第26話「言葉の刃」前編
「フュージョントリガー、か・・・・・・まったく、面倒な物を作ってくれたものよ、銀河警察も」
数日後。DOE社のライバル企業・ネビュラカンパニーの社長であるバラム・リーベルトが、手の中の装置をいじりながら苦々しく呟いた。
「これが完成するのが先だったはずが、完全に先を越されたな。・・・虹崎誠人にこれ以上、力を持たれてはかなわん」
と、その時。社長室の電話から、着信音が鳴り響いた。
「はい」
「社長、開発部のラダロ・カーチェスです。たった今、地球に到着いたしました」
頭部を金魚鉢のような球体で覆った一人の宇宙人が、スマートフォンのような端末でバラムと通話を始めた。彼の目の前には、人気のない採石場が広がっている。
「カーチェス・・・確か、新製品のテストを申請していた者だったか?」
「左様でございます。社長、私が開発した言語物質化装置、通称LMD(Language Materialization Device)の有用性を、必ずや証明してみせましょう」
「うむ・・・期待しているぞ、カーチェス。だが気をつけろ。管轄外とはいえ、その星には銀河警察の刑事がいる。テストは決して気取られぬように行うのだ」
「承知いたしました。では、これにて・・・」
バラムとの通話を終えると、ラダロは左腕に身に着けていた装置のボタンを押した。すると彼の姿が、やや肥満気味の中年男性のような姿に変わる。
「さて、実験開始といきましょう。どれだけの力を発揮してくれるか、見ものですね・・・」
どこか意地汚い笑みを浮かべながら、ラダロはある物を右手に握りしめた。それは花びらのような形をした、銀色のネックレスであった。
「お邪魔しまーす!ミュウ、遊びに来たよ!」
数時間後。キリアが学校帰りの誠人とミナミを連れ、ミュウとカグラの家を訪れていた。
「あれ・・・?ミュウ、いないの?」
「留守、ってことはないよな・・・家の鍵、開いてるし・・・」
「聞こえてないんじゃないですか?ミュウ、出てきなさい!久々に先輩が来たんです、ちゃんとおもてなしをしなさい!」
「おい、何様だお前は・・・ん?」
ミナミに冷めた声でツッコんだその時、誠人は家の中からかすかな声のようなものを聞いた気がした。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「しっ・・・なんか、声みたいなの聞こえないか?」
「確かに・・・これ、ミュウの声だよ!」
キリアはそう確信すると、すぐに家の中に駆け込んだ。慌ててその後に続いた誠人達が目にしたのは、居間で一人泣きじゃくるミュウの姿だった。
「ミュウ!どうしたの、一体!?」
キリアが叫ぶように問いかけると、ミュウは涙に濡れた瞳を彼女の方へ向けた。
「キリアちゃん・・・ボクはもう悔しくて悔しくて・・・」
か細い声でそう口にすると、ミュウは大声をあげて泣き始めた。一瞬ミナミと顔を見合わせると、誠人はミュウの肩に手を置いて問いかけた。
「何かあったんだな?・・・落ち着いたらでいいから、詳しく話してくれないか?」
ミュウは涙を手で拭うと、小さくうなずきながら話し始めた。
「ボク、昼間街で買い物をして、帰りは電車を使ったんだ。そしたら・・・同じ車両に、マナーの悪い高校生達がいて・・・」
話は、一時間ほど前に遡る。
「ふぅ・・・珍しい物一杯買えたな、満足満足」
街でのショッピングを終え、ミュウは上機嫌で帰りの電車に乗り込んだ。すると近くから、数人の高校生のグループが大声で話す声が聞こえてきた。
(うるさいな・・・ここ、電車の中なのに・・・)
近くの乗客も多くが迷惑そうな顔をしていたが、誰も咎める者はいなかった。程なく電車はミュウが降りる駅に到着し、偶然その高校生達も電車を降りることになったのだが、そのうちの一人が飲んでいたジュースの缶を座っていた席の足元に置き、何事もなかったかのように電車を出ていった。
「あ・・・ちょっと、待って!」
さすがに見かねたミュウが、空き缶を手に高校生達に叫びかけた。その声に振り向いた高校生達が、キョトンとした顔でミュウに問いかける。
「はい、何ですか?」
「これ、わざと電車の中に置いてったでしょ?ゴミはちゃんと捨てていかなきゃ」
ミュウが空き缶を置いていった高校生に差し出すと、彼はめんどくさそうな顔でそれを受け取った。すると次の瞬間、彼は空き缶を無造作に投げ捨て、得意げにミュウに向き直った。
「はい、捨てた。これで満足?」
「ちょ、ちょっと!ほら、あそこにゴミ箱あるんだから、ちゃんとそこに捨てなきゃマナー違反だよ!」
「あーもう、めんどくせえなあ。髪の毛緑に染めてるような奴に、マナーとか何とか言われたくねえよ。なあ?」
男子生徒の発言に、仲間の高校生達が馬鹿にしたような笑い声をミュウに浴びせた。それを受けて、ミュウが顔を真っ赤にして反論する。
「こ・・・これ地毛だもん!それに、さっきだって電車の中で大声出して、周りに迷惑だったよ!」
「あれ?よく見りゃそれ、カラコン?どこの学校の子か知らないけどさ、染髪にカラコンとか普通に駄目じゃね?」
「だよな~。そっちだってマナーに問題ありまくりなのに、俺達だけ責めれらてもなあ」
「そうそう。それに、さっきだって誰からも文句言われなかったし。あんたの意識無駄に高すぎるんじゃない?」
高校生達の心ない言葉が、ミュウの胸に容赦なく突き刺さった。周りを歩く利用客達は面倒に巻き込まれるのを避けてか、誰一人ミュウの味方に立とうとしない。
「うっ、うっ・・・うわあああああああああああああん!!」
とうとうミュウの心が限界に達し、彼女は泣き声を上げながら逃げるようにその場を走り去った。そんな彼女の耳に、空き缶を置いていった少年の言葉が嫌でも飛び込んできた。
「あー、ウザい奴だった。行こうぜ、気分悪くなったわ」
「何それ!?絶対許せない!ミュウ、その駅どこ!?ゴールデンホークを使って、そいつらの足取り追っかけてあげる!」
ミュウの話を聞き終えたキリアが、顔を真っ赤にして怒りながら金切り声を上げた。
「待てよキリア。銀河警察からの支給品を、私情で使っちゃだめだろ?」
「そうですよ。それに、なんて情けない話ですか、ミュウ。素人に泣かされる刑事なんて、前代未聞ですよ?」
ミナミが呆れたような顔で言うと、ミュウは声を震わせながら応えた。
「だ、だって・・・ボク、あまりにも悔しくて・・・」
「ミナミ、その辺にしとけ。・・・ミュウ、マナー違反を注意したのは偉かったと思うぞ。最近そういうこと、指摘できる人間が減ってきてるから」
「そ、そうかな?・・・ありがとう、誠人君」
誠人が慰めるようにミュウの頭を軽く頭を撫でると、彼女は顔を赤くしながら礼を述べた。するとそれを見たミナミが、別の理由で顔を真っ赤にして叫ぶ。
「あー、ズルいですよミュウ!誠人さん、私の頭も撫でてください!ほら、いつものお礼と思って!」
「急に恩着せがましいこと言うな。・・・でもまあ、ちょっとくらいなら」
さめた口調で言いながらも、誠人はミナミの頭を軽く撫でた。するとそれを見て、今度はキリアまで大声を上げる。
「ああ、二人ともズルい!お兄ちゃん、キリアもキリアも!」
「はいはい・・・もう、なんでこうなるんだ・・・?」
☆☆☆
誠人がため息をつきながら三人の頭を撫で始めたのと、同時刻のこと。先ほどミュウにゴミ捨てを注意された高校生が、自宅へと戻っていた。
「ただいま・・・」
「悟史!予備校の先生から電話があったわよ。あんた最近、予備校に行ってないそうじゃない!」
家に帰るなり、母親の怒声が勢いよく浴びせかけられた。悟史と呼ばれた少年は一瞬しまったという表情を浮かべたが、すぐに大声で母親に言い返す。
「うるせえな、そんなの俺の自由だろ!?一々口出しすんじゃねえよ、うざってえな!」
「何よ、その言い草は!?あんた、今まで一体、誰が予備校のお金払ってやったと思ってんのよ!」
「ああもう、うるせえ!とにかく、俺はもう二度とあんなとこ行かねえからな!」
「あ、悟史!」
母親の制止も聞かず、悟史は家を飛び出した。彼はしばらく走り続けると、近くにあったコンクリートの塀を怒りに任せて蹴り飛ばした。
「クソばばあ!ああ、腹立つな・・・!」
「おやおや。どうやら憎い相手がいるようですね、あなた」
突然、悟史に声をかけた者がいた。それはラダロが姿を変えた、肥満気味の中年男性だった。
「え?・・・ま、まあ・・・」
「なら、これを使ってごらんなさい。使い方は簡単。それを首から下げて、憎い相手に強い言葉を浴びせるだけ。それだけで、その相手はもう二度と、あなたに生意気なことを言わなくなるでしょう」
そう言うと、バラムは悟史に花びら型のネックレスを差し出した。それが何なのかはよく分からなかったが、悟史はそれを手に取ってしまった。
「では、私はこれで。あなたがそれをどう使うか、期待していますよ」
意味深な言葉を残すと、ラダロは悟史の前から去っていった。そして人気のない路地に入り込むと、彼は左腕の機械を操作して宇宙人としての本性を露わにする。
「ふっふっふ、早くもサンプルの半数を配り終えましたね。さーて、早くその力をおがみたいものです、ふふふ・・・」
満足そうな笑みと共に言うと、ラダロは手にしたタブレットのような端末に目を向けた。そこには彼が配ったネックレスの現在位置が、赤い点印で画面に表示されていた。
☆☆☆
「でも、よかった。ミュウが元気になってくれて」
数時間後。ミュウの家を後にしたキリアが、誠人達に安堵の表情で告げた。
「そうだな。あの様子なら、もう大丈夫だと思う」
「そうそう、ミュウのことなんてほっといて、誠人さん、もう一度私の頭をなでなでしてください!」
「なんでそうなる?・・・ん?」
頭を押し当ててくるミナミにため息をつこうとしたその時、誠人はある光景をその目に捉えた。それは道の真ん中で大声で喧嘩する、若いカップルの姿だった。
「もう、信じらんない!なんでこういう時に限って財布忘れんのよ!?」
「そういうお前だって、1000円しか持ってきてなかったじゃんか!いつも俺の財布ばっか頼ってんじゃねえよ!」
「うるさい!」
女性が大声で男性に叫び返した、次の瞬間。彼女が口にした言葉が形を持つ文字となって、男性に向かって飛んでいった。
「うわっ!」
その文字が体に直撃し、男性は大きく吹き飛ばされた。それを見た周囲の者達がざわざわと声を上げ、女性は驚いたように自分の口を両手でふさぐ。
「何だ、今の・・・?」
「分かりません・・・でも、言葉が実体化しましたよ・・・!」
誠人達も驚きの声を上げながら、倒れこむ男性のもとに駆け寄った。彼の足元には、『うるさい』という文字のオブジェが転がっている。
「大丈夫ですか?・・・あの、今のは一体・・・?」
「分からない・・・でも、これをつけてちょっと大声出しただけで、ま・・・正弘が・・・!」
誠人の問いかけに、女性はおろおろしながら身に着けていたネックレスを首から外した。
「これは・・・?」
「も・・・もらったの。これをつけて大きな声を出すだけで、もう喧嘩に負けることはない、って言われて・・・」
女性が声を震わせながら、誠人にネックレスを差し出したその時――
「おーおー、これはいいですねぇ。言葉の物質化、及びそれに伴う相手への攻撃、確かに可能と実証されました」
どこからか現れたラダロ・カーチェスが、満足そうに声を上げた。すると彼の目の前で、男性の近くに落ちていた物質化された文字が、煙のように消滅する。
「な・・・何だお前は!?」
「ふむ、物質化された文字が実態を保てるのは、わずか数秒ですか。これはまだ、改良の余地がありそうです」
誠人の言葉を無視しながら、ラダロが興味深そうにつぶやく。そんな彼に業を煮やし、ミナミがGPブレスを突き付けて問い詰める。
「質問に答えなさい!あんた、一体何者なんですか!?」
「おや、銀河警察!はあ・・・こんなに早く、遭遇することになろうとは・・・」
「ため息をつくってことは、見つかっちゃまずいことやってたんだな?一体、何をしでかしたんだ!?」
ミナミに続き、誠人もGPブレスを構えてラダロに突き付ける。ラダロは肩をすくめながら、はぐらかすように言った。
「さあ、一体何でしょうね?とにかく、私はここから退散します。あなた方の相手は、彼らに任せましょう!」
ラダロは手にした数個のカプセルを、目の前に向かって投げつけた。するとそのカプセルが光を放ち、それが収まると同時に二足歩行のロボットが数体、誠人達の前に立ちはだかった。
「さあ行きなさい、コマンドロボット!・・・では、私はこれで・・・」
「ま、待て!」
コマンドロボットと呼ばれたロボット達が、誠人達に攻撃を仕掛け始めた。その隙に、ラダロは悠々と走ってその場から遠ざかっていく。
「くっ・・・ミナミ、キリア、皆を避難させて!」
イリスバックルを装着しながら、誠人がミナミ達に指示を出した。
「分かりました!・・・誠人さんは、誰と合体を?」
「こういうときは、ソフィアさんがいいだろうな。・・・ソフィアさん、急で悪いですけど、合体いけますか?」
「あら、私に連絡なんて珍しいわね。・・・まあいいわ。呼んでちょうだい、坊や」
誠人はイリスバックルを待機モードにすると、ホルダーからムーンライトのカードを取り出した。そしてロボット達の攻撃をかわしながら、カードをバックルにかざす。
「ユナイト・オン!」
『Read Complete.神秘なる月光!ムーンライトアーマー!』
ソフィアが姿を変えた黄色い鎧が、一瞬でブランクフォームのイリスとなった誠人のもとに飛んできた。そして合体を終えてムーンライトアーマーのイリスになると、彼女は誠人の手を使ってランスモードのプラモデラッシャーを握り締めた。
『なるほど、こういう状況だったのね。なら・・・暴れるわよ!』
イリスはプラモデラッシャーを振るい、コマンドロボットが手にする銃から発射される弾丸を次々と弾き飛ばしていった。そして攻撃の隙をついて一気に相手との距離を詰め、槍を繰り出して敵ロボットを貫き、または斬り裂いて破壊していく。
「こっちです!早く逃げてください!」
「早く逃げて!・・・あ、あいつ!」
イリスが戦闘を始めると、ミナミとキリアが周囲の人々を避難させ始めた。そのさなか、キリアがちらと視線を向けると、ラダロは人間に化けて人ごみに紛れようとしていた。
「逃がさない!」
キリアは高速移動で一気にラダロとの距離を詰めると、彼に跳びかかってその体を押さえつけようとした。その拍子に、ラダロが手にしていたタブレットが地面に落ちる。
「な、何です!?邪魔です、どきなさい!」
だが、ラダロもやられてばかりではなかった。彼は手にしたスタンガンのような物をキリアに押し当て、彼女がひるんだ隙にその場を走り去り、その姿を消した。
『秘技・光刃一掃!はあっ!』
一方のイリスはルナスネークを武器に合体させ、刃の先にソフィアの念力が姿を変えた黄色い光を纏わせた。そして槍を勢いよく振るうと、強化された刃で残るコマンドロボット達をまとめて斬り裂き、一掃することに成功した。
「ふう、これで一件落着。・・・とはいかないみたいね、坊や」
イリスの変身が解除され、合体が解かれると、ソフィアが誠人に声をかけた。
「ええ。落着どころか、事件はまだ始まったばかりです。一体、何がどうなって・・・」
「もしかしたら、これが役に立つかもよ、お兄ちゃん」
駆けつけたキリアが、ある物を誠人に差し出す。それは先ほどラダロが取り落とした、タブレット状の端末であった。
「お手柄だぞ、キリア。・・・よし、さっそく、これについて調べてみましょう」
キリアの頭を撫でながら、誠人が声を上げたその頃。都内某所のマンションの一室で、とある椿事が巻き起こっていた。
「きゃっ!・・・悟史、今の一体・・・」
突然、息子の叫び声が文字となって襲い掛かってきた。その事態を把握できない母親に、悟史が得意げな笑みを向ける。
「すげえ・・・おいばばあ、今度俺になめた口きいたら、またお見舞いしてやんぞ。分かったか?」
母親の怯えたような視線が、悟史の心を満足させた。彼は首から下げたネックレスに触れると、微かに震える声で呟いた。
「これさえあれば、もう何も怖くねえ。・・・ツイてるぜ、本当によ・・・」




