまった。


 瞬間なにが起きたのかはさっぱり理解できなかったが、まるで寒天のなかにとびこむようにしてなんの反発も抵抗もないまま、ルイの小柄な体躯はベノワにとりこまれてしまった。


 ルイはベノワの胴体部分で浮遊して、手脚をばたつかせている。

 あきらかに物理の原則はくつがえされていた。

 魔法かそれに類する現象にちがいなかったが、アルバートには見当もつかない。


「ルイ――な、なんで!? ルイ!!」


 アルバートはのどにつっかえた言葉をようやく吐きだすことができたが、ルイ本人のほうがよほど驚いているらしく、ベノワのローブに透けてみえるルイは、目をぱちぱちさせながらアルバートをうかがっている。


「だ、だいじょうぶ!? 苦しくない!? 痛くないの!?」

 アルバートはしきりに問いかけたが、ルイには聞こえていないようだ。


 すると、ベノワのローブがまばゆい光を放ち、ゆるい風でカーテンが幾重にも折りかさなるように波うった。

 そして、ルイのすがたがそこにとけこんでいって、ベノワの動きが完全にとまる。


「ル……ルイ――」脱力してしまったアルバートのところにディレンツァが駆けつけた。


 ベノワのわきをすりぬけたかっこうになるが、ベノワは反応しなかった。


 ディレンツァが手を差しだしたので、アルバートはつかんで立ちあがる。


「ルイが……」アルバートがあたふたと話しかけたが、ディレンツァは無言でうなずいただけだった。


 ディレンツァはベノワをにらむ。

「――最初からそうだが、ベノワの全身からは魔力があふれている。それもまるで感情をむきだしにしたような強い魔力だ。ベノワはずっと以前に亡くなっているわけだし、もしかしたら私たちがみているこのローブをまとったすがたは、それそのものが魔法のようなものなのかもしれない」


 ディレンツァのつぶやきに、アルバートは頚をかしげる。

「……ベノワさんは魔法使いだったってこと?」


「そう――そもそもベノワは亡くなったあと埋葬されたはず。これは遺体というよりは、生前からの意識を具現化させたものではないか。魔法とは心の働き――ベノワのような人物ならば、隠遁後に習得していたとしてもふしぎはない」


 ディレンツァの意見を消化してからアルバートはうなずいた。

 少なくとも亡霊というよりは納得しやすい。

「そうか、ベノワさんはこの城にこもるようになってから、独学でいろんな勉強をしていたって聞いてたね」

 アルバートはそれでも眉根をよせる。

「でも……それがいまの状況と、どう直結するのかはよくわからないね――ルイはだいじょうぶなのかな」


 ディレンツァもまた同意見のようで、あやしく光波を放っているベノワをみていた。

 ブルーベックもまた部屋のすみでパーティションを盾のようにかまえ、そのわきからじっとその光をみつめている。

 アルバートたちにできることは、ただ監視することだけだった。


 そして、いくらかの時間が経過したとき、ベノワの全容が突然明滅をはじめ、周辺の大気がふるえだした。


 ぶるぶるとつたわってくる波動に、アルバートはどぎまぎし、ディレンツァは目を細める。

 ブルーベックは「ひっ」と思わず悲鳴をあげてパーティションに身をひそめた。


「あっ! ルイが――!!」アルバートが手をかざし、叫ぶ。


 しかし、ルイの回帰は、アルバートが指摘するまでもなく、ディレンツァにもみえていた。


 ベノワのすべてが、さながら満月のような白々とした光のかたまりになり、徐々に竜巻のような回転とともに拡散して消えて、まるで繭のなかから生まれでたかのように、ルイが現れたのである。


 ルイは仰向けになって宙に浮かんでおり、両腕はがっくりと地面に向けてたれていた。


 眠っているかのように目を閉じており、アルバートは「あぶない!」といちばんに駆けよって、床に落下しそうになったルイを抱きとめた。

 ルイの身体は思ったよりもずっと軽かった。


「ん……」

 アルバートの腕のなかで、ルイが寝起きのようにわずかに頚を起こし、うすく目を開けた。


 そして、アルバートがみずからを受けとめたことに気づき、「あら……王子のくせにおいしいところだけもっていったじゃない?」と、ばかにしながらも頬を赤らめる。


 しかし、「よかった。どこにもけがはないみたいだね」とアルバートが安堵すると、ルイもそれ以上からかうことはやめた。アルバートはルイを慎重に立たせる。


 ルイは「ありがとう」とつぶやいたが、気恥ずかしさに目をそらした。


「……ベノワの気配が完全に消えたわね」

 ルイは照れをまぎらわすために話もそらした。


「ルイがでてくるのと同時にいなくなっちゃったんだよ」

 アルバートが説明する。


「――月蝕が終わったんだ」

 ディレンツァが話すと、ルイとアルバートはディレンツァをみた。


 ディレンツァは窓のそとをみつめていた。


 気づかないうちに満月がふたたび銀色にかがやいている。


 室内にも月光が射しこんでおり、心なしかおだやかな雰囲気になっているように感じられた。

 なにもかもがベノワの出現するまえの状況にもどっていたが、ベノワがいた頃よりも温和な印象をうけた。

 それは単純にルイが助かったからかもしれなかったが、だれにも本当のところはわからなかった。


「あ――」

 突然、ブルーベックが声をあげる。

 ルイたちが、いつの間にかそばにきていたブルーベックをみると、ブルーベックは桟橋をゆびさしていた。

「盗賊たち」


 ルイたちがふりかえると、ドアの向こう――橋の中心に、盗賊の男女がいた。

 

 だれに確認するまでもなく〈鹿の角団〉の刺客で、女はさきほど戦った相手だということがわかった。

 魔女は腰と手をおおげさにゆらしながら踊って、ルイたちを揶揄している。


 その理由もすぐにわかった。

 盗賊の男の右手には、〈荒城の月〉がのっていたからだ。


 ディレンツァが舌打ちする。

「しまった!! 油断していた!!」アルバートがディレンツァの代弁をし、とりみだしながらルイたちをみる。


 ルイは「とにかく、取りかえすのよ!!」と叫ぶと、先頭を切ってドアに向かって駆けだした。

 

 ルイにつづいて全員がドアのそとに跳びだす。


 野外では強い風が吹いており、月蝕になるまえよりもずっと満月の距離が近くなったような気がした。

 銀色のゆらめきは、とても神秘的な魔力に満ちあふれているようにみえた。


 盗賊の男は、ルイたちをあざけるように口角をあげる。


 挑発されたと思い、ルイは「調子にのってるんじゃないわよ!!」と、助走をつけて跳び蹴りを見舞おうとした。


 しかし、ルイが接近するやいなや、男はふいに闇にまぎれて、とけるように消えてしまった。


 ルイのあとにつづこうとしていたアルバートが「え!?」とたちどまると、背後のディレンツァも動きをとめる。


 肩すかしになってしまったルイが着地して、体勢をくずしてよろけると、「惜しかったわね、残念でした。じゃあね、ばいばーい」と、欄干のうえから魔女がルイを見くだしてウインクをした。

 魔女はぶんぶんと手をふりながら、男とおなじように闇に消えた。


 二人の盗賊は、桟橋から跳びおりたのだ。


 ルイはかぶりつくようにして欄干から身をのりだし、眼下をみつめた。


 アルバートたちも驚き半分、悔しさ半分の面持ちでルイにならったが、二人の盗賊が消えた暗闇には、もうなにもうかがえなかった。


 燦然とかがやく月光のもとにあっても、盗賊たちの影さえも確認することはできなかった。


 ルイたちは黙ったまま、しばらく闇を見すえていた。

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