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24 星に祈るということ

「――ふぅむ」ルイは思わずうなる。「そのあと、街に案内されて、牧師さんに保護されて、ローチに出逢ったりしたのね」


 ブルーベックはなつかしそうに目を細めてうなずいた。


 ブルーベックの口から語られた故郷からの脱出劇は思いのほか過酷なもので、悲劇と呼ぶにふさわしいものだった。


 ルイは思いもよらなかったため反応に困った。

 同情するのもへんだし、励ますのもへんだし、笑顔をつくるのはもっとへんだった。


 ブルーベックが体験した離別の涙は想像することしかできなかったが、戦火により日常をうばわれてしまったということであれば、ルイにも共感できないことはない。

 

 ルイたちの旅立ちもまたそれに類するものだったし、運命が時に残酷で、昨日と今日がまるで異なる日になることがあるということはルイも知っている。


 それに政治的なこまかい事情はわからなかったが、火の国の内部では紛争が絶えず起きているという情報はルイも聞いたことがあった。


 その評判は悪く、著名な司祭や医師、詩人や楽師、軍人や貴族たちが和解調書の締結をもとめる署名パレードをおこない、火の国の中央議会に嘆願書を提出したというような話もあった。

 酒場でも反戦歌のたぐいを耳にすることもあった。


 ブルーベックの集落を襲った集団が本当に火の国の擁する黒馬の騎士団なのかどうかは不明だったが、ブルーベックの両親が健在であることをルイも願わずにはいられなかった。

 

 それにルイたちの宝石さがしの旅においても所在が判明していないものをのぞいて最大の難関は、火の国の精霊王である火の鳥が活火山にかくしもっていると噂されているかけらだった。

 どうすればいいのか見当もつかなかったし、本当に入手できるのかも謎だった。


「――でも、あなたが噂で聞いていたほど……なんていうか、ぼんやりした感じの子じゃないことがわかってよかったわ。まぁ、私も最初はまったく気づかなかったんだけど。ところであなたは、自分がみんなに誤解されていることは知ってる?」


 ルイは、ブルーベックの瞳を見あげながら、思いついたことを率直に訊ねた。


 ブルーベックは突飛な質問に当惑したのかもじもじ動いた。

 おしりが冷たかったので、ルイもつられて身をよじる。


「……ぼくにはよくわからない。みんなのそれは誤解なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。ぼくをわるくいう人がいることは知ってるし、ぼくをきらいになった人がいることも知ってる。でも、わからないよ。みんなが本当にぼくのことをそう思ってるかどうかは、ぼくにはわからないから」

 ブルーベックはルイから目をそらし、天井をみつめた。

「ただ、本当にきらいなとき、人間ってもっと残酷だから……。ローチが病気になったのはぼくのせいだという人も、本気でそう思ってるかはわからない。ただ、そう思いたいだけなのかもしれない。それならそれでもいいと思う……ぼくはがまんすることができる」


 ルイは口を開けたまま、ふたたび黙りこんでしまった。


 ブルーベックが大人たちを観察することでそんな思考をかさねているとは思わなかった。

 しかも、とても無理のある結論だったので余計に言葉を失ってしまった。


 ブルーベックは居心地悪そうにほほえむ。

「ぼくが街をでたことで、みんなに迷惑をかけていることはわかってる。ローチはやさしいから、きまぐれなブラウンやチャーリーよりもずっと心配してくれていると思う。

 でもローチは熱をだしている。病気にかかっている。とてもむずかしい病気だと思う。症状をみて、いろんな本を読んでみた。毎日、朝から晩まで、図書館にある本にもぜんぶ目を通した。

 でも、ぼくには治す方法も、どんな病気であるのかさえわからなかった。もしかしたら、だれにも治せないものなのかもしれない。あまり信じたくないんだけど……でも、ぼくにはどうしようもない」


 ブルーベックは瞳を閉じる。


「ローチが苦しんでいる。とても悲しい。だけど、ぼくにはなにもできない。

 図書館のはじに童話の本があった。いつかローチといっしょに読んだ絵本だよ。あの内容が本当かどうかは知らない。たぶんうそだと思う。

 でも、ぼくにできることはそれだけ。それだけしかなかった。星がおちてくるのかわからない。それが手にとれるのかどうかもわからない。手に入っても、なんにもならないかもしれない。でも手に入るかもしれないと望むのは、祈ることなんだと思う。ローチのために祈れたらと思う。心から思う。祈りはいつもそばにいるということなんだ」


 ぽつりぽつりとブルーベックは語った。


 ルイはしばらくそんなブルーベックを眺めて、「そう」とつぶやいた。


 ルイはもう問いかけることはやめにした。ブルーベックは牧師や街の人たちが思うような奇矯さをもっているわけではなく、みずからの規範にしたがって行動しており、それはある部分ではとても稚拙な奇想かもしれなかったが、芯はそれだけではなく、しかもとても純粋な願いがふくまれている。


 ブルーベックを制止する人が必要にはちがいなかったが、ルイにはそれをうまくこなせる自信がなかった。

 牧師やローチに約束をした手前ひけめがあったが、ルイにはローチとブルーベックの関係についてどれが正しいことなのかがすぐには判断できそうもなかった。


 しかし、ローチの淋しそうな顔を思いうかべると、仮にローチが最期まで治癒しないのであれば、やはりいっしょにいたほうがいいのではないかとも思われてきて、ルイはなんだか混乱してきた。

 閉鎖された空間で悶々としているからいけないにちがいない。


「ああああ」とルイは唐突にかぶりをふった。

 ブルーベックが驚いて、びくっとふるえた。


「そうだ! あなた、おなかすいてない?」

 ルイが声をはりあげると、ブルーベックはさらに開目した。


 返事を待たずに、ルイはバッグのひもをといた。

 そして、街を出発するさいに、〈月影亭〉のおかみさんがもたせてくれた弁当をとりだす。

 ていねいに包装されたバケットは、焼きたての温度は失っていたが、こうばしい香りはそのままだった。


 半分にちぎると、生地の弾力が感じられて、ブルーベックがとなりで唾を呑んだことがわかった。

 

 ルイはふたつに裂いたバケットに、添えてあったハムをのせて、傷んでないかちょっと匂いをかいでから、ひとつをブルーベックに差しだした。

「どうぞ」


「あ、ありがとう……」

 ブルーベックは脆弱な工芸品でもあつかうかのような繊細な指使いでそれをつかむと、ルイが口をつけるのを見守ってから、ゆっくりと噛みしめた。


 室内に、もぐもぐと二人が咀嚼する音だけが響く。

 

 ルイがふと見やると、ブルーベックは食べることに夢中になっているようだった。

 物を食べているときは、だれしも年齢相応になるのだろう。


 ルイにみつめられていることに気づき、ブルーベックは気詰まりになって、頬をそめ、「うぐ」とパンをのどにつまらせてむせこんだ。

 ルイはそんなブルーベックをみて、思わずふきだしそうになった。

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