第19話「非情なる罠」前編
「なるほど。では、当社のソルジャーロイドを100機、そしてショッキングボムを2ケース購入されるということで・・・よろしいのですね?」
誠人がミナミと外出の約束を取り付けた、まさにその頃。銀河の片隅を航行する宇宙船の中で、DOE社のエージェントであるファルコが、ある人物と商談をしていた。
「ええ、支払いは現金で前払いいたします。・・・私の目的は、ご存知ですね?」
ファルコと対面する紫の髪の若い女が、念を押すように問いかけた。
「ええ、もちろん。お姉さまの仇である銀河警察の刑事を倒すと聞きましたが・・・今時仇討ちとは、珍しいことをなさるのですね」
「それを聞いて声色一つ変えないとは、さすがDOE社のエージェントですわ。他の会社のエージェントなんて、銀河警察の名前を出した途端、震えあがって取引を中止したというのに・・・」
「その点はご心配なく。我がDOE社は、お客様の事情には一切関知いたしません。我が社の製品を買っていただけるのであれば、どなたとでも取引いたします」
「それを聞いて安心しました。では、こちらがその代金です」
女が差し出したアタッシュケースの中身を、ファルコはしかとその目で確かめた。彼はものの数秒でケースを閉じると、懐から取り出した書類を女に渡す。
「では、納品書を先にお渡ししましょう。商品は1時間以内にご用意いたしますので、しばらくこちらでお待ちください」
そう言い残し、ファルコは部屋を後にした。女は一人になると、首から下げたロケットを開け、その中に収められた若い女の写真をじっと見つめた。
「もうすぐ、仇が取れるから・・・・・・待っててね、お姉ちゃん・・・」
「ミナミ様に勉強を?ご友人の家で?」
その夜。夕食の席で、誠人がシルフィ達に明日の予定を告げた。
「はい。ミナミの奴、1学期の成績があまり思わしくなくて。他の友達ともども、勉強を教えてくれって、前からうるさかったものですから・・・」
もちろんこれは、明日二人きりで外出するための口実に過ぎない。だが誠人の言葉通り、1学期のミナミの成績はお世辞にも良いものだったとは言えず、事あるごとに勉強を教えてくれと頼まれていたのもまた事実だった。
「ふーん。でもさ、ミナミは別に勉強しなくてもいいんじゃない?高校生はあくまで仮の姿だし、万一留年しても転校ってことにして、姿をくらましちゃえばいいんだし」
キリアが無邪気ながらも、誠人とミナミの心胆を寒からしめる言葉を口にした。レイもそれに続いて声を上げる。
「それに、勉強だったら私が教える。βは自分の勉強に専念した方がいいんじゃない?」
「レ、レイに教えてもらうよりも、誠人さんに教えてもらった方がやる気が出るんですよ!」
「・・・とまあ、本人もこんな感じなので、一日くらいだったら付き合ってもいいかな、って思って」
ミナミに助け舟を出した誠人だったが、彼も内心ではこの嘘がばれないかとひやひやしていた。・・・もしかしたら、とっくにばれているかもしれないが。
「そうですか・・・では、明日は一日ご不在ということで、よろしいのですね?」
そんな二人に、シルフィが納得したように問いかけてきた。内心ほっと溜息をつきながら、誠人がその問いに答える。
「ええ、まあ・・・一日と言っても、友達の家にいられる間だけですけどね」
「承知いたしました。・・・ミナミ様、明日はお坊ちゃまをお願いいたしますね。いつ何時、お坊ちゃまを狙う不届き者が現れるか、分かりませんから」
「そ、そりゃあもう!私はいろんな意味でやる気満々ですからね!」
とりあえずは、誰にも真相は悟られていないようだった。そして翌朝、まだ気温が上がりきる前に、誠人とミナミは家を後にした。
「じゃあ、家のことはよろしくお願いします、シルフィさん」
「かしこまりました。お気を付けて行ってらっしゃいませ、お二人とも」
慇懃に頭を下げるシルフィに見送られながら、二人は街への道を歩き始めた。徐々に小さくなっていく二人を見つめるシルフィに、その体の中からディアナが話しかける。
『わざと気づいてないふりしただろ、お前?』
「あら、バレてた?・・・お二人とも、嘘をつくのが下手なんだから・・・」
昨晩の時点から、シルフィは誠人達の嘘に気づいていた。そしてそれは、彼女と体を共有するディアナも同様であった。
『"友達の家で勉強”なんて、デートを隠す男女の常套句じゃねえか。・・・でもいいのか?放っといて』
「たまにはいいんじゃない?息抜きをしたって。それに、お坊ちゃまにはミナミ様がついてる。何の心配もないわ」
『だといいがな。でも念には念を、ともいうだろ?』
そう言うと、ディアナはシルフィから体の主導権を奪い取った。そして左腕のGPブレスに、恐竜のような絵が描かれたGPカードをスキャンさせる。
『Start Up、Thunder Tyranno』
電子音声と共に現れた大きなプラモデルが、一瞬で紫の恐竜のようなプラモデロイド・サンダーティラノへと合体した。
「あの二人を見張ってくれ。異変があったらすぐオレ達に知らせるんだぞ。いいな?」
サンダーティラノは一声吠えると、誠人達を追って走り出した。それを目で追いながら、ディアナは誰に言うともなく呟いた。
「さて、何も起きなきゃいいんだがな。・・・まだ、これも渡せてねえしよ・・・」
そう口にしながら、ディアナはその手にある物を握り締めた。それは先日ジョージから送られてきた、二つ目のGPドライバーV2であった。
☆☆☆
それから、数十分後。誠人達は途中で道を変え、たくさんの人でごった返す街へとやってきた。
「さて・・・どこから行こうか?」
「え?・・・いいんですか?私が決めて」
「ああ。君が行きたい所に僕は行く。遠慮することないぞ、どこでも好きな所を言ってくれ」
「い、いいんですか?じゃあ・・・まずはあそこに!」
ミナミが指さしたのは、若い女性に人気のファッションショップであった。そこで彼女は思い思いの衣装に着替え、それを誠人に見せて感想を求めた。
「どうですか、誠人さん!?」
「お、おう・・・いいんじゃないかな、うん」
次々と繰り返される着替えに、誠人の返事は次第にワンパターンになっていった。ミナミは頬を膨らませると、思わず誠人に詰め寄った。
「もう、さっきから五回連続でそれですよ!もっとこう、ちゃんとした感想をください!」
「そ、そうだな・・・・・・可愛いと思うぞ、とても」
『可愛い』。その言葉を聞いた瞬間、ミナミの目が光り輝いた。
「きゃー!誠人さんがそう仰ってくださるなんて!じゃあもうこれにします、明日から・・・いや、もうこのまま店を出ちゃいましょう、誠人さーん!」
「お、おい待て!まずは代金を払ってからだ!」
興奮して手を引っ張るミナミを、誠人は何とか制止した。そして代金を払って店を出ると、今度は二人は映画館に向かった。
「美波さん、僕はあなたのことが・・・」
恋愛映画の主人公の言葉を遮り、若い女性が彼と口づけを交わす。折しも自分と同じ名前のヒロインの恋愛を見ながら、ミナミは一人妄想にふけっていた。
『ミナミ・・・僕は、君のことが・・・』
その妄想とは、自分に告白しようとする誠人の姿であった。そして映画のヒロインよろしく、キスを交わすところまで彼女は思い浮かべた。
(なーんてね。そんなことが、実際にできるかというと・・・)
映画が退屈だったのか、それとも日頃の疲れが出てしまったのか、隣に座る誠人はいつの間にか寝入ってしまっていた。理想と現実のギャップをまざまざと感じ、ミナミは小さくため息をつく。
「え?僕寝ちゃってたのか?」
シアターを出た後、誠人は驚いたようにミナミに尋ねた。
「そうですよ!せっかくいい場面が目白押しだったのに・・・」
「はは・・・僕、相当疲れてるみたい。今まで映画で寝たことなんて、一度もなかったのにな・・・」
そう苦笑いしながら言った誠人だったが、少なからずショックを受けているようであった。そんな彼を励まそうと、ミナミは精いっぱいの言葉をかける。
「それは・・・誠人さんが、毎日勉強を頑張ってらっしゃる証拠です。・・・そうです、今度もう一回観に来ましょうよ。あの映画だったら私、何回でも観られますから!」
「そっか・・・・・・じゃあ、そうするか」
「はい!そうしましょ、そうしましょ!」
誠人とまた出かけられる可能性が増え、ミナミが歓喜の声を上げた、その時であった。
「おりょ?誠ちゃんじゃーん!それにミナミちゃんも!」
同じシアターから出てきた女性が、誠人達に声をかけて駆け寄ってきた。
「ゆ・・・柚音!」
「柚音さん!まさか、同じ映画観てました?」
「うん、どうやらそうみたいだね。『その恋、美しき波の如し』、主役とヒロインが両方日本アカデミー賞を受賞した俳優ってだけで、もう絶対観なきゃ損だよね!」
やや興奮気味にそう口にした柚音だったが、誠人達の姿を見直して含みのある笑みを浮かべた。
「それにしても、まさかここで二人に会うとはね。もしかして・・・デート中?」
「い、いや・・・そういうわけじゃ・・・」
「そ、そうですよ!これは、その・・・誠人さんの勉強の息抜きで・・・!」
「ほーう、否定する割には、二人とも顔真っ赤だけど?」
そう指摘され、たださえ赤かった二人の顔がさらに赤くなった。
「そ、そんなことないさ。・・・い、行こうミナミ!」
「は、はい!じゃあ柚音さん、また学校で・・・」
「あ、ちょっと!」
柚音の制止を振り切り、二人は急いで映画館を後にした。その後ろ姿を見て、柚音は歓喜と落胆の表情を交互に浮かべる。
「ふふっ、いいもの見ちゃった。・・・でも、あたしもそろそろ彼氏ほしいなあ・・・・・・」
「ふう・・・なんとかかわせたな、ミナミ」
数分後。映画館を出た二人は、通りで後ろを何度も確認しながらほっと一息ついた。
「ええ・・・まさか、柚音さんと会うことになるなんて・・・」
「あいつ、興味を持ったことはとことん嗅ぎまわるからなあ。まあ、あいつはレイさん達とは接点がないからいいけど、友達の家で勉強するってのが嘘とバレたら・・・」
「バレたら・・・面白いことになりそうね」
その時、二人の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。二人がギクッとしながら振り返ると、そこには日傘をさしたソフィアの姿があった。
「ソ、ソフィア!なんだってよりにもよってあんたがここに!?」
「あら、私はたまたまあなた達を見つけただけよ。・・・それより坊や、今面白いこと言ってたわね。もしかしてだけどあなた達、レイ達を騙して二人きりで遊んでるわけ?」
「だ・・・騙してなんて人聞きが悪い!僕達、これから友達の家に行くつもりだったんですよ!」
「そ、そうです!これはいわば、その・・・気合を入れるためのウォーミングアップってやつで!行きますよ、誠人さん!ソフィア、このことレイ達に言ったらただじゃおきませんからね!」
誠人の手を引きながら、ミナミは大股でその場を後にした。その背中を見ながら、ソフィアが小さく笑って声を上げる。
「言われなくても黙っててあげるわよ。私、そこまで無粋な女じゃないもの」
「ふう、はあ・・・まったく、今日はとことんついてませんね、私達・・・」
さらに数分後。人気のない公園に辿り着き、ミナミがベンチに座って苦々しい顔で言った。
「そうだな・・・よりにもよって、ソフィアさんに出くわすとは・・・」
「・・・誠人さん。もう、そろそろ家に帰りませんか?それで、本当に二人で勉強するなんて・・・どうでしょう?」
突然、ミナミが思いがけない提案をしてきた。それに驚き、誠人が思わず上ずった声で問いかける。
「な・・・どうした、急に?」
「だって、もしこれ以上知ってる誰かに会っちゃって、それがきっかけで嘘がばれちゃったら、誠人さんに迷惑をかけるだけですもの。だったら私・・・大人しく、家で引っ込んでます。宿題したり、レイやキリアとゲームとかして、することのない今日の残りを、なんとか乗り切ってみせます」
それがミナミの本心でないことくらい、誠人は十分理解していた。彼は小さくため息をつくと、ミナミの肩に手を置いて言った。
「気遣ってくれてありがとう。でも、僕も決めたんだ。今日は、君と一緒にいるって。最初に言ったろ、遠慮なんてすることないって。もし・・・もし嘘がばれちゃったとしても、その時の責任は僕が負うよ」
「誠人さん・・・」
そう口にした誠人の目は、文字通り揺るぎのない決意が宿っていた。ミナミはそっと目頭を拭うと、自分の希望を正直に口にした。
「なら、一つだけ・・・一つだけ、やりたいことがあるんです。それができたら、もう心残りは何もありません」
「やりたいこと?」
誠人の問いかけにうなずくと、ミナミはズボンのポケットから一枚のGPカードを取り出した。
「一緒に・・・・・・走ってもらえませんか?」




