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ふっと、意識が浮上する。目を開けようとするが、フードの縁から侵入する光の眩しさのせいで上手く開けない。不機嫌に低く唸りながら凭れかかっていた壁から背を離すと、関節がバキバキと音を立てた。
陽光との格闘の末、なんとか瞼を開けると、陽はすっかり高いところまで昇っていた。
どう考えても寝すぎた。
随分と油断したものだとユーダレウスは自分自身に向けて呆れ、フードを剥ぐと後頭部を乱暴に掻いた。
すっかり燃え尽きた焚火の燃え滓を除け、薪を組みもう一度火を入れる。
手持ちの携帯食で簡単に食事を済ませ、ふと思い立って、昨夜と同じく薬草茶も淹れた。そうして久しぶりにゆったりとした朝、もとい昼を過ごしながら空を見る。
今日も空は青い。真っ青だ。しかし昨日のようにうっとおしいとは思わなかった。
「行くか」
野営の痕跡を消し、ゆっくりと歩き出した魔術師に、寝床から勝手に出てきた精霊たちがついていく。月の色によく似た髪が、昼間の陽光に照らされて砂糖をまぶした菓子の様にきらきらと輝いていた。
丘の上までのぼって振り返ると、かつて村だった廃墟の群れが見えた。その様子に、ユーダレウスが抱く感情はやはり薄い。そこで初めて、何という名の村だったかすら覚えていないことに気が付いた。
けれど、それで良い。それで当たり前なのだ。
人間は、慣れ、忘れる生き物だ。
記憶に深く突き刺さった痛みすら、途方もない時間の経過で摩耗し、慣れ、そして忘れそうになるのに、あまり心を交わし合うことのなかった村を事細かに覚えていようとする方が無理がある。
ましてや、滅んで久しい村は数えきれないほどに見て来た。遠い過去に起きたであろう悲劇を憐れむことはあれど、それ以上に強い感情を抱くことなど、人並外れた人格者でもない限り、そうそうできはしない。
ユーダレウスはただの人間だ。人に崇められる存在になる気は毛頭ない。
さて、これから、どこへ行こうか。どこに行ってもいい、どこに居てもいい。
「どこかへ行きたい」という想いは何も変わらないのに、その時とは違う清々しさがあった。どこにも身を置く場所がないと思い込んでいたのは、一人だけだったのだから。
村の跡地から視線を外し、ユーダレウスは前を向いた。
やはり、旅をしようと思った。
今度は気まぐれな旅だ。世界の大きな流れから離れ、何にも手を貸さず、人間の群れと距離を置いて。自分一人の自由勝手な旅だ。
あの日、大口を叩いて姉弟子に述べた旅の目的は都合よく忘れることにした。
どうせ彼女の魂も、今頃はこの世界のことなどすべて綺麗に忘れて、別な世界で新たな生を謳歌していることだろう。
前方の遠い山脈には、黒く、分厚い雲がかかっていた。夜にはここにも雨が来るだろう。濡れない寝床を確保するには急いだ方がいい。ユーダレウスは歩みを早める前に、もう一度、目を見張るほどに鮮やかな青い空を見上げた。
「……行ってきます」
最愛の人の瞳と、同じ色。誰かがそこでふっと笑った気がした。




