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嘘つき師匠と弟子  作者: 三池


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21

 ユーダレウスは、先に運ばれてきたコーヒーをひと口含む。芳しい香りと苦み、程よい酸味が口内を満たし、貯まった気疲れが解されていくようだ。ユーダレウスは満足げに息をつく。ティニも嬉しそうにホットミルクに舌鼓を打っていた。


「……なんだ」


 向かいの席で甘そうなカフェオレを飲みながら、まじまじと見つめてくるミアに、ユーダレウスは反射的に眉間の皺を濃くした。


「頼んだパンケーキ、甘いけど大丈夫なの?」

「別に、甘いもんは嫌いじゃない」


 素っ気なく言うとユーダレウスは窓の外に顔を向けた。まだ雨は降りだしていないが、重たげな雲が頑丈な蓋のように広がっていた。


「今晩は荒れるだろうな」

「そう。お手並み拝見ね」


「……その前に、守り石の鑑定だな」


 その声に、カップを傾けるミアの手がぴたりと止まった。五つに分かれた葉の模様が描かれた、深い赤のカップがゆっくりとテーブルに戻る。


「……今、頼んでいい?」

「いいだろう」


 ミアがポシェットから格子模様の小さな巾着を取り出した。受け取ったユーダレウスは、ミアの手が小刻みに震えていることに気が付いたが、目を伏せただけで言及することはなかった。


 ユーダレウスは巾着の口を拡げ、手のひらに中身をあける。現れたつるりとした小さな石を一目見ると、手の上でころころと弄ぶように転がす。視線を上げると、ミアが怯えたように肩を跳ねさせた。

 ティニの青い瞳が静かに事の行方を見守っていた。


「……まじないのまの字もない。もちろん魔術もかかっていない。それらしいだけの石ころだ」


 ユーダレウスは石を指で無造作につまんで目の高さに持ち上げた。


「そう……そっか、うん、ありがとう」


 気が抜けたのか、ミアは縋るようにカフェオレのカップを両手を温めるように包む。


 祖父は、自分の買った守り石にかけられた治癒の術によって寿命を縮めたのではないか。


 そんなミアの後ろめたい懸念は、たった今、ユーダレウスによって払拭された。



「……けど、やっぱり騙されてたのね、私」


 複雑そうな表情でミアはカップを口元に持って行く。ユーダレウスは広げられた巾着に石をそっと載せると、指先でテーブルをコツコツと叩く。その手元をティニが覗き込んだ。


「でも、白くてつるつるで、きれいな石ですね」

「あー……じいちゃん、きっと御利益があるって言って毎日大事に磨いてたから」


 結局、石は奇跡の品などではなく、ただのまがい物だったのだから、なんて馬鹿馬鹿しい話だろう。ミアは八つ当たりをするように石を人差し指で小さく転がした。


「……うれしかったんですね、きっと」

「えー?」


 ぽつりと呟いたティニの言葉を、ミアは手持ち無沙汰に石を転がしながら聞き返す。ティニはミアの手の中に納まった石を見て、小さく微笑んだ。


「ミアさんが『おじいさんが治りますように』ってこの守り石をくれたのが、うれしかったんですよ」


 ティニの静かな声が鍵となり、ミアの脳裏に生前の祖父の姿が映った。





 小さな頃は一緒に駆け回って遊んでくれる程に元気だった祖父。

 初めてこの喫茶店に連れて来てくれたのも祖父だった。カフェオレも苦いと言うミアに、少し多めに砂糖を入れてくれるようにいつも頼んでくれていた。

 いつしか、それがミアがこの店を訪れた時の「いつもの」になっていた。

「ばあちゃんには内緒だぞ」といたずら小僧のように笑った祖父と、半分ずつ食べたパンケーキの味。


 忘れていたわけではなかったのに。どうして思い出さなかったのだろう。


 優しい腕が、ふっくらとしていた頬が、気が付くたびに痩せ細っていくのが悲しかった。ベッドに臥せったまま、ある日ふっといなくなってしまうのではないかと、そればかりが恐ろしかった。


 ミアが選んだまじないの石は、少しも効かなかった。


 八つ当たりをするように、まじないや魔術と名のつくものの全てを恨んだ。それを信じる人の全てを嫌った。

 いつしか、魔術師の話を信じていた祖父の墓を訪れることすら、避けるようになった。


 けれど、今思い出した記憶の中、守り石を磨いている祖父の横顔は、とうに救われた人のように穏やかで。


 忘れていたわけでは、ないのに。


「……そうだったのかな」


 自信がなさそうに呟く、涙の混じる声を聞きながら、ユーダレウスは窓の外に視線をやった。行き交う人の流れに、亡き旧友の面影を見たような気がして思わず口元を緩めると、顔に疑問符を浮かべたティニがつられて窓の外を見た。


「魔術師にも手の出しようがねえもんを、お前は癒したんだ。ミア」


 愛しい孫娘の無垢な愛情は、病に蝕まれていくばかりの老人の心をどれほど癒しただろう。


 それは、どんなに高等な術をもってしても到達できないものだと、ユーダレウスは知っている。


「……あとで、ロブんとこに顔出すか」


 思いがけない申し出に、ミアはユーダレウスを見る。


 月のような色の髪が、店内のランプに照らされて、砂糖菓子のようにきらめいていた。

 昨夜だって同じ物を見た。ただ毛先が傷んでいるだけだ。なのに、どうしてか綺麗に見えた。



「――お待たせしました、当店自慢のパンケーキ、それとイカのクリームパスタです」

「わぁ!」


 テーブルの上に三人前のパンケーキとクリームパスタが並ぶ。目を輝かせたティニが、早速パンケーキに取り掛かる音がする。

 器用にナイフとフォークを使いこなし、一切れ頬張るや否や、ティニは表情の薄い顔をぱっと輝かせ、もぐもぐと口を動かしながらユーダレウスを仰ぎ見た。


「師匠! これ、すっごくおいしいです! ふわふわで、あったかくて、甘くて……」


 興奮と感動を伝えてくる弟子の頭を、ユーダレウスは「わかったから食え」とぽんと撫でる。そのついでにティニの口の端から垂れそうになっているシロップを紙で拭った。


 ユーダレウスは輪切りのイカをパスタでフォークに綺麗に巻きつけると、ティニの方に差し出す。


「少し食うか? お前この手の味付け、好きだろう」

「……イカ……」


 苦々しい呟きに合わせて、ティニの顔に怯えが走る。それを見たユーダレウスが、うっと言葉を詰まらせ、黙ってフォークとパスタの皿をティニから離した。どうやらイカへの恐怖は根深いようだ。


 そんな二人に気取られないように、ついさっき、宝物となったばかりのただの石ころを、ミアは大切にポシェットにしまう。

 ユーダレウスは見ぬふりをして、輪切りのイカを口に入れた。


「……言った通り、ここのパンケーキ美味しいでしょ?」


 自信たっぷりに言うミアに、大きな一切れを頬張っていたティニが大きく頷く。それを見て、満足そうに目を細めたミアも、自分の前で誘うように優しい香りを立てているパンケーキにそっとナイフを入れた。


 ユーダレウスもつられてひと口頬ばれば、幸せの象徴のような甘いシロップとクリームのまろやかさが口いっぱいに広がった。




「で? ロブんとこはどうする。行くのか、行かねぇのか」


 いつも通り、不機嫌そうな顔で、ユーダレウスはコーヒーに舌鼓を打つ。皿の上は既に三分の一程度になっていた。

 その速さに驚いたミアが、ごくんとパンケーキを飲み込む。


「っ、行くわ。私も、ちょうど行きたいなって思ってたとこだから」


 ミアは、ふっと考える。


 もしかしたら、この魔術師はそう思うのをわかっていたのかもしれない。だって、この人は『ユーダレウス』なのだから。


 すっかり力の抜けた笑みを浮かべて、少女はまたひと口、甘い思い出を頬張った。

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