20 巨人の子との邂逅
城がどんどん大きくなってきていた。
遠くからみて昼の月のようだったかたまりは、近づくにつれて外貌がうかがえ、その荘厳さにルイは目を見開く。
しかし、全力で駆けていたので視界は安定せず、焦点はなかなかどこにもあわなかった。
それでもルイは速度を落とすことはしなかった。
ディレンツァの機転で半妖精の女や毛むくじゃらの野人たちから逃れて以来、ルイは一度もふりかえらなかった。
やはりディレンツァは頼りになったし、そのディレンツァがついているのだから、いくらアルバートが出遅れたり、へまをしたりしても、逃走に失敗したり、窮地におちいっているというようなことはないだろうと気兼ねなく思っていた。
ルイはむしろ早く目的地に到着したい気持ちのほうが強くなっていた。
だから、城の領内に入るまでは脚をゆるめないでいようと考えていた。
城門が視界いっぱいにひろがる。
ルイは息が苦しかったが、門柱をゴールにみたててそこまで走り切ろうと決めた。
門柱のうえには大きなふくろうの石造があってルイを見おろしていたが、息のみだれたルイの瞳にはぼやけた像として映り、まるで居眠りをしているかのようにみえた。
「おーい!!」と後方から呼び声がする。アルバートだった。「待ってよ!! そんなに急がなくてもだいじょうぶだって……もう追ってこないよ――」
だんだんと声がかぼそくなった。
そのせいかルイは加虐的な気持ちになり、逆に速度をあげた。
アルバートは「あれ!? 聞こえなかったのかな――」などと落胆している。
ルイはふふーんと気分よく走りぬけ、城門を通りぬける。「ゴール!!」
そして両腕をひろげて跳びこむと、瞬間――ルイの視界が真っ暗になった。
(あれ?)と思うと同時に全身に衝撃がはしり、ルイはトランポリンではじかれたみたいにうしろへところがった。
敷石に後頭部をかすめてしまい、驚きと痛みに、うめき声をあげてしまった。「痛たたた――」
ルイがぶつかってしまった相手もまた、しりもちをつきながら「あ、う、うう――」とくぐもった声でうなった。
ルイがあたまをさすりながら起きあがると、その相手は少し離れたところでうずくまっている。
ルイには一瞬その人物が、さきほどの野人のようにみえてぎょっとしたものの、よくよくみると衣服もしっかり着用していたし、輪郭もまるく、表情も柔和で、攻撃的な雰囲気は少しも感じられなかった。
相手はルイが立ちあがったのをみるやいなや、あわててしゃべりだした。
「あ、ご、ごめんなさい……だれかが遠くから走ってくるのがみえたから……その、よ、よくみようと思って正面にまわったら、あの、その、あなたが急に……あ、いえ、あなたがわるいんじゃなくて――」
その必死さにルイは思わずふきだす。
そして冷静になった。
相手のそれは子どもの声だった。
よくみると瞳も、どこか脆弱なやさしい光をもっている。
しかし体躯は、小柄のルイより縦も横もずっと巨漢だった。
ルイは理解した。
「――あなた、ブルーベックね?」
ブルーベックは突然、名まえを指摘されて絶句する。
そしてうっすら臆した目になって、あとずさった。
「ああ、ごめんね。いきなりでびっくりよね。ぶつかっちゃったし。でも、いまの事故は私のせいね。いい歳して、よそ見しながら全力で走っちゃったからさ、あはは」
ルイはブルーベックがローチと同世代の少年だということを意識し、なるべく気さくに接するよう努めることにして顔をほころばせる。
「私はルイ。ちょっとした経緯があって、このお城をおとずれることになった旅人なんだけど、ここにくるまえに街でローチに逢ったのよ。そこであなたのことを聞いたの」
ね? とルイは笑みをうかべる。
牧師たちのことも話そうかと考えたが、ブルーベックがどう思っているのかがわからないのでやめておいた。
「……うん」
害意がないことをアピールしたつもりだったが、ルイがほほえんだからというよりも、ローチの名まえがでたことによって、ブルーベックの表情はやわらいだ。
ブルーベックはやはりローチに好意をもっているにちがいない
ルイはそれを確認することができて、なぜだか安堵にも似たような気持ちになった。
ブルーベックという少年像が、ルイが牧師やローチたちから聞いてイメージしたものとかさなったからだろう。
アルバートとディレンツァが追いついてきた。
「――なになに、なにかあったの?」
アルバートがだしぬけに質問してきて、その顔は真剣そのものだったが、それがなぜかルイの癇にさわった。
「たいしたことはないわよ、うるさいわね」ルイはアルバートのすねをボコッと蹴る。
「痛っ。な、なにするんだよ!?」と悶えるアルバートをみながら、ルイは胸が晴れたような気がした。
「君の名はブルーベック、巨人族の子どもだね?」ディレンツァが、ルイたちをよそにブルーベックに訊ねる。
ブルーベックはおずおずとディレンツァの顔色をうかがいながら頚を縦にふった。
ディレンツァは無言でうなずきかえす。
二人の身長はおなじぐらいで、体重はブルーベックのほうが何倍もあるほどだったが、ディレンツァの無表情で怜悧な顔つきや低い声音は、ブルーベックには畏怖の対象でもしかたがないだろう。
「とにかく、これが旅の一行ってわけなのよ」とルイは助け船をだす。
それでもブルーベックが依然きょろきょろとしていたので、ルイはアルバートをゆびさした。
「このアルバートはこうみえても沙漠の国の嗣子。ふしぎでしょう? どこをどうみてもうそっぽく思えるかもしれないけど、王族っていうのは基本的に世襲制だから、こんなのでも王家に生まれたかぎりは王子なのよ」
「……なんだよ、そのいいぐさ?」アルバートがにらんだが、ルイは「物事を説明するときは端的に話すのがいちばんなんだから」とブルーベックをみて「ね?」と同意をもとめる。
ブルーベックは肯定していいものか迷ったせいか「ふぅぅん」とみょうな声をだした。
アルバートが「そんなこといったらルイだって踊り娘とかいうわりには踊ってるところなんかみたこともないし、まったく想像できないじゃないか」とぶつぶついっていたが、ルイは無視してディレンツァに手をかたむけながらつづける。
「こちらはディレンツァね。沙漠の国では宮廷魔法使いにして王さまの参謀も担っていた重臣だったそうよ。まぁ、みればわかると思うんだけど、多少冗談っぽさが足りないところがたまにきずなのね。でも、知識もあれば魔法も使えるし、おまけに顔もハンサムだから、ほら、だれかさんよりよっぽど貴族向きなのよ」
「――だれかさんって、だれだよ?」ふたたびアルバートが威嚇する犬のように、ルイに喰ってかかる。
しかし、「あら、かわいそうなだれかさん。教えてもらわなきゃわからないなんて悲劇だわ」とルイは夜半の猫のように恍惚とした。
犬猫二人がたわむれる様子をみつめながら、ブルーベックは唖然とする。
すると、ディレンツァがブルーベックのまえに立った。
「要するに、私たちは君に危害をくわえようとする者ではないから安心してほしい。それよりも、君はなぜここにきたのだろうか? 街の人々の多くが、君のことを心配していたようだが」
ディレンツァが核心にせまったので、顔をつかみあっていたルイとアルバートも自然に手をといて、ブルーベックに向きなおる。
ブルーベックは動揺しているようだったが、それでも全員に難詰の意図がないことを察すると、「流れ星のために」とちいさく答えた。
アルバートが頚をかしげながら「それって、あの有名なおとぎ話のこと? ベノワ記念館に絵本なんかもあったりしたけど、あれは――」と問いただそうとしたが、ルイが口のまえに手をだして制止した。
アルバートは複雑な表情をして黙る。
ルイもブルーベックの真意を確かめたかったが、なんとなく時機をみはからってするべきではないかと思われたのだ。
ディレンツァがブルーベックを正面からみつめたまま、「ローチをはじめとする街の人たちが、君が帰ってくることを望んでいるようだったが、それでも君はもどらないのだろうか?」と少し表現を変えた。
ブルーベックは口をつぐんで考えたのち、こくりと一度だけうなずく。
「……そうか」ディレンツァはそう答えたきり、もうなにも話さず、ブルーベックから視線をそらした。
ルイはブルーベックの横顔をみつめながら、なにかを読みとろうとしたが、そこにみえる感情はうまく言葉にならなかった。
「でも、ここに一人でいるのはあぶないよね?」
アルバートが周辺を見まわしながらつぶやく。ルイもそれにのることにした。
「そうそう、私たちなんかもここにたどりつくまでたいへんだったのよ。最後は性悪そうな女やら、モサモサした獣人の群れやらに追いかけられちゃったし」
いったいだれのせいだろうね、とアルバートが茶々をいれてきたので、ルイはだれにも気づかれないようにヒールのかかとで、アルバートのブーツの甲を踏みつける。
瞬間アルバートの鼻から汁がふきだした。
ブルーベックは「うーん……」とうなったのち「慣れてくればだいじょうぶだと思う。人間以外はそんなにこわくないから」と指あそびをしながら応えた。
へぇ、とルイが感嘆すると、「そう――」とブルーベックは回想するようにななめうえをみた。「……さっきの人たちはなんだかこわかった」
ブルーベックは身ぶるいする。
すると、敷地の奥に建っている二棟の尖塔を目を細めてみつめていたディレンツァがかるく舌打ちをした。
「私たちより先にだれかがきたの?」
ルイがディレンツァとブルーベックを交互にみながら訊ねると、ブルーベックは眉根をよせる。
「うん……あの人たちは、盗賊だと思う――」




