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21 極端な思考回路

 ザウターの表情にはいくぶんの変化もなかったが、たとえば名もなき侵入者なら、ふるえる手に注意をはらったり、冷や汗をぬぐうような緊迫の場面だった。


 ザウターは重大な罠を解除していた。

 まるで機織りをするようななめらかな指さばきで、選んだひもの結びをとく。


 すると天井のどこかでガタガタと音が響き、ほこりが舞い落ちてきた。

 

 ぽかんと口を開けて天井をみつめていたティファナはそれを吸いこんでしまってけほけほとむせた。

 そして、目に入ってしまったほこりに涙をうかべながら不快感をあらわす。「ぶー」


「がまんしろ。こうしなければ、いまごろ二人とも串刺しになってる」


 ザウターが解除した罠は、無数の針が配置された吊りものの落下天井だった。

 壁のくぼみに停止用のひもが三本かくされており、正しいひもの結びをとけば罠が無力化されるというしくみだった。

 それをとくことで、廊下での安全が確保されたかっこうになる。


 この罠は一度停止させても一定時間の経過とともに天井とひもがもとどおりになり、かつ、正解のひもは日時により異なるという徹底された難儀なもので、ザウターは〈鹿の角団〉の先遣隊が作成したメモをもとにとりくんでいた。


 ザウターたちが城に踏みこんでから4時間が経過していた。


 想像していたとおり、内部は広大であり、あゆみをはばむ罠はだんだんと苛烈になってきていた。

 奥にいけばいくほど設置された罠の質は高度になっており、盗賊団連合でも研究されているわけがザウターにもよくわかった。


 ベノワの死後、一攫千金をねらったり、興味本位などで脚を踏みいれた夜盗や冒険者たちの多くが重症を負ったり、命を落としたりしてきたという話にも誇張はないだろう。


「もう落ちてこない?」ティファナが訊ねてきたので、ディレンツァは「ああ、でも油断するなよ」と返事をする。


 ティファナは「はーい」と応えながらぴょんぴょんと跳ねるように廊下を移動しはじめた。

 その動きにともなって、ティファナのまわりにいるホタルたちがくるくると回転した。


 このホタルたちは、城には採光孔がいくつかあるだけで、大きな窓がないうえ、蜀台のロウソクやランプの油などは切れていたため、ティファナが〈魔女の角笛〉を吹いて召喚した幻虫だった。

 ティファナは「ほっちゃんたち」と呼んでいたが、ザウターは深く気にしないことにした。


 少なくともカンテラなどを携帯するよりもずっと明るく、利便性にも富んでいた。

 ただでさえ暗いのでわかりづらかったが、入城したのが昼まえだったから、あと一、二時間で日没ということにもなり、城内は余計暗闇につつまれることが予測できた。


「おい、あんまりはしゃぐなよ」ザウターはティファナに呼びかける。


「んーんー?」ティファナはくるりとふりかえった。「そんなに心配ですか?」


「そうだな」ザウターはうなずく。「へたすると命にかかわる」


「んー、それならさ――めざすお部屋って、あのとがった塔のてっぺんなんでしょ? わかってるんだったら、ティファナちゃんのお友だちのふくろう男爵とかで、ぴゅーって飛んでっちゃえばいいのに」

 ティファナは手をかざして鳥が飛んでいく様子を表現する。

 じっさいにはホタルの何匹かがすーっと流れるように飛んだ。


「ふくろう男爵?」

 ホタルの光に目をうばわれながらザウターは訊きかえす。


「そう、ふくろう男爵。ティファナちゃんのお友だち」

 ティファナはにっこりした。


「――幻鳥ってことか」ザウターは理解して、眉をしかめる。「それでもいいのかもしれないが、あんまり派手に角笛を使うと、ティファナはつかれて眠ってしまうだろ。それはそれで困るんでね」


「――おんぶ」

「無理だ」

 瞳をかがやかせたティファナに、ザウターは即答する。

 

 ティファナは「ぶー」とむくれて不満をあらわしたが、ザウターが気にとめなかったため、「ムスーッ」とふてくされながらくるんと反転した。


 ティファナの提案に異をとなえたものの、手間のかかる任務であることは否めなかった。

 ザウターはもともと集団行動が苦手だったが、ハーマンシュタイン卿が二人だけで挑めと命令した理由もよくわからない。


 ザウターの懊悩を知ってか知らずか、ティファナは廊下の先に架かっている老人のゆがんだ顔が描かれた抽象画をみながら、「みてみて、これ、へんなの。あはははは」と腹をかかえて笑っている。


 ザウターはその老人のぐにゃりと変形した顔を眺めながら、ベノワについて考えた。


 手記からうかがえたベノワの思考回路というのはどこか極端だった。

 そして、ひとつのものごとを誇大解釈してしまうような気難しさが、この城にも反映されていた。


 もし城と主人がおなじような性格だとしたら、最終的に〈荒城の月〉を入手できるかどうかは、結局ベノワの心にどれだけ肉薄できるかにかかっているのではないか――ザウターはそんなことを思った。


「――ん? ん?」すると、ティファナが小首をかしげる。


 しかし、ザウターもまたその気配は察していたのでふしぎではなかった。

 ザウターが察知したそれの動きは人間や大型の動物のたぐいではない。

 最初はねずみかなにかかと思ったが、どうもそれともちがった。


 ザウターは目を細めてにらむ。

 かすかな風にそよぐけむりのゆくえを先読みするような感覚で、近くを通りすぎたものをさぐった。


 そして、ザウターが対象を捕捉すると同時に、ティファナが「みーつけたっ!」と叫び、そのせいで対象があわてふためき、キラキラとした粉のような光の残像が二人の瞳に映った。


「うわぁ、きれいだね!」とティファナが興奮したので、ティファナのまわりのホタルたちも激しく上下左右に飛びまわる。


「妖精か」ザウターは剣の束に無意識にかけていた手をとく。


 相手は30センチほどの妖精で、背中に羽根がはえており、大人の女性の体型だったがどこか幼い印象をうけた。

 

 空中をただよっていた妖精は、何度か弧を描いたあと、パーッとはじけるように光を放ってから、観念したように二人のまえにすがたを現した。


「あーあ、みつかっちゃった」妖精は照れたように、えへへと笑みをうかべながらみずからの髪をなでる。


 妖精は本来人間に似ているわけではなく、人間のようにみえるのは一種の幻覚のようなものだということをザウターは聞いたことがあった。

 それはつまり、きわめてあやしい存在なので注意しろという教訓だった。


 しかし、目前にいる妖精はみるからに無害であり、たとえば敵愾心といったものはまるで感じられない。ただもうすぐ夕闇につつまれる古城のなかで遭遇したということだけが多少ひっかかった。


「この城に居ついている妖精か?」

 ザウターは眉ひとつ動かさず訊ねる。


 妖精はパチパチとまばたきをした。

「そうね、わたしはもともと書物の妖精だったんだけど。ほら、すぐそこのつきあたりの部屋が書庫なのね。で、そこにずっと居坐ってたんだけど、何十年もおなじところにいると飽きちゃってさ。つい、そとにでちゃったのよね。あは」


 ティファナが両手をパンと合わせる。

「あ、わかるわかるよ? ティファナも、ずっとおうちのなかにいると、退屈でとろっとろになっちゃったりするのだ」


「ね? そうよね? せまいところで暮らしてると余計なことしか考えないし、なんだか悲観的になっちゃったりするのよ。じめじめっとね。そとにでて、だれかに恋をしていれば一瞬で過ぎちゃうような四季も、黙ってごろごろしていると永遠の憂鬱――」


 本の妖精とティファナは共感からか、まるで街角で再会した知己のようなテンションでいちゃつきはじめた。

 身体のサイズがおなじなら、手をとりあって跳ねまわりそうな勢いだった。


 ザウターがそれをみつめながら嘆息すると、本の妖精とティファナは動きをとめて、ザウターの機嫌をうかがうように伏し目がちになった。


「なぜ、われわれのまえに現れた? みればわかるだろうが、われわれは盗賊。融通がきくような人種ではない――」


 ザウターがにらむと、本の妖精はくるんと宙がえりをした。

 光の粉がキラキラと舞って、ティファナのまわりのホタルたちも興奮した。


「なんでっていわれても、たいした理由はないのよ。こんなに城の奥まで人がくるのってめずらしいからね。なんとなくあいさつしちゃおうかなって思っただけよ。それに、あなたたちは盗賊かもしれないけど、悪い人間って感じはしないもの」


 もじもじしたそぶりをする本の妖精に、ティファナは「わーい、ありがとう!」と喜んだが、ザウターは口をつぐんでいぶかった。


 本の妖精がなにかしらのうそをついているような気がしたが、それを問い詰めたところで本の妖精は口を割らないだろう。

 退治すればティファナが傷つくにちがいない。

 結果、ザウターは本の妖精の唐突の出現について追求することはやめた。


「――きみは当然、ベノワのことは知ってたんだろうね?」

 ザウターは、ティファナとやんややんやしている本の妖精に問いかけた。

 敵意がないのであれば、懐柔するのがいちばんだと判断したのだ。


「ん? そりゃ、一応ご主人さまだったわけだから、知ってるわよ?」

 本の妖精は急に話が変わったので目をぱちくりさせた。


「なにかベノワの秘密みたいなことを知ってたらこっそり教えてもらえないだろうか? 書籍などではあまり残っていないような趣味とか癖とか、なんでもいいんだが」


「――知られてないこと? うーん……」

 本の妖精は垂直姿勢のまま横にくるくる回転する。


「われわれはベノワの遺品に関心があってこの城までやってきたんだが、もうすぐ日が暮れる。正直手がかりはまったくないに等しい。ただでさえ危険なところだから、あまり長居してまでさがそうとは思ってない。命の危険をおかしてまで、この城にとどまろうとは考えていないわけだ。しかし、われわれも上の命令で動く身。なんの成果もなく帰れば、それ相応の処置というか、処罰が待っている。そこにいるティファナも、にこにこ笑ってばかりはいられない」


 ザウターが「ふぅ」とため息をつくと、ティファナが「えー、そうなの? うわーん」と身をよじって、おびえて嘆いた。

 ホタルたちも明滅をくりかえす。


 ティファナはザウターのセリフが、口からでまかせだということに気づいていないようだった。

 しかし、そのほうが好都合だった。


「うーん、そうだなぁ」と、本の妖精は泣きだしそうなティファナのあたまをなでながら、「あ、そうだ!」と目をぱっちり開けた。


「ベノワさんはそれこそいろんな趣味をもってたんだけど、特に関心があったもののひとつが天文学だったみたいよ?」

「……ほう」

「そんなところかな」本の妖精はハチドリのように水平移動する。「いい?」


「ああ、なんでもかまわないといったのはこちらのほうだ。感謝する」


「まぁでも……自覚しているようだからただのおせっかいだと思うけど、このお城はおもしろくもないし、いまはもうたいした宝も残されてないし、罠は奥にいけばいくほどたいへんだし、あんまりいいこともないだろうから無理しないほうがいいわよ」

 本の妖精は手をうしろでくみながら忠告してきた。


「ああ、承知している。ある程度のところで見切りをつけるよ」ザウターは笑みをうかべる。「痛い思いをしない程度にね」


 もちろん虚偽だったが、本の妖精は「ふふ」と笑いかえした。

 ザウターに猜疑心をもっている顔ではなかった。


「それじゃ、わたしは失礼するわね」妖精はティファナにもほほえんだ。「ばいばい」


 すると、本の妖精はふたたび光の魔力につつまれ、不可視になった。


 ティファナが本の妖精が消えたところに向けて「ばいばーい」と手をふる。


 ザウターは思考をかさねた。

 本の妖精の目的はおそらく、最後の忠告にあった。

 本の妖精がベノワを知悉しているかは知るよしもなかったが、その役目は侵入者たちの探索をあきらめさせることにあったと直感した。


 無言で考えているザウターを、ティファナがつんつんつつき、「ねぇねぇ、さっきの本当?」と訊ねた。「もしうまくいかなかったら、ティファナもたいへんなことになっちゃうの?」


 しかし、ザウターはティファナを無視して歩きだす。


 とにかくハーマンシュタイン卿の指示どおりに、ベノワの居室までたどりつくことが先決だろう。

 

 ザウターがもの思いにふけっていて相手にされないことにティファナはむくれ、「ふーんだ」とぼやきながらあとにつづいた。


 ザウターたちが歩き去ったあと、廊下のすみのテーブルに置かれた花瓶の陰で、本の妖精が「はぁ」と胸をなでおろしたのち、くすくすと笑った。

 

 いままで〈月の城〉に現れた盗賊のなかでは、だんとつにおもしろかった。


 本の妖精には、盗賊たちが〈荒城の月〉をさがしにきたことはすぐに見抜けた。

 ベノワの遺品と呼ばれるもののなかで、盗みだされていない貴重品など、それぐらいしかなかったからだ。


 しかし、そもそも宝石のかけらのありかや城をめぐる諸事情について、ある程度の理解ができているから来訪したのかと思ったが、どうやら盗賊たちは見当がつかないままおとずれたようだった。

 そこがとても愉快だった。


 そして、よくわからないままやってきたにせよ、とても運にめぐまれていることがまさに運命のいたずらだった。


(でも偶然とはいえ、あの二人ならなんとかなるかもしれないわね……)

 本の妖精はうんうんとうなずき、空中に浮かびあがると、パーッと光をまきちらしながらすがたを消した。

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