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22 用途のわかりづらい部屋

 途方にくれてしまうぐらい走ってばかりの一日だった。

 場面はちがっているし、状況も変わっていたが、ルイはあまりのせわしなさに、おもしろくもないのに笑えてくるようなみょうな気分を味わっていた。


 ルイたちが疾走しているのは二階の長い廊下だった。


 さかのぼること一時間まえ、正門で城の威厳に息を呑んでから、ルイたちはやたらときしむ扉を開けて入城した。

 

 そのさいディレンツァが「目的地のベノワの部屋は、この城のいちばん奥にある」と説明した。


 アルバートが「奥ってつまり館ではなく尖塔って意味だよね?」と問うと、ディレンツァは「そう。街の記念館でみたとおり、〈月の城〉は三階建ての本館と二棟の尖塔から成っているが、尖塔の最上階にたどりつくためには正面扉から本館に入り、ホールから二階にあがり、廊下の先にある階段で一度三階までのぼってから、ねじれ階段で一階までおりて、広間や厨房などをぬけた先の中庭を通り、その中庭のつきあたりにある鉄扉をくぐって、あとはひたすらのぼるという行程をたどる。だから、入り口からみると構造的な意味で、いちばん奥になるわけだ」とつづけた。


「なんだかとてもわかりづらいんだけど、要するにいちばん遠いってことね?」とルイがあきれると、ディレンツァは「そうだ」と首肯した。「そのさいに特に注意しなければならないことがある。それが――」


 ディレンツァの話が途中だったが、ルイは「あー、かったるいわね」とあくびをしながら先頭でホールへと歩きだした。


 ごちゃごちゃと話し合っていることが面倒になってきたせいだったが、そのせいでディレンツァの「――油断だ」を聞いたときにはもう、ておくれになってしまった。


 ルイが早速入口ホールにしかれた赤い絨毯の下に設置されたスイッチを軽快に踏んでしまい、罠が発動したのである。

 頭上の涙滴シャンデリアがキラキラと発光して、無数の氷柱がルイたちめがけて舞い落ちてきたのだ。


 足もとに最初の氷柱が直撃し、ぎりぎりでそれをかわしたアルバートが「なな、ルイ! なにやってんだよ!?」と抗議したが、ルイが返事をするより早く、ディレンツァが「階段だ。二階にいそげ!」と叫んだので、ルイとアルバートと、おまけでついてくることになってしまったブルーベックはあわててそれにしたがった。


 二階にのぼるスロープ状の階段の途中でも、ルイは手すりについたスイッチにふれてしまい、一行はつぎつぎにころがり落ちてくる鉄球にあぶなく脚をすくわれるところだった。


 そこからもあくせくと走りながら、矢つぎばやに、あるときは捕縛網、あるときは毒ナイフ、あるときは落とし穴といった障害に直面することになった。


 廊下に架かった貴婦人の肖像画がただよわせる魅惑の魔法にかかったアルバートが色惚けになりルイの服を脱がそうとしたため、ルイがアルバートを本気で殴って気絶させたりといった局面もあった。


 そして、一時間が経過する頃、ルイが休息のために壁によりかかろうとしたところ、うっかり観賞用の巨大な黒い甲冑に手をかけてしまい、ふたたび罠が起動してしまった。


 突如、その黒い甲冑が咆哮をあげ、手にしていた戦斧をふりかざして、ルイたちを威嚇したのである。


 ルイは目を剥き、アルバートは鼻水をふきだし、ブルーベックは青褪めたが、ディレンツァが「逃げろ、走るぞ――」と冷静に声をかけたので、一行はルイを先頭にして、黒い甲冑に追われるかっこうで駆けだした。


 ルイは走ってばかりの一日を嘆いたが、しばらくして、おかげで攻略がはかどっているではないかと都合よく解釈し、決して自分が悪かったとは考えず、反省もしなかった。


 二階には無数の部屋があり、迷路のように廊下がいりみだれて、いたるところに装飾品や調度品がならべられており、それらにいちいち罠がないか調べながら進んでいたら日付が変わってしまうだろう。

 ルイはそういったこまかい作業がとても苦手だったし、きっと閉口してしまうにちがいなかった。


 配置された罠に注意をはらえなかったのはルイだったし、ディレンツァの警句をまっさきに無視したのもルイだったので、全力疾走の原因はルイにあったのだが、当のルイは酸欠になった脳にこみあげてきた快感物質のせいもあり、笑いたい衝動にかられていた。


 ルイは頚をかたむけて後方をうかがってみる。


 すぐうしろをブルーベックが焦点のあわない目をぎょろぎょろさせながら走っていた。

 突然のあれこれに整理がついていないことがみてとれる。ぎこちない足どりだったが大股で速かった。


 そのうしろを、アルバートは目をつぶり歯をくいしばって遅れをとるまいと奮走しており、ディレンツァはそんなアルバートの背中を押すようにしてしんがりを務めていた。


 しかし、そのうしろには巨大な斧をふりかざした黒い甲冑が怒涛の勢いでせまってきており、ルイはすぐに視線をまえにもどす。


 廊下のつきあたりがみえてきた。左右に通路がわかれており、正面にはドアがあった。


 ドアは開け放たれている。

 逃げこむには最適ではないか。


 うしろのブルーベックの息もあがってきていたので、部屋にとびこんで、もし甲冑がドアをやぶってこようとしたらそこをたたけばいいとルイはイメージした。


 突然襲われたので焦ってしまったが、逃げるばかりが得策ともかぎらないだろう。


「あそこに入るよ!」

 ルイはほかの三人がドアをみていることを前提に正面をゆびさす。

 

 ディレンツァがなにか返答をしたようだったが、ルイには聞こえなかった。


 そして、ルイはそのまま、いちばんのりで室内にジャンプした。


 背後のブルーベックは敷居でつまずいたらしく、「うわああ」と奇声をあげつつも、ころがりながら入室して家具のソファに激突した。


 自分に向かって前転してきたブルーベックをかわし、廊下のほうをふりかえったルイの目には、驚き顔のアルバートとけわしい目つきのディレンツァが一瞬だけみえたが――すぐに轟音とともに遮断されてしまった。


 ズシンと落下音が反響し、振動がビリビリと足もとにつたわってくる。


 それにより巻き起こったほこりでブルーベックが咳をした。


「え――なに!?」

 ルイは呆気にとられたが、すぐに開け放たれていたドアのスペースがコンクリート壁でふさがれてしまったことを理解した。


 ルイは室内を見まわし、すぐに唯一の出入口がなくなってしまったことを悟った。


「な、なんなのよ……!?」

 ルイとブルーベックが部屋のなかに閉じこめられ、アルバートとディレンツァは廊下に残されたかっこうになった。


「な、なんで――?」ルイの脳裏に疑問符がとびかう。


 黒い甲冑はどうなったのか? アルバートたちは無事なのか?


 しかし、そこでブルーベックが不安におびえた目でルイをみていることがわかり、ルイはとりあえず落ち着くことにする。


 すると「おーい、だいじょうぶかい?」と廊下のほうから、アルバートの声がした。


 コンクリート壁が厚いうえ、おそるおそるのかぼそい声だったので耳をすませないと聞こえない音量だった。


 ルイはコンクリート壁に顔を近づけて、「あなたたちこそ、そこにいて平気なの?」と問いかける。


 ディレンツァが「われわれを追いかけてきていた甲冑は、ルイたちが閉じこめられると同時に動きをとめて、ひきかえしていった」と返事をしてきた。


「事故っていえばぼくがこの壁におでこをぶつけたぐらいだよ、へへへ」とアルバートが同情を乞うように笑う。「あれ、頚もちょっとおかしいかな?」


「――なんなの、これ、どういうこと?」

 ルイはアルバートを無視して、ディレンツァに訊ねた。


 しばらくの沈黙ののち、「おそらく、あの甲冑は侵入者をその部屋に追いつめる役割なのだろう」とディレンツァが答えた。腕組みしているすがたが想像できるようだった。


「ここに追いこむって……まさか、このあと水責めがあったり、天井がゆっくりおりてきておしつぶされたりするわけじゃないわよね――?」

 ルイがあごをあげて天井をうかがうと、ブルーベックが「ひっ」と身ぶるいする。


「いまそうなっていないならそれはないだろう――」

 ディレンツァの声はちいさく低かったので、すごく遠くにいるような気がしてこころもとなかった。


 ルイは室内をもう一度、見渡す。


 絨毯、ソファ、テーブル、絵画などいささか古めかしかったが、格調は高い印象だった。

 頭上にはうすいあかりがついている照明器具がある。

 天井にはとりたてて異常はみられず、少なくとも圧迫されることはなさそうだった。窓も換気口といったものもない。


 用途のわかりづらい部屋だった。

 監禁室とも断言しづらい。居心地が悪いわけではなかったが、それでも長時間いると、少なくともルイには息がつまりそうな部屋だった。


「……どうすればいいかしら?」ルイはふたたびコンクリート壁に話しかける。

 同時に、コンクリートをコンコンとノックしてみたが、破壊することは難しそうだった。


「――この壁の厚さは少なくとも30センチはありそうだ。魔法で風穴をあけようとすれば相当精神力を要するし、なによりルイたちがまきぞいを喰いそうで危険だ。罠を解除するたぐいの魔法もあるが、どういった傾向の罠なのかが私にも断定できないので使用しづらい」

 

 廊下にいるディレンツァも、ルイとおなじことを考えていたようだったので、「そうね」とルイは同意した。


「そこが侵入者を閉じこめるだけの部屋だとすれば、この壁をもちあげる方法があって、それは一種の装置のようになっているのではないかと思う。そもそも、そこで侵入者がひからびるまで放置していたとも思えない。そのしかけを私たちがさがすしかないだろう。それまでがまんしていてくれ――」

 ディレンツァは長考したあと、そう言った。


 予期せぬ提案に、ルイは「えー?」と不満をあらわしたが、アルバートの「じゃ、またね!」というどこか軽率な響きを残して、二人はコンクリート壁から離れていってしまった。


 ルイは「な……」と唖然としたあと、「なんなのよ、まったく!」とむしゃくしゃして壁を蹴りあげたりしたが、やがてそれでも全員が閉じこめられなかっただけまだましだったのかもしれないと思いなおした。


 しかし、気を張ったままただ待っているというのは、それ相応に神経がすりへることにはちがいない。

 

 ルイはふりかえってブルーベックをみた。

 ブルーベックはおずおずとまわりの様子をうかがい、巨躯をふるわせている。

 まるで知らない街でおびえている迷子だった。


 身体が大きいから度胸もあるのではないかと思ってしまいがちだが、ブルーベックはむしろ繊細な部類の子どもだった。ルイはそう考えて、はっとする。


 身体的特徴からの連想で性格を想像してしまった時点で、それはもう街の住人たちがブルーベックについておこなった偏見と大差ないのだ。

 

 ルイはみずからを戒めるべく、両頬をパンパンと二度たたく。


 ディレンツァほど世間知のないルイは、自分で思うほど洗練された道徳倫理をもっていないことを反省した。


 とりあえず「ソファにでも坐ろう」と、ルイは努めて明るい表情をつくり、ブルーベックに声をかけた。

 

 ブルーベックはルイをじっとみつめた。

 ルイは口もとがひきつってしまわないかどきどきした。

 しかし、ルイが手でうながしても、ブルーベックは動かず、ルイから視線をそらした。


 ルイがその目線をたどると、腰かけようとしたソファの正面には、壁一面に大きな絵画が架かっていた。

 上半身裸の屈強な戦士が、せまりくる魔物たちをなぎはらっている構図だった。

 神話かなにかを題材にしたものだと推測できたが、ルイには詳細はわからなかった。


 ただ、身体の一部がちぎれた魔物の断末魔の表情や、鬼気せまる戦士はまるで軍神のような形相で、ブルーベックがそれを直視するのをおそれたため、ソファに坐ることを躊躇したことはわかった。


「ほら、じゃ、こっちにしようよ。石床だから冷たいかもしれないけど」と、ルイはべつの提案をした。


 絵画が目に入らない角度の壁に沿って腰かけるというものだ。

 そこは絨毯がとぎれていたため、石床にじかに腰をおろすことになるがしかたがない。


 ブルーベックはこくりとうなずくと、ルイが手で示した石床にどっかりと腰をおろした。


 ルイもとなりにそっと坐る。

「う」と声がでてしまうぐらいおしりが冷たかったが、ルイは微笑して、ブルーベックを見あげた。


 坐っているブルーベックは部厚な胸板をしており、ルイよりもあたま三つぶんは座高があった。


「まったく厄介なお城よね。部屋なんかいっぱいあって豪華にみえるけど、要するに要塞みたいなものじゃない? 造ったベノワって人は相当陰険よ」

 ルイが眉をけわしくすると、ブルーベックは苦笑いをうかべた。

「とりあえず、焦ってもしょうがないわ。ディレンツァがいうには、この部屋には危険なしかけがないそうだから、あの二人にまかせましょう。ここだけの話にしてもらいたいんだけど、私はなんだかんだであの二人のことは信頼しているのよ。王子はまァ、あんなだからあれだけど、ディレンツァなんかはいつでも正確な判断と的確な助言で頼りになるんだから」


 ブルーベックは不器用に口もとをゆがめて、うなずいた。


「待つことってさ、世の中にはけっこうあるんだよね。たとえば感謝祭の日を待ちわびるとか、だれかからの手紙を待つとか、そういう具体的な状況だけじゃなくってさ。

 人生って良いことも良くないこともたくさんあるから、悪いことが起きてしまったときって、それが悪ければ悪いほど、これからもずっと悪いことがつづくんじゃないかとか、たとえばこれをのりこえられても、それよりもっとたいへんなことがこのさき起きてしまうんじゃないかとか、一時の悪い事態が過ぎ去るのを待てなくなって、いろんなことを見失ってしまうことって多いと思うの。

 だからこんなときみたいに、身動きがとれなくなってしまったときは、坐りこんで落ち着いてみるっていうことも必要なことなんじゃないかなって、私は思うのよ」


 ルイはにっこりする。

 

 ブルーベックはルイの瞳をじっとみつめたあと「……うん」とかすかに返事をした。


 そして、しばらく黙ったのち「ぼくはこれから、ずっと待っているつもりだから……」と横を向いてつぶやいた。


 ルイはブルーベックのどこか遠くをみるような横顔を凝視する。

 ブルーベックの顔半分にはうすいあかりの照明があたり、もう半分には陰が射していた。

 ルイは二の句を告げられず黙った。


 会話がとぎれると、部屋どころか、城の内部はとても静謐としていた。

 ブルーベックの呼吸とルイのみじろぎするきぬずれだけが生きている音として残り、あとは夜のしじまのようだった。


 そして、眠れない夜にそうなるように、ルイは少しだけ不安になった。

 あまりにも広い無人の空間には、心が休まるところがなかった。

 まるであたりが、ふっと暗くなったみたいだった。


「ね、あなたはどうして〈星のふる丘の街〉に一人でやってきたの?」

 ルイは淋しさをまぎらわすためにブルーベックに問いかけた。

「話したくなかったら、それでもいいんだけど。街で牧師さんに聞いたの。あなたが街のはずれのみずうみのほとりに、ある日突然現れたんだって。そうなのよね? しかも、それ以前のことはだれにも話していないんでしょう?」


 ブルーベックはいったんルイをみて、やがて視線を照明にもどし、あごをなでたり鼻をさすったりと逡巡してから、やがて「うん」とうなずいた。

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