第30話「トリニティ・ユナイト」前編
「皆さん、こんにちは。ネビュラカンパニー社長、バラム・リーベルトです。今回は我が社を代表し、皆様に重大な発表をさせていただきます」
誠人達がリヤ・ソンブラーとの戦いに敗れて撤退してから、わずか数十分後。バラムは宇宙の様々な動画サイトに、声明として動画をアップロードしていた。
「この度我が社は、ある画期的な新商品を開発いたしました。他者と合体し、その力を己がものとして扱うことができるユナイトという能力。本来なら20億人に1人しか目覚めないこの希少な能力を、この宇宙に生きる全ての方が使うことができる。それこそがこのユナイト血清、そしてユナイトガントレットです」
バラムの言葉が終わると、動画に一組の男女が現れた。女性の右手にはユナイト血清が入った注射器型のインジェクターが握られ、左手にはユナイトガントレットが装着されている。
「使い方は簡単。まずはこのインジェクターを使い、ユナイト血清を体内に投与します。そして投与が完了すると同時に、ユナイトガントレットの使用も可能となります」
バラムの説明に合わせ、女がインジェクターを左腕に押し当て、中の血清を体内に投与した。そして投与が完了すると、女は手にした黒いカードをガントレットに挿し込む。
『セット』
電子音声と共に、不協和音のような待機音が流れ始める。女は右手をガントレットに伸ばし、ネビュラカンパニーの社章が刻まれたボタンを押す。
「融合」
『ユナイト、スタート』
女の隣に立っていた男の体が鎧となり、彼女の体を覆いつくした。合体を終えた女の隣に、バラムが再び姿を現す。
「ご覧ください。我がネビュラカンパニーの科学力は、これまで不可能と言われていたユナイトの能力の再現に成功しました。このユナイトガントレットがもたらす力は、銀河警察が誇る最強の戦士をも凌駕します」
ユナイトガントレットを使用したリヤが、デュアルとイリスV2に勝利する映像が流れる。バラムは得意げに笑うと、動画を見ている視聴者に呼びかけるように言葉を発した。
「皆さん、銀河警察は『宇宙の平和を守る』という大義を盾に、これまで様々な横暴を働いてきました。しかし、もう彼らの言いなりになる必要はありません。このユナイトガントレット、そしてユナイト血清があれば、皆さんは銀河警察と対等に渡り合うことができる。我が社は本日より、この画期的な二つの新商品の販売を開始いたします。さあ、宇宙の新時代を、私どもと共に歩んでいきましょう」
その声明動画を、誠人達は虹崎家でGPブレスを使って目にしていた。その動画が終了すると、ブレスレットに銀河警察太陽系支部長のジョージの姿が表示される。
「虹崎君、そして刑事諸君。約一時間前、この声明がネビュラカンパニーから発信された」
「・・・僕達があのリヤって女に負けたのが、今から一時間半ほど前。つまり・・・」
「たった数十分で、あいつらは実戦データを商品に組み込んだ。・・・認めたくはないけど、さすがはDOE社と並ぶ軍事企業なだけある」
誠人達と同じ現場にいたレイが、悔しそうに言葉を発した。その言葉に小さくうなずきながら、ミナミがジョージに問いかける。
「長官、この一件、本部はどう対応するつもりなんですか?」
「間もなく、各支部長を集めて緊急リモート会議が開かれる。そこで善後策を協議することになっているが、まだはっきりしたことは・・・」
「相変わらず悠長な組織ね。でも、相手の狙いが坊やである以上、私達は私達の仕事をするだけ。・・・構わないわよね、ジョージ?」
「ソフィア・・・君はもう刑事ではない。虹崎君を守ってくれていることには感謝するが、あまり首を突っ込まないでもらいたい」
「はいはい。ほどほどにするわよ、ほどほどに」
肩をすくめながらジョージに応えると、ソフィアは通信を打ち切った。同時に、他の刑事達とジョージとの通信も打ち切られる。
「私のことを黙っていてくれて、感謝するよ。今はあまり、矢面には立ちたくなくてね」
ソファに座っていたファルコが、スマートフォン型の端末をいじりながら背中越しに礼を述べた。誠人達が一旦虹崎家に撤退したのも、元はと言えば彼の提案であった。
「そ・・・そうでした!あんた、一体何者なんですか!?」
バラムの声明に注目するあまり、何人かの刑事はファルコがそこにいることをすっかり失念していた。思い出したように問い詰めるミナミの方に、ファルコは小さくため息をついて振り返る。
「私はファルコ・レン・ザブール。詳しいことまでは話せないが、立場的には少なくとも、ネビュラカンパニーの敵に当たる人間だ」
「あなたは、前にも僕を助けてくれましたよね?どうして、僕を二度も助けてくれたんですか?」
「私とて、好きで助けたわけじゃない。君を二度助けたのは、いずれも任務の延長線上だ。以前君を助けた時は、あのブラックローグとかいう怪物を進化させた薬の始末が目的だった。そして今回の任務は、この星でよからぬことを企んでいるネビュラカンパニーの目的を潰すことだった」
そこで一旦言葉を切ると、ファルコは苦り切った表情で再度口を開いた。
「しかし、あのユナイトガントレットとやらの完成が目的だったとしたら、今回の私のミッションは失敗だ。奴らは君達との実戦データを基にガントレットを完成させ、既にその販売を始めている。それが市場に出回ることは、もう阻止できないだろうね」
そう言うと、ファルコは座っていたソファから立ち上がった。
「邪魔したね。では、私はこれで」
「え?・・・ちょっと、どこ行くの?」
玄関に向かい始めたファルコを、キリアが追いかけて尋ねた。
「これ以上ここにいたところでどうしようもない。私は私なりに忙しいのでね、お嬢さん」
懐から棒付きのキャンディを取り出してキリアに押し付けると、ファルコは玄関のドアを開けて外に出ていってしまった。渡されたキャンディを思わず受け取ったキリアだったが、次第にむかっ腹が立ってきた。
「何あいつ!キリアのこと、子供だと思って馬鹿にして!」
ぷんすか文句を言いながらも、キリアは椅子に腰かけて受け取ったキャンディをなめ始めた。
「でも、結局食べるんだ、キリアちゃん・・・」
「それよりも、今後のことを考えなくてはなりません。もし、またソンブラーが襲ってきたとしたら、今の私達に勝ち目はありません」
悔しそうに目を伏せながら、シルフィが口を開いた。彼女の言う通り、今の誠人達にユナイトガントレットを使うリヤに勝てる見込みはなかった。
「確かに・・・シルフィさん達がライトニングハリケーンになっても、少年がイリスV2になっても、あの女には勝てなかった。・・・悔しいけど、あたし達があいつに勝つなんて、夢のまた夢って話だよ・・・」
カグラの言葉に、一同は黙り込んだ。重苦しい沈黙が流れる中、誠人の脳裏に迫りくるリヤの姿が蘇った。
「・・・!」
「誠人さん?・・・どうしたんですか?」
突然ビクッと身を動かした誠人に、ミナミが心配そうに声をかけた。誠人はその声に我に返ると、作り笑いを浮かべて言った。
「ど・・・どうもしないよ。でも・・・少し、一人になりたいかな・・・」
ミナミ達が心配そうに見つめる中、誠人は足早に自分の部屋に向かった。そして部屋に入ると、彼は無意識のうちに玄関の鍵をかけた。
(勝てなかった・・・イリスV2の力でも、あの女に・・・)
誠人は自分の体が、小刻みに震えていることに気づいた。震える左肩を右手で押さえながら、誠人はこれまで体験したことのない異様な感情に苛まれていた。
「違う・・・僕は、あいつのことなんて・・・・・・」
一方。虹崎家を後にしたファルコは、DOE社の社長であるアダムと連絡を取っていた。
「社長、お送りしたユナイトガントレットの映像は、ご覧いただけましたでしょうか?」
「うむ。しかし、奴らも厄介な物を作ったな。そのうえ銀河警察との決別を宣言、これはいろいろと面倒なことになるぞ」
「ええ・・・・・・社長、今こそ例のプロジェクトを実行に移すときです」
『例のプロジェクト』。そう聞いた途端、アダムの眉が微かだが上がった。
「まだ時期尚早だ。ネビュラカンパニーの出方を見てからでも・・・」
「それでは手遅れになるかと。これまで我が社は、ネビュラカンパニーやギャラクシーコンツェルンなど、競合他社のビジネスには一切不介入の立場でした。しかし、ネビュラカンパニーの立ち位置が大きく変わった今では、これまでのやり方は通用しません。社長、どうか現実的なご判断を」
ファルコの言葉に、アダムは目を閉じて考え込んだ。やがて開かれた彼の目には、ある決意が宿っていた。
「よかろう。ファルコ、君の目を信じよう」
「ありがとうございます。私も直ちに、地球を離れます。では・・・」
その言葉を最後に、ファルコからの通信は打ち切られた。アダムは小さくため息をつくと、ある人物に連絡を取る。
「面倒なことになったぞ、ガモン。ネビュラカンパニーの声明は見たか?」
「ああ、あれには驚かされた」
アダムからの電話を受けたガモンが、目を底光りさせながら言葉を続けた。
「しかし、ある意味ではこれは好機だ。虹崎誠人のユナイトの力、どこまで進化するか見定めるとしよう・・・」
☆☆☆
その夜。刑事達が放ったプラモデロイドが周辺を警備する中、虹崎家では重苦しい雰囲気で夕食の時間を迎えていた。
「少年、来ないね・・・・・・キリア、もう一度呼んできて」
「はぁ・・・もう四回も呼びに行ったよ?今度はカグラが呼んできてよ」
おかずのロールキャベツを口に運びながら、キリアがうんざりした様子でカグラに言葉を返す。するとその返事が癇に障ったのか、カグラがテーブルをガンと叩いた。
「あんた、先輩に対してその口の利き方は何だい!?」
「何よ!先輩だからって、何でもかんでもキリアに押し付けないでよ!」
「落ち着けって。お互いイラついてんのは分かるけど、内輪もめしたってしょうがねえだろ」
二人の喧嘩を見かねたディアナが、両者の間に割って入った。彼女の言葉を受け、ヒートアップしていたカグラ達が落ち着きを取り戻す。
「ごめん・・・つい、かっとなった・・・」
「キリアも・・・こっちこそごめんね、カグラ」
その時、ミナミが意を決したような表情で立ち上がると、誠人の部屋に向かい始めた。声をかけようとしたレイだったが、ソフィアに制止されてその言葉を飲み込む。
「誠人さん?・・・私です、入っていいですか?」
「ミナミ・・・」
ノックと共に聞こえてきたミナミの声に、誠人は部屋の鍵を開けようとした。だが彼は思いとどまると、ドアの向こうに立つ者に声をかける。
「君は・・・本物のミナミか?まさか・・・死神忍団の刺客、とかじゃないよな?」
「誠人さん・・・?」
思わぬ誠人の言葉に、ミナミは困惑の声を上げた。だがやがて、ふっと哀しそうな表情を浮かべて口を開く。
「そうですよね・・・相手は忍者ですもの。私の声色くらい、真似できてもおかしくないですよね・・・」
どこか自分に言い聞かせるように言うと、ミナミはドアに背をもたれさせてその場に腰を下ろした。
「じゃあ、ここで・・・・・・誠人さん、きっと不安なんですよね?・・・無理もないです。イリスV2の力でも、ライトニングハリケーンのデュアルの力でも、勝てない相手が出てきちゃいましたから」
先ほどの誠人の様子を見て、ミナミは確信していた。誠人がユナイトガントレットを使ったリヤの力に、不安を、そして恐れを抱いていることを。
「でも、どうか安心してください。またあいつが襲ってきたとしても、あなたのことは、絶対に私達が守ります。もし・・・もし、私が最後の一人になったとしても、私は最後まで、あなたのことを全力で守りますから」
ミナミの健気な、そして悲壮な覚悟を宿した言葉が、誠人の胸に突き刺さった。彼はドアに手を触れながら、消え入りそうな声を上げる。
「ミナミ・・・」
「それだけは伝えておきたくて、ここに来ちゃいました。・・・じゃあ、私もう行きます。ごめんなさい、一人でいたいところを、邪魔しちゃって・・・」
ミナミが部屋の前から去ろうとした、次の瞬間。鍵を開ける音が聞こえたと思うと、部屋のドアを開けた誠人が、ミナミの腕を掴んで部屋の中に引き寄せた。
「ま、誠人さん!?」
「ごめん・・・君のこと、一瞬でも疑った僕が馬鹿だった・・・!」
絞り出すような声でそう言うと、誠人はミナミの体を強く抱きしめた。
「君の言う通りだ・・・・・・僕は今、無性に不安で・・・怖いんだ・・・・・・また・・・またあいつが襲ってきたら、僕達に勝ち目はない。今まで・・・今までそんなこと、一度もなかったから・・・!」
これまでも、誠人は何度も窮地を迎えたことがある。イリスの力を分析したイリスキラー、ミナミの体に爆弾を埋め込んだアミー・スターク、シルフィとディアナの実兄にして、イリスの力を剣技に取り入れて襲ってきたマウォルス・ベンブリッツなど、それまでの力では太刀打ちできない強敵にぶつかったことは、今回が初めてではない。だが、それらの敵との戦いでは、まだわずかだが勝つ見込みがあった。そしてその見込み通り、誠人やその仲間は辛くも勝利を手にしてきた。
だが、今回の相手には勝つ見込みが全くなかった。現時点でのこちらの最強戦力であるイリスV2、そしてライトニングハリケーンのデュアルが力を合わせても、リヤ・ソンブラーには敵わなかった。この残酷な事実が誠人の心を蝕み、恐怖という感情で苦しめている。
「誠人さん・・・」
「ミナミ・・・少しでいいから、僕と一緒にいてくれないか?・・・こうして一人でいるのも、本当はすごく怖いんだ・・・・・・」
ここまで憔悴した誠人の姿を、ミナミは初めて見た。彼女は小さな笑みを浮かべると、誠人の体を優しく抱き返した。
「分かりました。誠人さんがお望みなら、私は10分でも、1時間でも一晩でも、こうして一緒にいますから」
「ミナミ・・・ありがとう・・・!」
目から涙を流してその場に頽れながら、誠人はミナミに心からの礼を述べた。その様子を離れたところで見つめていたレイとソフィアが安堵したようにうなずき合い、静かにリビングへと戻っていった。
「ソンブラー様、おやめください。ガントレットの持ち出しには、社長の許可が必要です」
同時刻。ネビュラカンパニーの兵器工場の一つに、部下を引き連れたリヤが押し掛けていた。
「お黙りなさい。社長は私に、虹崎誠人という少年の確保を命じられました。その命を果たすには、なんとしてもガントレットが必要なのです」
「しゃ、社長命令で?そういうことでしたら、直ちに・・・」
リヤを止めようとしていた社員が一転して、ガントレットを取りに走り出す。一方、リヤの側近は怪訝そうな表情で、彼女に問いかけた。
「よろしいのですか、頭領?社長の許可を得ず、このような・・・」
「横槍が入ったとはいえ、私はあの少年の確保に失敗しました。これは我が死神忍団の、ソンブラーの汚点です。汚点は、なんとしても払拭せねば・・・」
どこか鬼気迫る表情で、リヤは側近の問いに答えた。その目には手柄を焦る焦燥と、必ず誠人を捕らえるという執念が宿っていた。




