第17話「その強さ、迅雷の如く」後編
翌朝。起床した誠人の耳に、何かを掃くような音が聞こえてきた。
「ん・・・?庭、か・・・?」
寝ぼけまなこで、誠人は庭の方へと歩いていく。そこで目にしたのは、長柄の箒で落ち葉をまとめるシルフィの姿であった。
「シ・・・シルフィさん!」
「あっ・・・おはようございます、誠人お坊ちゃま」
誠人の姿を見ると、シルフィは掃除の手を止めて慇懃に頭を下げた。
「どうしたんですか?こんな朝早くから」
「家政婦の仕事に、早朝も深夜もございませんので。・・・しかし、今日は来るのが少し早すぎたようですね。玄関に鍵がかかっておりましたので、何かできることをと思っておりましたところ、庭に箒を見つけまして・・・」
「それで、掃除を?・・・わざわざ、すみません」
「いえ。起こしてしまうのも、申し訳ないと思いまして・・・」
誠人はすぐに着替えると、玄関の鍵を開けた。そしてシルフィを迎え入れると、共にキッチンに立つ。
「じゃあ、朝食と僕達のお弁当を作るの、手伝ってもらえますか?」
「ええ、もちろんです!」
シルフィは張り切りながら、朝食と弁当作りを手伝い始めた。しばらく黙々と仕事をしていたシルフィだったが、ふと誠人に問いかけてきた。
「あの・・・ソフィア様は、あの後大丈夫だったでしょうか・・・?」
「それが・・・・・・ディアナさんにおばさんって呼ばれたのが、よほどショックだったみたいで。まだ、寝込んだままで・・・」
誠人の言葉通り、一晩明けてもソフィアの心の傷が癒えることはなく、彼女はずっと布団に横になってうわごとを唱え続けていた。それを知ると、シルフィは申し訳なさそうに誠人に頭を下げた。
「申し訳ございません。ディアナにはあの後きつく言っておきましたので、もうあのようなことは口にしないかと・・・」
「はは、そうですか・・・・・・あの、一つ訊いてもいいですか?」
誠人の問いかけに、シルフィは野菜を切ろうとしていた手を止めて顔を向けた。
「はい。何でございましょう?」
「その・・・・・・シルフィさんって、ディアナさんのことどう思ってるんですか?・・・やっぱり、あまり好きじゃない・・・感じですか?」
『あいつはろくな女じゃない。・・・きっと向こうも、そう思ってるだろうけどよ』
昨日からずっと胸に引っかかっている、ディアナが口にした言葉。それを口にした時の彼女の寂しそうな顔が気になり、誠人は思い切ってシルフィに尋ねてみた。
「・・・誠人お坊ちゃまは、ご自身の手足を嫌いと思われたことはありますか?」
誠人の問いかけに即答することなく、シルフィは逆に誠人に問いかけてきた。その意図を掴みかねつつも、誠人は率直な思いを口にする。
「え?・・・いや、好きとか嫌いとか、そういう風に考えたこともないです・・・」
「そうでございましょうね。多くの人にとって、手足というのは生まれつき持っているもの。失くして初めてその大切さに気付くことはあるかもしれませんが、よほどのことがない限り、それをあって当たり前のものと思って、好悪という感情を抱くことは少ないと思います」
そこで一旦言葉を切ると、シルフィは自分の胸にそっと触れた。
「私にとって、ディアナはそういう存在なのです。私と彼女は生まれた時から、いつも一緒に過ごしてきました。彼女はいて当たり前の存在、彼女がいない人生など、考えたこともございません。・・・確かに、色々振り回されることはございますが・・・・・・私は、あの子を嫌いと思ったことは、一度もございません」
そう口にしたシルフィの表情は、文字通り大真面目なものであった。その言葉が彼女の本音と悟り、誠人は思わず安堵の声を上げる。
「そうですか・・・・・・なら、よかった・・・」
「・・・もしかして、またあの子が何か言ったのですか?」
「あ、いや・・・ただ、ディアナさんが出るたびに喧嘩になってたから、つい嫌いなのかと思って・・・」
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。私とあの子は、いつもああなのです。あまり、お気になさらないでください」
「そうなんですか・・・分かりました、少しずつ慣れていきます」
バツが悪そうな笑みを浮かべたシルフィに釣られ、誠人も思わず小さな笑みを浮かべる。そんな二人の様子を、キッチンのドアの隙間からミナミとキリアがのぞいていた。
「かーっ、何ですかあれは?いかにもいい雰囲気になっちゃって・・・!」
「でも、シルフィディアナのことが嫌いじゃないみたいだね。・・・もしかしたらお兄ちゃん、ずっとそれが気になってたのかも」
「そんなこと知りませんよ。ディアナといいシルフィといい、私の最愛の誠人さんに・・・うわっ!」
と、その時。どこからか飛んできたシルフィのプラモデロイド・ウィンドペガサスが、ミナミの頭上を猛スピードで通り過ぎていった。驚きのあまり転倒するミナミに巻き込まれ、キリアもその場に尻餅をつく。
「いった~い・・・もう、ミナミの馬鹿!」
「な・・・!先輩に馬鹿とは何事ですか、キリア!?」
喧嘩を繰り広げる二人をよそに、ウィンドペガサスは一直線にシルフィのもとに飛んでいき、彼女の周囲を飛び回った。
「これは・・・確か、シルフィさんの・・・」
「ええ、私のプラモデロイドでございます。・・・何か、あったのね?」
シルフィの言葉に応えるように、ウィンドペガサスはその目に記録した光景を二人の前に映し出した。そこには刺々しい外見の黒い鎧を着込んだ、一人の宇宙人の姿が映されていた。
「レグ・・・クリムゾン・・・!」
「それもここ・・・家の近くだ!マズい・・・奴が来る・・・!」
槍を両手に持って大股で歩くレグを見て、誠人は戦慄に声を震わせた。一方のシルフィは肚を固めると、キッチンのドアに向かって歩き始める。
「シルフィさん、どこへ・・・?」
「あの者の所へ。・・・彼を取り逃がしたのは、私達の失態ですので」
「でも、一人じゃ無茶です。あいつ、昨日とは何か様子が違う。もしかしたら、昨日よりも強くなってるかもしれません。・・・僕も行きます」
「いけません。敵の狙いは、誠人お坊ちゃまです。お坊ちゃまは、ここで私が帰るのをお待ちに・・・」
『ああもう、グダグダうっせえな、お前は』
シルフィの体からディアナの声が聞こえ、次の瞬間シルフィが苦しそうに胸を押さえた。
「うっ・・・ディア、ナ・・・!」
『本人が行きたいっつってんだろ?だったら・・・お望みどおりにしてやろうぜ』
「だ・・・黙りなさい!あなた、私達の任務を何だと思って・・・!」
必死に抵抗するシルフィだったが、それも無駄なあがきだった。ディアナはものの一瞬で、彼女から体の主導権を奪い取ることに成功した。
「ふう・・・おいボウズ、お前本当に行くんだな?」
「ええ・・・僕を守るために戦うシルフィさんを、一人にはできません。僕も・・・僕にできることを・・・!」
そう答えた誠人の目には、確かな覚悟が宿っていた。それを見て、ディアナがふっと笑みを浮かべる。
「いいさ、来いよ。でもな、自分の身は自分で守れよ?ガキじゃねえんだ、そこまで面倒見られねえ」
「分かってます。じゃあ・・・行きましょう」
誠人はディアナと共に、キッチンを出てレグのもとに向かい始めた。喧嘩していたミナミとキリアも、それを見て慌てて二人の後を追い始める。
「来たな、虹崎誠人。それに・・・そうだ、あいつだ・・・!」
家を出て5分と経たぬうちに、誠人達とレグは対峙することとなった。レグは狂気をはらんだ目で、ディアナを睨みつけて槍を突き付ける。
「貴様だけは許さん。弟の仇だ、覚悟しろ!」
「はっ!言うことだけはいっちょ前だなあ、犯罪者が!」
「ディアナさん・・・やっぱりあいつ、昨日とは何かが違います」
レグが身に纏っているのは、ファルコから購入したAODであった。鎧はレグの生命力を吸収し、時折各部が紫色の輝きを放っている。
「油断せず、慎重に戦った方が・・・」
「はっ!それはそれでおもしれえじゃねえか。どの道やることは一つだ、こっちは全力で行かせてもらうぜ!」
GPドライバーV2を装着すると、ディアナはベルトのホルダーからライトニングのカードを取り出した。一方の誠人もイリスバックルを装着し、グランドのカードをホルダーから引き抜く。
「行くぞ、ミナミ」
「ええ。ディアナに手柄全部持ってかれるのも、癪ですしね・・・!」
誠人とディアナはそれぞれのベルトを操作し、待機モードにした。そしてほぼ同時に、誠人はカードをベルトにスキャンさせ、ディアナはカードをベルトに挿し込む。
「ユナイト・オン!」
「アーマー・オン!」
『Read Complete.震える大地!グランドアーマー!』
『Read Complete.迅雷!激雷!強雷!アーマーインライトニング!ライトニング!』
二人は同時に銀河刑事の姿となると、それぞれの武器を手にレグに向かって駆け出した。レグもソルジャーロイドを召還し、自らも槍を振るってデュアルに挑みかかる。
「さて・・・AODの力があの二人に通用するか、見届けさせてもらいましょう・・・」
AODをレグに授けたファルコが、近くの建物の屋根から戦況を見守る。その彼の眼前で、デュアルはレグと、イリスとキリアはソルジャーロイド達と、激しい戦いを繰り広げることとなった。
「貴様!貴様だけは・・・許しはしない!」
手にした槍を高速で繰り出しながら、レグがデュアルに叫びかけた。その攻撃をハンマーモードのプラモデライザーで受け止めながら、デュアルが悪態をつく。
「くっ・・・昨日より、大分強えじゃねえか・・・!」
「当然だ!俺はこの戦いに命をかけている。この鎧が・・・命と引き換えに、俺の力を増してくれているのだ!」
一瞬よろめきながらも、レグは再び目にもとまらぬ速さでデュアルに襲い掛かった。彼は肉体の限界をはるかに超えたスピードでデュアルを翻弄し、その隙をついて攻撃を繰り出し続ける。
「うあっ!くっそ・・・!」
手にしたプラモデライザーを握り直しながら、デュアルが周囲を窺って敵の攻撃に備える。レグはその背後から、一気に接近して槍を繰り出した。
「死ね!」
確実に仕留めたと、レグはこの時確信した。だが彼が繰り出した渾身の一撃は、後ろを向いたままのデュアルの右手にしっかりと受け止められていた。
「な・・・馬鹿な!」
「はっ、馬鹿はてめえだ。鎧ってのは、命を守るために着るもんだろうが。その鎧に命を差し出すような奴に、オレが負けると思うなよ!」
デュアルは右手に掴んだレグの槍を片手でへし折ると、振り向きざまにプラモデライザーによる怒涛の攻撃をお見舞いした。ハンマーの重い一撃一撃がレグの体に炸裂し、その度にAODから火花が飛び散る。
「オレはな・・・負けるわけにはいかねえんだよ!オレの負けは・・・シルフィの負けだ。確かにろくでもねえ奴だけどよ・・・・・・それでも、オレはあいつのために負けられねえ!」
(ディアナさん・・・・・・そうか、あなたも・・・!)
ハンマーを力いっぱい振り回して叫んだデュアルを見て、誠人はあることを確信した。同時に一体のソルジャーロイドが背後から襲ってきたが、次の瞬間飛んできた一発の光弾がその体に命中し、爆発させた。
「・・・!ソフィアさん!レイさん!」
「おはよう、坊や達。今日の私は機嫌が悪くてね、悪いけど一暴れさせてもらうわよ」
振り返ったイリスに言葉をかけると、ソフィアは自身に迫るソルジャーロイド達に向かって両手を突き出した。するとソルジャーロイド達の体が黄色い光に包まれてその身動きが封じられ、ソフィアが両手を上げると敵の体が宙に浮かび上がり、上げた両手を勢いよく降ろした瞬間浮かび上がった敵はことごとく地面にたたきつけられて大爆発を起こした。
「私も加勢する。β、ミナミ、一気に決めちゃって!」
レイもGPブレスから光弾を発射しながら、イリスに叫びかけた。その言葉を受け、イリスはホルダーからフィニッシュカードを取り出す。
「分かりました!ミナミ、いくぞ!」
『了解!』
『Read Complete.Be prepared for maximum impact.』
フィニッシュカードをプラモデラッシャーに読み込ませると、イリスは剣先に大地のエネルギーを凝縮させた。そしてそれが最大まで溜まると、武器のトリガーを引いて剣を振り払う。
『グランドスラッシュ!』
放たれた最大級の威力の一撃が、イリスの周囲を取り囲んでいたソルジャーロイド達をまとめて切り裂き、大爆発を引き起こした。一方のデュアルもハンマーでレグの体を吹き飛ばし、距離が開いたことを利用して武器にフィニッシュカードを装填する。
『Read Complete.Be prepared for maximum impact.』
電子音声が鳴り響くと同時に、デュアルの周囲に落雷が降り注ぎ、そのうちのいくつかがプラモデライザーに宿った。デュアルがハンマーを振り上げると、雷の力が姿を変えた巨大なハンマー型のエネルギーがその先端に現れた。
『ライトニングクラッシュ!』
デュアルはプラモデライザーのトリガーを引くと、振り上げたハンマーを勢いよく振り下ろした。するとハンマーの先端に宿っていた巨大なエネルギーが一気にレグに向かって落下し、その体をAODごと押しつぶしていく。
「うっ・・・ぐっ・・・ぐあああああああああああああっ!!」
断末魔の叫びを上げながら、レグの体は大爆発を起こした。それを見届けると、ファルコは醒めた表情を浮かべてその場を去る。
「ふん・・・復讐に溺れた男の末路など、こんなものですか・・・」
☆☆☆
数分後。虹崎家に戻ると、シルフィは中断していた朝食づくりを再開した。
「うん、これでよし・・・・・・誠人お坊ちゃま、お味噌汁できました」
「ああ、どうも。じゃあ、ご飯といきますか」
程なく虹崎家の食卓に、誠人とシルフィが作った朝食が並ぶ。ミナミとレイとキリア、そして今朝はソフィアもテーブルにつき、朝食が運ばれてくるのを今や遅しと待ち構えていた。
「おお、これはまた朝から豪華ですね、誠人さん!」
「シルフィさんが手伝ってくれたからな。じゃあ、食べよう」
「はい!それではさっそく、いただきます!」
「いただきます」
「いただきまーす!」
ミナミの声を合図に、レイとキリアが朝食に箸をつけ始める。メインディッシュの豚肉と豆腐の冷しゃぶを口にした瞬間、三人の表情が同時にほころんだ。
「これ・・・美味しーい!」
「すごい・・・今まで食べてきたここのご飯も美味しかったけど、これはそれとは別ベクトルの美味しさ・・・!」
「美味しいです、誠人さん!まさに朝の目覚めにちょうどいい一品!」
「いや・・・これ、シルフィさんが作ってくれたんだ。・・・すごく美味しいです、ほんとに」
料理上手の誠人が舌を巻くほど、シルフィが作った冷しゃぶは絶品だった。その言葉を受け、シルフィがほのかに頬を赤らめる。
「そ、そうですか・・・?・・・なんか、照れ臭いです・・・」
「なるほど、これは確かに美味しいわ。・・・昨日のディアナの件、これで帳消しにしてあげる」
冷しゃぶを口にしたソフィアも、上機嫌でシルフィに言葉をかける。その言葉に、シルフィは心からほっとしたような笑みを浮かべた。
「ほ・・・本当ですか!?ありがとうございます、ソフィア様!」
ソフィアに頭を下げると、シルフィも朝食を取り始めた。嬉しそうな彼女の表情を見て、誠人の顔も思わずほころぶ。
(シルフィさんとディアナさん・・・直接伝えたことはないんだろうけど、きっとお互いのこと、大切に想い合ってるんだろうな・・・)
『私は、あの子を嫌いと思ったことは、一度もございません』
『確かにろくでもねえ奴だけどよ、オレはあいつのために負けられねえ!』
この二つの言葉をもう片方の人格が耳にしたか、それは誠人には分からない。だがきっと二人とも、心の底では相手をとても大切に想っている。そんな気がしてならなかった。
「お邪魔しまーす!わあ、美味しそうなごはん!」
「よっ、みんな!今日は美味い朝ごはんでも作ってる気がしてさ、ミュウと一緒に来ちゃったよ」
その時、珍しくミュウとカグラが朝から虹崎家に姿を見せた。急な来訪にもかかわらず、シルフィは弾けるような笑顔で二人を迎え入れる。
「まあ、ミュウ様にカグラ様!少しお待ちを、すぐに食器を用意しますので・・・」
二人分の食器を用意しようと、シルフィが立ち上がったその時。彼女の中から、ディアナが話しかけてきた。
『なんだよシルフィ、そんなに美味い飯作ったんだったら、オレにも少しくらい食わせろよ』
「駄目です。大体あなた、普段ご飯食べないじゃない。急に言われたって、あなたの分は作ってません」
『ああそうかい。だったらこうするまでよ!』
次の瞬間、シルフィの姿は瞬きよりも早くディアナへと変わっていた。彼女はシルフィが食べていた冷しゃぶを見つけると、それを手に取って口の中へとかき込む。
『あ、ディアナ!それは私の・・・!』
「ああ、うっめえ!さっき戦った分腹減ってんだ、これくらい食わせろよ」
『ディアナ!もう、あなたって子は!』
「うっせえな、大体お前はケチなんだよ。たまにはオレにも飯食わせろってんだ、ったく」
「あーあー、また始まりましたね、面倒な喧嘩が」
傍から見れば一人芝居のような二人の喧嘩に、ミナミがうんざりとした様子で声を上げた。
「まあいいんじゃないですか?喧嘩するほど仲がいい、ってことで」
「うん・・・僕もなんだか、そう思えてきた」
ミュウの言葉に応えながら、誠人はシルフィとディアナの喧嘩をどこか微笑ましく見つめていた。この日を皮切りに、虹崎家の朝は今まで以上に騒がしくなっていくのであった。
第17話、いかがだったでしょうか。もしよろしければ、評価やご感想をいただけると幸いです。




