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2 孤独な月の城

 壮大な渓谷をぬうように流れる大河、見渡すかぎりの森と草原が国土の大部分を占めるものの、長年の開拓によって徐々に人間たちの集落が増えてきた草原の国には、近年、押しよせるさざなみのように移住者や冒険者が来訪してきている。


 豊かな自然への憧憬をもつ家族づれ、温暖湿潤の沃野で安定した生活をのぞむ農夫、風の吹く丘で芸術にいそしむ画家、詩人や楽師、そして赤膚の小鬼たちの洞窟に眠っている宝物をねらう商隊や盗賊たちといった多種多様な人々だった。


 建国は100年まえにさかのぼる。

 中央の王都で建国王マルサリスが集権国家の宣誓をおこなってからすぐの頃に、マルサリスの伯父にあたる辺境伯カークランドがみずから開拓に着手したのが起源だった。

 

 開拓王カークランドの時世には、多くの開拓事業がなされた。

 森を切りひらき、街道を敷き、河辺に街を興し、それらをまた街道でつないだ。


 土着の原住民や、森や山を住処としていた精霊たち、またモンスターたちとは軋轢をうんだが、開拓王はみずから軍勢を率いて、時に交渉して協定をむすび、時に制圧をして領土をひろげていった。


 利便性に富んだ特産品の産出エリアなど自治を認められた部族や地域も多少はあったが、ほとんどは建国王の女神信仰をいしずえとした立法の傘下として、草原の国の直属地としてあつかわれることとなった。


 そうした動きは草原の国にかぎったことではなく、建国王の中央集権によって大陸には6つの国が誕生することになったが、そのどれもが紛争や問題を抱えながら成立しているものがほとんどで、いまだに解決にはいたっていない。


 民族紛争しかり、信仰紛争しかり、領土をめぐる争いや、時にはもっと複雑な事情や感情が根幹でうずまいているものもある。


 特に火の国における対立紛争は顕著で、新興国家と火の鳥を信奉する教団との熾烈な覇権争いは建国以来つづいており、ことあるごとに血が流れ、歴史に傷痕が刻まれている。


 世界は名目上統一されてはいたものの、いまだ大海にうかぶ小舟のようなもので、いつなにが起こるともだれにも予想できない状況だった。


 草原の国において、カークランド公は随時兵力による勢力拡大をこころみたが、開拓を推進する政策の一環で、国家のために尽力した者には特別な賞与を支給し、場合によっては王族級の褒章さえ与えた。

 国家の繁栄のためなら、いかなる階級のいかなる能力をも一律に評価したのだ。


 そして、あまたいる逸材のなかでも、〈星のふる丘の街〉の出身者だった行商人ベノワは、その奮迅たる働きにより名誉貴族の称号を得ることとなった。


 ベノワは幼少の頃より賢明な少年であり、世の趨勢や時流を見極めることのできる才能をもっていた。

 そして、その能力をいかんなく発揮するだけの交渉術を見事に獲得していた。

 

 それは市場の需要と供給のバランスをになう商才として、ベノワを名うての豪商としただけではなく、時を待たずして草原の国の重要な財源として重宝されるにいたった。


 ベノワは草原の国の伯爵都で頭角をあらわし、やがて建国王のいる中央の王都に招聘され、商工会の中枢で理事会に席を置き、大陸全土でベノワを知らぬ者さえいなくなるほど名をとどろかせたのである。


 しかし、名誉貴族となり栄華をきわめたベノワは、ある日突然商業の世界から引退し、故郷の〈星のふる丘〉に白亜の城を築いた。

 多くの同業者がベノワのうしろ髪をひいたが、その行動の真意を知る者はいなかった。

 

 ベノワ本人もその決断についてはなにひとつ語らず、やがて時の奔流に消えていった。


 ベノワが建築した城についても、だれ一人その意図を知らなかったが、隠居後の住居として、そして宝物庫としての建造物ではないかというのが世間のもっぱらの噂だった。

 事実ベノワは城をそのように利用し、死んでいった。


 街の住人たちのなかにはその豪胆さを成金主義として批判する者も多かったが、ベノワの死後何十年を経て、その城は草原の国の重要な文化財としてあつかわれることとなる。


 後年のベノワはいつも城の奥深くに建っている尖塔の最上階にひきこもり、伴侶もとらず跡取りもいなかったため、城はそのまま国の管理下におかれることとなった。


 以来、〈月の城〉と呼ばれていた。


 遠くから眺めると草原のなかにそびえる城の白い外塀と外壁が、空にうかぶ昼間の月のようにうかびあがってみえるときがあるというのが名称の由来だった。

 事実、丘にぽつんと孤立したその城は、淋しげな満月のそれとよく似ている。


 それでも、壮麗な白亜のすがたはベノワの死後、徐々に消えつつあった。城の内外問わず、荒れ果てる要素がたくさんあったからだ。

 

 風雨のもたらす経年の傷みもさることながら、国の管理下とはいえ警備兵が常駐しているわけでもなく、城に貯蔵されたベノワの遺産をねらって盗掘をくりかえす盗賊などもあとを絶たなかった。


 城には罠をはじめとする侵入者を排除するシステムが多数存在したため、城の様子はさながら掃除をしらない子ども部屋のように時とともに荒廃していった。

 

 近年、廃墟と化した城にはこのんで近寄る者もあまりおらず、街では「ベノワの幽霊をみた」というような悪い噂までたつ始末だった。


 しかし、そんな〈月の城〉に、大陸全土に網の目のように勢力をひろげている巨大な盗賊組織〈鹿の角団〉が注目した。

 

 〈伝説の宝石〉のかけらの収集を目的に派遣された盗賊団の偵察隊が、城の尖塔において、ベノワがみずからしるしたと思われる手記を発見し、それによって生前のベノワが宝石のかけらのひとつ〈荒城の月〉を所有していた事実が確認されたからだった。


 王都の商工会の公式記録でも、ベノワが商業の世界から引退するさい、多くの宝物が処分されたことが記載されていたが、その処分リストのなかに〈荒城の月〉は入っていなかった。


 よって宝石のかけらはいまでも、ベノワの終の住処であった〈月の城〉に残されているにちがいないという推測がたったのである。


 長年盗賊や探検家の手で荒らされてきた城だったが、宝石のかけらはいまだ城のどこかに眠っており、城にはまだかくされた秘密があるというのが〈鹿の角団〉の最終見解だった。


 〈鹿の角団〉で、かの宝石に関心をいだいた人物は、幹部の一人であるハーマンシュタイン卿だった。


 卿は〈鹿の角団〉のもっている大陸全土に蜘蛛の巣のようにひろがる情報網を使ってかけらのありかを調査した。

 

 そして、突如2週間まえ、軍勢をもって沙漠の国を滅ぼし、国宝であった宝石のかけら〈沙漠の花〉を強奪した。


 ついで、偵察隊のもちかえったベノワの手記の情報をもとに、草原の国へと二人の精鋭を派遣した。

 

 一人はザウターというたぐいまれな剣才のもちぬしの男であり、もう一人はティファナという幻獣をあやつる能力をもった奔放な性格の娘だった。


 時をおなじくして、ハーマンシュタイン率いる軍隊に蹂躙された祖国を、宝石が秘めているちからで復興させる目的をもった三人組が、〈星のふる丘の街〉の領内に脚を踏みいれていた。

 ルイ、アルバート、ディレンツァだった。


 ルイたちもまた、宝石のもっている伝説にあやかるため、はるばる沙漠をぬけて、山脈をこえ、草原をわたり、旅路をあゆんできたのである。

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