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嘘つき師匠と弟子  作者: 三池


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16


 深い森の中を師弟は進んでいく。


 ほどなくすると、茂みの中、まるで(しるべ)のような黒い鉄の杭が現れた。そこには、カンテラがぶら下げられており、ユーダレウスは躊躇いなくそこに灯をともした。


 それの他にも、カンテラのぶら下がった標が茂みの中に点在しており、二人が通り過ぎる度、温かな光が薄暗い森の中を柔らかく照らしていく。


 いくつもある標を辿って行くうち、二人は開けた場所に出た。

 辺りには、今まで辿ってきたものと同じカンテラがと同じ、カンテラの下がった標が輪を描くように並んでいた。そして、広場の中央には、世界の中でも一番と言っても過言ではないほどの巨大樹が静かにたたずんでいた。

 その根元を見たティニが息をのむ。


「アルイマの木の根っこのとこにドアがあります師匠!」


 ティニが言うとおり、巨大なアルイマの木の根元には、数段の階段があり、その頂上に暗い色のドアが付いていた。幹の途中には小窓やベランダがあり、二階もあることがわかる。木の幹の太さからして、中はかなりの広さがあることが窺い知れた。


 大樹の中の家。物語にでも出てきそうなそれは、大いに子供心が擽られることだろう。ましてやそれは、伐ることのできないと言われるアルイマの木だ。繋いだ小さな手がわずかに温もりを増すのをユーダレウスは感じていた。


「昔、俺が作った家だ。今晩はここに泊まる」


 ここに家を作ったかつての自分も、今のティニと同じような顔をしていたことだろう。興奮を隠しきれない様子のティニの手を放すと、一直線に大樹の家目掛けて駆けていった。

 小さな背中をゆったりとした足取りで追いながら、ユーダレウスは「意外と残ってるもんだな」と独り言つ。何しろ、最後にこの家を訪れたのは、大雑把に数えて百年は前になる。旅を再開した時に守りの術はかけていったのだが、数年前にその効果は切れているはずだ。そのため、この家は木ごと朽ちていても不思議ではなかった。


 玄関先にたどり着いたユーダレウスは、カンテラの中から陽光の精霊を呼ぶと、改めてこの巨大樹とその一帯に守りの術をかけた。

 数段の階段を昇ると、ふわりと舞い戻ってきた陽光の精霊が、術がかけられる様子を大人しく見ていたティニの肩にとまる。


「こんにちは、陽光の精霊さん」


 挨拶に返事をするように、機嫌よくティニの頬にすり寄ると、陽光の精霊はまたカンテラの中に戻っていく。見守っていたユーダレウスが、ドアノブに手を触れた。主を待っていたドアは、音もなくするりと開いた。


 中は埃とアルイマの木の香りが混じった匂いがした。維持の魔術をかけていたが、守りの術と同じく、その効果はもうきれている。多少の劣化は仕方ないと思いながら、ユーダレウスは部屋の中を軽く見まわした。


 簡単な台所に、火の入っていない暖炉、その前に置かれたゆったりと座れる緋色のカウチ。全てが出て行ったときのままだった。洗面所にトイレ、天井も床も、二階に繋がる階段の手すりに至るまでどこにもキズ一つなく、ユーダレウスはほっと安堵の息をつく。


 机に積もった埃に指で落書きをして遊ぶティニを横目に、ユーダレウスは月光の精霊を呼び、さっさと埃を取り去った。清潔になった部屋は、まるで住み慣れた家のように主を迎えた。


 二階を確認するために、ユーダレウスは階段を上がる。すぐそこに、置いて行った本が棚の中で静かに眠っているのが見えた。分厚い古書が並ぶ中に、数冊の絵本を見つけ、手に取る。表紙に描かれた可愛らしい絵柄の登場人物が、こちらに微笑みかけていた。


 ――そういえば、あいつ、読み書きはできるのか?


 今の今まで不都合がなかったせいで気にならなかったが、そろそろ名前や簡単な単語くらいは書けてもいい年頃だ。ただし、ティニは元は旅の一座にいた。旅の芸人にとって、字の読み書きはあまり使う機会のないものだ。教えられていない可能性は高い。


「おい、ティニ」


 確認しようと名を呼ぶが、返事がない。

 下で遊んでいるのかと、ユーダレウスは絵本を置いて階段を下りていく。

 玄関のドアが開きっぱなしで、アルイマベリーの甘い香りがほのかに入ってきていた。一階にもティニの姿はなく、ユーダレウスは外に出る。


「ティニ、どこ行った」


 この木の周辺には守りの術をかけたばかりだが、それ以上遠くに行かれたら、今朝と同じことになりかねない。姿が見えない弟子を目で探しながら、ユーダレウスはもう一度名を呼ぶ。


「ティニエト!」

「はい! ここです!」


 向こうに生えている、アルイマベリーの低木の辺りから声がした。見れば、曇天色の髪がひょこひょこと見え隠れしている。

 大股で近づくと、ティニが手のひらいっぱいの赤い実を持って嬉しそうに現れた。その緊張感のない表情にユーダレウスの気が抜け、肩ががくりと下がる。


「そうだ、師匠、アルイマベリーってなんでアルイマって名前についているんですか?」

「あ? アルイマの実だからだ」


 安心した反動でぶっきら棒に答えると、ユーダレウスはティニの手のひらから実を一つつまみ、口に放り込んだ。

 豊作と言うだけあって、なかなか味がいい。量もそれなりにあるようだ。煮詰めてジャムにするか、それとも氷砂糖で漬けてシロップにするか。


 どっちがいい、と聞こうとしてユーダレウスは弟子を見下ろした。ティニは、アルイマの巨木とアルイマベリーを見比べてぽかんとしていた。

 手のひらに残った山盛りの実が、ティニの動揺を表すように、細い指の隙間からぽろりぽろりと零れ落ちていく。


「これ、アルイマの実なんですか? でも、葉っぱも、木の形も、全然違うのに……?」


 噛み砕いた実を飲み込んだユーダレウスは、アルイマベリーが生るすぐ側から、緑のみずみずしい葉を一、二枚、茎ごと手折った。それを困惑するティニの鼻に近づける。


「あれ……花みたいな匂い?」


 興味を引かれたティニが、いつの間にか空になった手を伸ばす。そのまま渡してやると、ティニはすんすんと鼻を鳴らして、何度も確かめるように嗅いだ。そんな弟子を横目に、ユーダレウスはすぐ側の大樹を見上げた。


「もしかして、これ、葉っぱじゃなくて花ってことですか……?」

「正解だ。この実がなってる低い木は、アルイマの花と実をつける枝だ。この土の下ではこのでかい木と繋がってるんだよ」


 気が抜けるような声を上げながら、ティニもアルイマの大樹を見上げる。見上げ過ぎて後ろに傾きそうになったところで、癖っ毛の後頭部に大きな手のひらが素早く宛がわれた。

 ユーダレウスの手が小さな頭を押し戻す。すると、葉の隙間から零れる陽光に擽られたのか、ティニは、くしゅん、と小さくくしゃみをした。


「ティニ、アルイマの別名は?」

「はい。確か『セカイマタギ』です」


 ティニは師の問いに、元気よく手を上げて答えた。

「正解だ」と褒美に頭をひとなでしてやると、ティニは満足そうな顔で、しかし少しくすぐったそうに首をすくめた。


 アルイマには『セカイマタギ』という別な名前がある。樹木の太い根が、踏み出した足のように大きく開いて、まるで世界を跨いでいるようだからそう名付けられたと言うのが通説だ。


 しかし、この『セカイマタギ』には、人々の間には知られざる由来がもうひとつある。


 かつて、魔術師たちは前の世界での記憶を残したまま、世界と世界の境を跨いでこの地に生まれ落ちた者を『セカイマタギ』と呼んだ。

 古来より、前の記憶を持って生まれた魂の持ち主たちは、この世界に新たな知識と技術をもたらし、人々の生活を豊かにしてきた。

 

 今までにない発明が、新たな思想が、人の生活を豊かにした。


 ただ、彼らにできたことは、結局のところ、それだけだった。


 それは、世界という広い視野で見れば、何も変わっていないに等しい。『セカイマタギ』たちは、魂の理を変えることも、世界の在り様を変えることもできなかった。


 人の生は短く、せっかくの素晴らしい発明や思想であっても、世に広く認められたのは当人が没してからというのも少なくない。

 思惑、都合、しがらみ。生きていればあらゆるものに阻まれて、人は自由を奪われる。人を退け、孤独を選んでも、一人にできることには限りがある。


 どんなに素晴らしい知識があったとしても、全てが物語のように上手くいくとは限らない。


 前の世界での記憶を残した特殊な魂など、この世界に生きる人の総数にしてみれば、所詮、砂漠に落ちた一粒の砂のようなものなのだ。


 そして、いくら世界を越え、姿を変え、いくばくかの実をなしたとしても、「記憶」があるが故に、結局は大元の「自分」へと繋がり、完全な「他者」にもなりきれない。


 彼らの人生は、アルイマに似ている。

 誰が言い出したか定かではないが、魔術師たちはいつしかアルイマを『セカイマタギ』と呼ぶようになった。


 芽吹いた場所から離れ、巨木とは似ても似つかぬ姿の芳しい花を咲かせ、美味な実をつける。けれど人の目に映らぬ根は、朽ちるまで伐ることも削ることすらも叶わぬ、ただひたすら不変の大木に繋がっている。


 『セカイマタギ』達への皮肉か、それとも記憶を持ってこの世界に生まれ落ちた当人の悟りか。

 長い年月を生きているユーダレウスにも、アルイマを最初に『セカイマタギ』と呼んだ者の思いを知る術はない。


 そして、この世界から出ることの叶わない自分には――


「師匠?」


 その静かな声に、じっとりとまとわりついていた孤独感が霧散する。

 声のする方を見れば、落としたアルイマベリーを拾い集めたティニが、こちらを不思議そうに見上げていた。

 空よりも鮮やかな青は、必要なことをまだあまり知らない代わりに、余計なことも何も知らない、子供らしい澄んだ色をしていた。


 いつの間にか冷えていた指先がじわりと血が通ったように温まる。ユーダレウスは瞼を閉じ、力の籠っていた眉間を指で解すと、腰の鞄から小さなカゴを取り出した。


「……ティニ、もっと集めてこい。ジャムとシロップ、両方作るぞ」

「両方!? じゃあ僕、いっぱいとってきますね!」


「ジャムは明日の朝飯だな」と言えば、ティニは目を輝かせてアルイマベリーの茂みに突入していった。

 次々と収穫しては、あっという間にカゴを埋めていく弟子を視界の端に捉えながら、師は辺りに点在するランタンに灯をともしていく。


 日が暮れ始めた陰鬱とした広場に明かりが点々と宿る。

 その小さな光は、見る者に安らぎを与えるには十分だった。


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