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19 人間、亜人種、半妖精

 木苺をつまんで口に放りこむと、甘酸っぱさに背筋がふるえるようだった。

 もう少しで完熟といった味わいで、ルイは「くせになりそう」と小躍りしながら、もうひとつ、またひとつと、低木から実をむしった。


(朝、あれだけおかみさんの自慢のパンやらスープやらをほおばっていたのに、まだ食べられるんだ……)

 アルバートはルイの背中をみながらそんな感想をいだいたが、口にはださなかった。


 なにをどう表現してもその100倍規模の異論と、へたすれば激怒がいっしょになって返ってくるに決まっている。

 そもそもルイは、食べているときのほうが断然静かだったので、そのほうがアルバートにも好都合だった。


 やや距離のある河辺まで水をくみにいっているディレンツァがもどってくるまで、アルバートとルイは休憩を満喫していた。


 一行は街をでてから街道沿いにずっと歩いてきて、〈月の城〉はもう目前にせまっていた。


 しかし、思いのほか気温があがり、体力の消耗も激しかったため、街道から少しはずれたところに低い樹木のならぶ林をみつけたので休息をとることにした。


 木陰に坐った時点で、体力に自信のないアルバートはすでに気力も衰えており、ルイものどの渇きにストレスを感じていた。

 

 ディレンツァは終始涼しい顔をしており、二人が樹木を背にして休みはじめても「あっちに河があるようだ。水をくんでくる」と、三人分の水筒を片手に歩いていってしまった。


 黙って耳をすませてみるまで、アルバートには河のせせらぎがまるで聞こえなかった。

 立ちあがり確かめてみる気にもならなかったが、それほど近い距離とも思えなかった。


 ディレンツァが立ち去ったあと、ルイもアルバートも木陰で落ち着いてしまったため、動くことさえ億劫になっていたが、ふと近くに木苺の樹がならんでいることに気づき、ルイだけが野うさぎのように跳ね起きて、とびつくようにして賞味した。


 アルバートは身体をかたむけてそんなルイのうしろ姿をぼんやりみていた。

 

 動作が大きく、左右にゆれるおしりがかわいらしくもあり、踊り娘らしい色白でトランジスタ・グラマーな肢体をかんがみれば、(本当に口さえ邪魔しなければもっと魅力的に映るはずなんだけどなぁ)とこっそり考えずにはいられなかった。


 すると、ルイが急に凛とした目でアルバートをふりかえった。


 ねめつけるようなルイの目力に、アルバートは心の声を聞かれたような気がして、「あ、いや……」と、なにかのいいわけをするみたいに口ごもる。

 背にした幹に向かってあとずさろうとして、後頭部をぶつけた。


 しかし、すぐに後方でざざっと足音が聞こえてアルバートはドキッとしたが、頚をめぐらせると、ディレンツァがもどってきただけだったので、ほっと胸をなでおろした。

 ルイもディレンツァの帰還に反応しただけのようだ。


「おかえり」アルバートはディレンツァをねぎらおうと口角をあげる。


「立つんだ――」しかし、ディレンツァは返事のかわりに、アルバートに低い声で呼びかけた。


 アルバートは教師に叱られた生徒のように反射的に立ちあがる。「え? なに? どうかしたの?」訊きながら不安になった。


 アルバートの問いかけに、ディレンツァは水を補充してきた水筒を投げわたすことで応える。

 

 アルバートはあわてたために、取りこぼしそうになりながらもなんとか受けとり、ただならぬ様子に動揺した。


「気づかなかったか、もうかこまれている――」

 ディレンツァはそうつぶやきながら、あたりをうかがう。


 アルバートがそれにならうと、驚いたことに三人のまわりには、毛むくじゃらの野人たちが群れをなして集まってきていた。


 縦列する樹の幹のあいだをぬうようにしてぞろぞろとすがたを現しており、人数にして10人はこえていた。

 そのうちの何人かはすでに興奮しているのか「ウウウ」とうなっていて、何人かは口もとから牙をのぞかせている。

 二足歩行なのに、アルバートはなぜかイノシシの群れを連想した。


「な、なに、この人たち……ル、ルイは知ってたの!?」アルバートがおどおどしながらルイをみると、「ついさっきよ。そもそも見張りは王子の役目でしょう? 私は木の実に夢中になってたんだから!!」とかん高い声で答えた。

 アルバートは知らないうちに見張り役にさせられていた。


 すると、毛むくじゃらの野人たちのあいだを割って、長髪の女が現われた。


 女は頭髪が異様に長いことをのぞけば、四肢にも身体にも体毛がなかった。

 野人たちの先頭に傲然とたちつくしたことから、群れの統率者にちがいない。

 全裸に近かったが、口は裂けるほど開き、眼孔がおちくぼんでいたため、色気よりも怖気のほうが先行した。


「こ、この人たちは、人間じゃないよ……ね?」

 アルバートがおびえた声をだすと、ディレンツァが視線を野人たちに固定させたまま答えた。


「初代辺境伯が開拓事業にのりだしたとき、この地方には土着の民族やら妖精たち、モンスターがひしめきあっていた。一部の民族たちは伯爵と契約をむすび同盟関係を築いたが、なかにはそれをかたくなに拒み、さらに辺境へと追いやられた者たちもいたそうだ。そして、それらの民族のなかには妖精やモンスターらとまじわり、子をなした者たちがいるのだという」


「……え? っていうと――」


「そうだ。そして、半妖精が生まれた。ここにいる野人たちはその一種だろう」

 ディレンツァは平然と説明したが、アルバートの脳裏は昏迷のきわみだった。


 人間と亜人種の子どもというのは、なにかとても背徳的な存在に思える。


 半妖精の女が突然、奇声をあげた。

 

 アルバートはびくっと身体をふるわせる。

 ディレンツァとルイは女をにらんだ。


 つづけて、女はなにごとかを群れに命令する。

 野人たちはまるで議論をするかのようにざわついた。


「な、なにを話してるのか、ぜんぜんわからないんだけど……」

 アルバートがディレンツァに助けを請うと、ディレンツァは「古代語に似た形式の言語で会話しているようだ。ところどころ単語や文法がわからないが、どうもわれわれの処遇について話し合っているらしい……」と眉間をけわしくした。


「ど、どういうこと……なのかな?」

 アルバートは今度はルイをみながら訊ねたが、ルイは依然真剣な目で半妖精の女をにらんでいて無視されてしまったので、アルバートはふたたびディレンツァをみる。


「われわれが半妖精たちのなわばりを侵犯した――そんな主旨らしい」


「え、でも――べつに看板がたててあったわけでもないし、このへんの林や森だって、特定のだれかの所有物ってわけじゃ……」

 アルバートは反論してみたが、ディレンツァに不平をのべてもしかたがないし、相手が半妖精なのだから人間の理屈が通じるわけもなかった。


「そりゃ、勝手に入っちゃったのは悪かったかもしれないけど、でも……休憩してただけなのに、そんな怒らなくてもいいのにね――」

 アルバートが半笑いをうかべながらつぶやくと、ディレンツァが目を細める。


「――木の実だ。おそらく、われわれの過失がすぐに斟酌されなかった理由は、そこの木苺に手をつけたからじゃないか」


「え!?」アルバートは愕然として、思わずルイをみる。


 ルイは「なによ!?」と、けわしい顔をしてアルバートをにらみかえした。「私のせいだって言いたいわけ!?」


 ルイに恫喝されて、アルバートは頚をひっこめる。


 それと同時に半妖精の女がふたたび怒声をあげた。

 すると、とりまきの野人たちが黙りこみ、草原を流れる風の音が聞こえてくるぐらい静まりかえった。


 アルバートたちが固唾を呑みながら状況をみつめていると、女がさっと右手をかかげて「ギヤー!」と決裁をした。

 ルイがとっさにみがまえて、ディレンツァもふところに手をいれる。


 しかし、野人たちはなにを思ったか、三人のまわりを円を描くように踊りだした。


 ルイが「え!?」と拍子ぬけする。

 アルバートは事態が呑みこめず、きょろきょろと野人たちをうかがった。


 野人たちはまるで音頭をとるようにして手をたたいたり、腕を曲げたり伸ばしたり、ふとももをあげたりさげたりしながら三人のまわりをまわっている。

 そのあいだ統率者の女は耳ざわりな高い声を、短く発したり、長くのばしたりした。


 しばらくして、女の歌にあわせて野人たちが踊っているのではないかとアルバートは気づいた。


「なんで踊ってるのかな……もしかして、ぼくたちとなかよくしたいとか」

「歓迎の踊り? そもそもこれって踊ってるわけ?」ルイが、よごれたものでもみてるかのように野人たちをにらむ。

「ルイは踊り娘なんだよね? ……よければいっしょに踊ってみるとか、へへ」アルバートはへつらうようにつくり笑いをした。

 するとルイは鼻を鳴らす。「へへじゃないわよ、私の踊りはそんなに安くないわ」


「おい、油断するな――まずいぞ」

 二人のやりとりをディレンツァが制止する。

 アルバートとルイはびっくりしてディレンツァをみた。


「これはいくさの舞だ。つまり、われわれの量刑は最悪のものになった」

 ディレンツァは静かに宣告した。


 ルイは「うそ!?」と叫び、アルバートは「な、なんで!?」と両手であたまを抱える。

 

 まさか友好のダンスにみえたものが戦闘の合図だとは思わなかった。

 楽しんでいるようにみえたが、半妖精たちはみずからを鼓舞するべく踊っていたのだ。


「どうしよう!?」アルバートが絶叫すると、ディレンツァがふところから手帳をとりだす。


 その手帳はディレンツァが魔法をとなえるときにいつも利用するもので、ディレンツァの解説では「魔法とは心の働き、集中して想像力を養えるのであればそれが杖でも水晶でも、あるいはなにもなくてもかまわない」ということだった。


「目を閉じろ――!!」

 そして、ディレンツァが声をはりあげると、アルバートの視界が突如まっしろになった。


 まばゆい閃光がアルバートの視野をさえぎる。


「走れ――」ディレンツァはそうつづけた。

 

 あまりのまぶしさに一時的に視力を失ったアルバートの手を、ディレンツァが引いた。

 アルバートはとまどいながらも、みちびかれるままドタドタと駆けだした。


 しばらく走ると目が回復してきて、まばたきをくりかえしながらアルバートは目前のディレンツァの背中と、ずっと先を疾走しているルイの背中と、背後の林の半妖精たちをみた。


 そして、ようやく状況を把握した。

 

 ディレンツァが猫だまし的な光の魔法をとなえ、ふいをつかれた半妖精たち(とアルバート)は視力をうばわれて、一時的に動けなくなった。

 その隙をついて、一行は逃走をはかったのだ。


 とっさに目をつぶれなかったアルバートは、ディレンツァに手をひかれていたが、ディレンツァからすればそれは予想の範疇だったようで、それがまた情けなくもあった。


 すると、統率者の女が絶叫した。

 耳をつんざくような響きに、アルバートもそれが屈辱によるものだということがわかった。


「来るぞ――全力でいけ」ディレンツァが指示し、アルバートの手を放す。


 ディレンツァがたちどまったので、アルバートも思わず脚をとめそうになったが、ディレンツァが「とまるな」と低い声で警告したので、アルバートはうなずき、林をちらりとうかがってからふたたび走りだした。


 林からは30メートルも離れていなかった。

 野人たちは体毛のなかから棍棒をとりだし、駆けだす。

 女は狂ったようにわめきちらしている。

 

 ディレンツァはどうやらアルバートたちが逃げ切るための時間稼ぎをするつもりのようだ。


 アルバートはめまぐるしい変化を脳裏で整理しながらあれこれと心配をしてみたが、呼吸がみだれ、脚がもつれたりして、ルイの背中を追うことに必死になり、やがて考えることもできなくなった。


 野人たちは獣のような速力で、突然たちどまりふりかえったディレンツァに殺到した。


 それでもディレンツァは斜にかまえて表情ひとつくずさず、せまりくる野人たちを見据えている。


 いち早くディレンツァを打撃圏内にとらえた野人が「ギャー!」と雄たけびをあげながら棍棒をふりおろそうとする。


 しかし、野人がディレンツァまで1メートルの距離にせまったところで、野人の雄たけびはそのまま「ギャン」という悲鳴に変わり、強いちからにはじかれたように吹きとばされ、草原にもんどりうってころがった。


 追従してこようとしていた野人たちは驚愕し、みんな脚をとめる。

 なかには勢いあまって前のめりに転倒した者もいた。

 はじきとばされた野人は鼻血をだして失神している。


 そのときディレンツァはすでに魔法を完成させていたのである。

 巨大な光の盾がディレンツァの目のまえにできあがっており、それは注視しなければみえない半透明のもので、積極的な攻撃性はなかったが、野人たちのように直截打撃をくりだしてくるような敵をふせぐためのものだった。


 光の盾はわずかに振動しており、太陽光をときどきにぶい色で反射させている。


 野人たちは、意識を失って痙攣している仲間と光の盾を交互にゆびさし、サルの群れのように騒いだ。

 統率者の女は「ギャーギャー」とヒステリックにがなりたてていたが、野人たちはおそれをなしてディレンツァに近寄ることができなかった。


 やがて野人たちが意気消沈してしまうと、ディレンツァはにらみをきかせたあと、光の盾の魔法をといて宙に分散させた。

 

 光のつぶてが周囲にまきちらされ、野人たちは突然ふりそそいできたシャワーに驚き、あわてふためいたり、抱き合ってブルブルふるえたり、硬直して蒼白になったりした。


 それを尻目に、ディレンツァはきびすをかえす。


 ルイとアルバートの背中はちいさく、だいぶ遠くまで退散していた。

 ディレンツァは草原をわたる風のように疾駆して二人を追いかける。


 半妖精の女は間歇的に叫んで、いきどおりをかくせないようだったが、野人たちはとっくに闖入者たちの追跡をあきらめていた。

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