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嘘つき師匠と弟子  作者: 三池


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18

 身支度を整えたユーダレウスが二階から降りてくる。

 髪は相変わらず傷んでいるものの、後ろですっきりと一つに束ねられていた。ティニが着ている物と似たデザインの三つ揃えのスーツに、編み上げのブーツを履いたその姿は、紳士とまではいかずとも、すれ違った者がちょっと目を留める程度には洒落ていた。

 顔は相変わらず不機嫌そうに眉間に皺を寄せているが、少なくとも昨日のような不審者を見るような視線を向けられることはないだろう。


 階段下で箒と雑巾を持ったマーサが「ちょっと待ちな」とユーダレウスの腕に触れる。上から下まで眺めるその顔つきは、さながら初めて着飾った息子を見る母のようだ。


「あんた、そんな服も持ってたのかい」

「まあな」


 肩をすくめたユーダレウスに「似合ってるよ」と片目をつぶると、マーサは鼻歌を歌いながら階段を上っていった。


「今日はどこにいくんですか、師匠」


 自分が食べた分の食器を下げて、代わりにジュースの入ったコップを持ってきたティニが師に尋ねる。ユーダレウスはコップを受け取り、一口飲むと窓の外を指さした。


 外はまだ晴れている。だが、街路樹が時折吹く強い風に葉を揺らしていた。嵐は着実に近づいていることを理解したのか、ティニはきゅっと真面目な顔つきになった。


「嵐が来る前に、街に守りの術をかけて回る」

「僕も行っていいですか」

「……来るなら仕度しろ。上着、忘れんなよ」


 ティニを待つ間、ユーダレウスは皿に用意されていたサンドイッチをひと切れ取り上げる。時間がないからという言い訳で朝食を抜こうとしたユーダレウスのために、マーサがベーコンとスクランブルエッグをまとめてパンに挟んでくれたものだ。具材が無理に挟み込まれているせいか少々厚い。

 しかし、ユーダレウスは気にもせず、洒落た装いとは裏腹に立ったまま大口を開けてサンドイッチに齧り付いた。大きなひと口をもぐもぐと咀嚼しては飲み込む。


「……なんだ」


 カウンターの向こうからじっと見てくるミアに、次のひと口を直前で止めたユーダレウスが嫌そうな顔で尋ねる。

 視線が不躾だったと気が付いたミアは、気まずそうに顔を逸らした。


 しばらくユーダレウスがサンドイッチを食む音が続く中、ミアがおずおずと口を開く。


「ねえ、ユーダレウス、さん」

「急にどうした。気味わりぃな。ユーダレウスでいい」


 胡散臭いものを見るような顔で、ユーダレウスがミアから一歩距離を置くと、それまでしおらしかったミアの表情が瞬間的にむっとした顔になった。


「じゃあ、ユーダレウス。本当に魔術師なら、もしかして――」

「死んだ者を生き返らせる魔術はない。死者と会話する術もな」


 ユーダレウスは先回りしてそう言い切ると、サンドイッチの最後のひと口を口に入れた。空になった皿をカウンターに下げた男の手が、そのままカウンターの天板を数回ノックする。

 不貞腐れたように俯き、黙りこくっていたミアが反応してユーダレウスを見た。


「俺がもう何年か早く来てりゃロブが助かったかもしれない、とか思ってんだろ」


 図星をつかれたミアの視線がうろうろと泳ぎ、すぐにユーダレウスの銀の目を見て観念したように伏せられた。相も変わらず興味のなさそうなユーダレウスは、コップに残ったジュースを飲み干した。


「もし、俺が来ていても、結果は同じだったろうな」

「……治癒の魔術があるんでしょ」


 空になったコップをカウンターに返したユーダレウスは「嫌いな割に、良く知ってるじゃねえか」と可笑しそうに言うと、目を細めた。ぐっと言葉を詰まらせたミアは「おじいちゃんに昔聞いた」と不機嫌に目を逸らした。


「あん時俺がかけたのは、それ以上病が広がらないようにする守りの術だけだ。それと、症状に効きそうな薬をいくつか教えた。治したわけじゃない」

「なんで魔術で直接治さなかったの」

「治癒の魔術はな、かけられた人間の生命の時間を前借りするもんだ」


 静かに眉を寄せたミアが、返された食器を流しに並べながら興味がないふりで「生命の時間?」と訊き返す。


「言い換えれば寿命だな」


 人間は、皆、生きられる時間が生まれた時から決まっている。それが「生命の時間」であり、その時間が尽きたとき、どんな理由であれ人間は死を迎える。大昔の魔術師が解明したこの世界の理の一つだった。

 それは、魔術に携わらない者たちの間でも、漠然とではあるが「寿命」という言葉で認識されていた。


「……癒しの術は、寿命を材料にして傷や病を癒す。容体が重ければ重いほど、必要になる時間は増える。重い病を患った追い先短い年寄りにかけたら……どうなるかは言わんでもわかるだろう」


 ミアが静かに青褪めた。動揺を表すようにフォークを取り落とし、甲高い金属音が響く。


「気になるなら、お前が買った守り石にかけられていた術がどんなものだったか、見てやろうか」


 勢いよく顔を上げ、ユーダレウスを見るミアの顔は、まるで迷子の子供のように、今にも泣きだしそうな顔だった。

 面倒そうに渋面を作ると、ユーダレウスは踵を返し厨房に背を向けた。丁度、ティニが階段を駆け下りてくる音がしていた。


「師匠、準備できました!」

「ああ……なんだその鞄は」


 ユーダレウスはティニが斜めに下げている見覚えのない肩掛け鞄に触れた。黒っぽい革で作られたそれは、子供用の割りに大人びたデザインで、今日の装いにもつり合いがとれている。


 後からにこにこと嬉しそうに降りてきたマーサが、階段の手すりに凭れかかった。


「うちの馬鹿息子のお古。と言っても、ちょいと上品すぎて、結局一回も使わなかったんだけどね。ティニにやろうと思って」

「いいのか」

「もちろん。その為に出したんだ。ようやく日の目を見られてこれも喜ぶだろうさ」


 ユーダレウスはマーサに礼を言うと、ティニの背にそっと触れる。


「それじゃ、行くぞ」

「はい、師匠!」


 まだほとんど何も入っていない平らな鞄を嬉しそうに眺めていたティニが、背を押されて数歩、歩き出す。


「ちょ、ちょっと、待って!」


 店のドアを開けていた師弟は立ち止まる。振り返れば、出かける仕度をしたミアが息を切らせて立っていた。


「わ、私も行っていい?」

「……好きにしろ」


 ぶっきら棒にそう言うと、ユーダレウスは改めてドアを開けた。

 嵐特有のぬるい風がドアを強く押し返してくるのを支えながら、先にティニとミアを通すと、後ろで見送るマーサを振り返る。


「マーサ、朝飯美味かった。ご馳走さん」

「おそまつさま。守りの術、しっかり頼むよ……ミアのことも」

「言われなくても」


 礼を言う為だけにわざわざ振り返ったユーダレウスを微笑ましく思いながら、マーサはひらりと手を振った。

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