第11話「友のために」前編
「え・・・?母さん、例の刑事とまた会ったの!?」
数時間後。学校から戻った誠人とミナミに、茜は先ほどソフィアと出会ったことを伝えていた。
「ええ、びっくりしたわ。買い物帰りにたまたまいつもと違う道を通ったら、あの刑事さんと再会できたのよ」
「あの、お母様・・・・・・その刑事って、この女ですか?」
ミナミが少し暗い表情をしながら、GPブレスにソフィアの顔写真を映し出す。それを見た瞬間、茜は大きくうなずいた。
「そうそう、この人だったわ!」
「え!?・・・じゃあ、20年前に母さんを助けた刑事、っていうのは・・・」
「ソフィアで間違いないでしょうね。あの女、2年前の一件よりずっと前にも、地球に来たことがあるって言ってましたもの」
「そうなのか・・・」
「あら?その言い方だと、この人誠人君達の知り合いなの?」
「ま、まあね・・・」
今朝方まで繰り広げられたゼロワールドとの戦いを、誠人達は茜に伏せていた。深夜に家を抜け出して戦っていた、などと彼女に知れたら、どんなお仕置きをされるか分かったものではない。
「でも、本当に不思議。あれからもう20年経つのに、全然見た目が変わってなかったんだもの」
「そういえばそうだよね。もし、母さんを助けたのがソフィアさんなら、20年前と同じ見た目ってことになる・・・」
「それは十分あり得ること」
いつからかやってきていたレイが、誠人の疑問に答えるように話し始めた。
「ソフィアが生まれた惑星ブラヌの住民は、一般的なヒューマノイドよりも長命で、老化の速度もかなり遅いの。中には500歳まで生きた人間もいるし、ソフィアの見た目が20年で変わってなかったとしても、全然不思議なことじゃない」
「あら、そうなの?・・・なら、それはそれでいいんだけど・・・」
レイの解説を聞いても、茜は浮かない表情のままだった。それを疑問に思い、誠人が母に問いかける。
「母さん、どうかしたの?」
「あ・・・ううん、大したことじゃないの。ただ・・・そのソフィアって人、母さんのこと覚えてなかったの。ちょっとショックだったかな」
「ま、何十年も長生きしてれば、物忘れの一つくらいするものですよ。それに、あの女に名前を覚えられたところで、いいことがあるとは限りませんからね」
「ミナミ」
どこか棘のある言い方をするミナミを、誠人が軽くたしなめた。そんな二人を尻目に、茜は窓から差し込む夕日に照らされながら、ふとソフィアに思いを馳せた。
「でも・・・あの人にまた会えてよかった。あの人は私にとって、文字通りの恩人と呼べる人だもの」
「お母様・・・」
感慨深い表情の茜とは対照的に、ミナミは複雑な表情を浮かべた。彼女が日陰にいるせいか、いつもよりその顔が暗いように誠人には見えた。
(そうだよな・・・・・・母さんにとっては恩人だけど、ミナミにとってソフィアさんは、仲間を死に追いやった憎い相手だもんな・・・・・・)
その憎しみが誤った認識から生まれたものであることを、誠人はソフィアから聞いて知っている。だが彼女にそう認識させたのは、他でもないソフィア自身である。
(ミナミ・・・君には、今ここで本当のことを話してしまいたい。・・・でも・・・・・・)
『さっき話したことは、絶対にミナミには言わないで』
ソフィアとの約束が、誠人の脳裏に蘇る。彼女の意思を尊重したいと思う反面、ミナミにも真実を知ってほしいというジレンマに、誠人は一人苦しむのであった。
(言えない・・・けど、ミナミには本当のことを知ってもらいたい・・・・・・どうしたらいいんだ、僕は・・・・・・)
☆☆☆
「へえ、これがゴルドスタインにいた頃のキリアちゃんか」
ゼロワールドとの戦いから、数日後のこと。カグラの家を訪れたキリアが、ゴルドスタインから持ってきた私物のスマートフォンに収められた写真をミュウに見せていた。
「そう。これは中学校を卒業した記念に撮った写真で、キリアの隣に写ってるこの子が、一番の友達だったミル」
キリアはそう言うと、自分の隣に立つ銀髪を背中まで伸ばした少女を指さした。
「この頃が懐かしいな・・・・・・ミルのお父さんもゴルドスタインでは有名なお金持ちで、キリアのお父様とはライバルみたいな関係だったの。それでもお互いの仲は良くて、子供のキリア達も親友同士になったってわけ」
「なるほどね。・・・そのミルちゃんとは、今でも連絡とってるの?」
そうミュウが問いかけると、キリアは少し表情を暗くして首を横に振った。
「ううん・・・最近は、ほとんど連絡とってないの。ゴルドスタインって、中学卒業したらみんな働き出すから、そのお仕事が忙しいのかな。たまに連絡しても、全然返事くれないの」
「そっか・・・・・・ごめんね、変なこと訊いて」
場の空気が重くなったのを悟ったのか、キリアはからっと明るい表情になった。
「ううん、気にしないで。昔の友達とは疎遠になっちゃったけど、今じゃこーんなに大好きな友達ができたもん!」
そう陽気に言いながら、キリアはミュウの肩を抱いた。その言葉を受け、ミュウが気恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「ボ、ボク・・・?」
「そう、ミュウ!・・・ねえミュウ、キリア達、ずっと友達でいようね?」
訴えかけるようなキリアのまなざしに、ミュウは顔を真っ赤にしながら言葉を返した。
「も・・・もちろん!ボクとキリアちゃんは、何があっても、どんなに離れてても、ずっと友達だよ!」
「嬉しい!ありがとう、ミュウ!」
キリアは歓喜の声を上げると、ミュウの体に抱き着いた。するとその時、三人分のコーヒーとお菓子を持ってきたカグラが、二人がいる部屋に入ってきた。
「うわお・・・・・・まあその、なんだ、仲良きことは美しきかな、ってことで・・・」
「カ、カグラ先輩・・・・・・あの、ボク達、そういう関係じゃ・・・!」
「分かってる。それは分かってるから、うん」
カグラはコーヒーとお菓子が乗った盆を床に置くと、思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ・・・・・・二人に渡したい物があったんだ。ちょっと待ってて」
カグラは一旦退室して自分の部屋に入ると、外出する際に持ち歩くカバンから二枚の紙きれを取り出した。そしてミュウ達の元に戻り、それを一枚ずつミュウとキリアに手渡す。
「はい、これ。二人にあげる」
「なになに?・・・布谷フラワーパーク入場券・・・?」
「ここ、確か季節の花や珍しい花を観賞できる、人気スポットでしたよね?」
ミュウの言葉通り、布谷フラワーパークは広大な敷地内で色とりどりの花を育てており、観賞目的で多くの人がやって来る人気スポットであった。その敷地内には観覧車や噴水、遊具のある公園まで整備されており、近隣の幼稚園や小学校の遠足先としても広く使われている場所でもある。
「そうそう!実は、ミュウでも誘おうかと思って買ってたんだけど、もしよかったらあんたら二人で行ってきたらどうだい?」
「え?・・・いいの、もらっちゃって?」
申し訳なさそうに尋ねるキリアに、カグラは大きくうなずいてみせた。
「ああ、遠慮することなんてないよ。二人とも、この星に来てからずっと戦い続きだっただろ?たまの骨休めも、刑事には必要だよ」
カグラの粋な計らいに、キリアとミュウの胸は熱くなった。二人は笑顔を向け合うと、声を揃えてカグラに礼を述べた。
「ありがとう、カグラ!」
「ありがとうございます、カグラ先輩!」
☆☆☆
それから、二人の一日は慌ただしく過ぎていった。
「えっと、タオルにウェットティッシュに・・・・・・あ、敷物がない!」
虹崎家に帰宅するなり、キリアは大急ぎでリュックサックに荷物を詰め込み始めた。そのあまりの慌てように、ミナミが眉をひそめて声を上げる。
「な・・・何ですか、あれは・・・?」
「キリアの奴、明日ミュウと遠足に出かけるんだってさ。今のうちから準備しとかなきゃって、張り切ってるんだよ」
キリアから一通りの事情を聞いた誠人が、ミナミにそう説明する。それと時を同じくして、ミュウも翌日の遠足に備えて大わらわとなっていた。
「ハンカチはよし、ポケットティッシュもよし・・・・・・あ、そうだ!お弁当作らなきゃ!」
キリアと同じようにリュックサックに荷物を詰めていたミュウが、思い出したように声を上げて台所へと駆け出す。その様子を見ていたカグラが、苦笑いしながら声をかけた。
「ミュウ、まだ夕方だ。お弁当の準備は、夕飯食べてからにしな」
「あ、それもそうでした・・・・・・でもボク、本当に明日が楽しみなんです。大好きなお友達と、一緒に遠足に行けるなんて・・・」
「そっか。本当に仲良しなんだね、あんた達」
「はい!ボクとキリアちゃんは、生涯の友達ですから!」
心から嬉しそうに言ったミュウに、カグラも釣られて笑みを漏らした。その夜、二人は翌日の準備を整えると、逸る気持ちを押さえながら就寝した。
「ううん・・・ほらミュウ、こっちこっち・・・んん・・・」
布団にもぐって寝言を漏らすキリアの姿に、誠人と茜が思わず笑みを向け合った。
「あらあら。夢の中で、早くもミュウちゃんと遠足を楽しんでるみたいね」
「そうみたいだね。・・・キリア、明日は思いっきり楽しんで来い。こんな機会がこの先もあるとは、限らないからな・・・」
誠人がぐっすりと眠るキリアに声をかけた、まさにその頃。ミュウも寝言を漏らしながら、夢の中で一足先にキリアとの遠足を楽しんでいた。
「ああ・・・待ってよ、キリアちゃん・・・ボクも行くから・・・んむぅ・・・」
「やれやれ、楽しそうな寝言だ・・・・・・明日は楽しんできな、ミュウ」
優しく声をかけると、カグラはミュウの頭をそっと撫でた。後輩達が何事もなく明日を迎えることを祈り、カグラはミュウの部屋を後にするのだった。
☆☆☆
そして、翌朝――
「ああ、楽しみ!早く時間が過ぎないかな・・・」
誠人達と朝食を取りながら、キリアがちらちらと壁に掛けられた時計を見やった。
「キリアちゃん、そんなに何度時計を見ても、時間は早まったりしないわよ」
「茜さんの言う通り。少しは落ち着いて食べなさい、キリア」
「むう・・・はーい・・・」
茜とレイにたしなめられ、キリアが再び朝食に箸をつけ始める。とその時、どこからか電話の着信音のような物が聞こえてきた。
「・・・ん?何ですか?この音・・・」
「・・・あ、キリアのスマホからだ!ちょっと、失礼・・・」
キリアはすぐに自分の部屋に向かうと、ゴルドスタインから持ってきた私物のスマートフォンを手に取った。
「公衆電話?・・・はい、もしもし・・・」
「あ、キリア!ねえ、分かる!?ミルだけど・・・」
その声、そして名前を聞いた瞬間、キリアの目が大きく見開かれた。
「え、ミル!?久しぶり!元気だった!?」
間違えようのない話し方、そして声。電話をかけてきたのは間違いなく、ゴルドスタインにいた頃一番の友達であった、ミルその人であった。
「う、うん・・・・・・ねえ、キリア今テラにいるんでしょ?実は・・・・・・ミルも今、テラに来てるの」
「え、そうなの!?」
「うん・・・・・・ねえキリア、今日・・・会えないかな?できれば、今すぐにでも会いたいんだけど・・・」
「え、今日!?」
あまりにも予想外な言葉に、キリアは部屋の隅に置かれたリュックサックをちらと見やった。それは今日の遠足のために、昨日から準備した荷物であった。
「ごめんミル・・・今日は、キリアも大事な予定があるの。・・・できれば、明日とか・・・」
「お願いキリア!ミル、もうあまり長くこの星にいられないの。だから、今日・・・すぐに会いに来て!でないと・・・ミル・・・・・・」
電話の向こうのミルの声が、小刻みに震え始める。そしてその声は、程なく嗚咽へと変わっていった。
「わ・・・分かった!事情はよく分からないけど、これから会いに行くよ」
「本当!?・・・ありがとう、キリア・・・」
涙混じりの声で、ミルはキリアに礼を述べた。
「お礼なんかいいって、キリア達友達でしょ?ねえミル、今どこにいるの?」
「かもめボウリングって書かれた、古びた建物の近く。お願いキリア、すぐに来て。誰にも言わずに、キリア一人で」
焦燥しているような声で言うと、ミルは通話を打ち切った。キリアは再びリュックサックに視線を向けると、迷いを振り払うように首を大きく振り、駆け足で玄関に向かった。
「どうした、キリア?どこに行くんだ?」
玄関からの物音に気づいてやってきた誠人が、出かけようとするキリアに問いかけた。
「キリア・・・大事な用事ができちゃったの。だから、今すぐ行かないと!」
「え?じゃあ、ミュウとの遠足はどうするんだ?」
「それは・・・・・・でも、行かなきゃ!」
「あ、キリア!」
誠人の制止も聞かず、キリアは金色の残像と共に姿を消した。彼女の思いつめたような表情を思い出し、誠人は急に不安な気持ちになる。
(なんだ?・・・一体どうしちゃったんだ、キリア・・・?)
その頃。朝焼けの光に包まれる通りを、ミュウが鼻歌を歌いながら散歩していた。
「ああ、いい天気・・・今日の遠足、楽しみだなぁ・・・」
これからのことを考えるだけで、ミュウの気持ちは明るくなった。だがその時、彼女の前に突如としてキリアが現れた。
「はあ、はあ・・・え?ミュウ!?」
「キリアちゃん!?どうしたの、こんな所で?」
「そ、それは・・・」
GPブレスで検索した、かもめボウリングへの近道。そこを猛スピードで走っていたキリアだったがさすがに息が切れ、少し休もうと動きを止めたその時、彼女は偶然この道を散歩していたミュウと出合ってしまったのだった。
「もしかして、ボクのこと迎えに来てくれたの!?嬉しいなあ、本当はボクの方から迎えに行こうと思ってたんだけど・・・」
「ごめんミュウ!今日の遠足・・・また、別の日にしよう・・・」
「え・・・?」
キリアの口から飛び出た、信じがたい言葉。ミュウは彼女が言っていることの意味が、一瞬理解できなかった。
「どうして・・・?だって、今日遠足に行こうって言ってくれたの、キリアちゃんだよ?」
「だから、ごめんってば!とにかく、今日は無理になっちゃったの。・・・じゃあね・・・!」
「あ、キリアちゃん!待ってよ!」
ミュウの言葉は届くことなく、キリアは再び姿を消してしまった。あまりに突然の出来事を受け止めきれず、ミュウはその場に力なく頽れた。
「キリアちゃん・・・どうして・・・・・・?」
同時刻。かもめボウリングと書かれた建物の前で、美しい銀髪をショートカットにした少女が、誰かを待ちわびるように佇んでいた。
「キリア・・・早く、来てくれないかな・・・」
そう呟いたのは、キリアの親友であった少女・ミル。その姿を、遠くからソフィアがじっと見つめていた。
「あれは・・・確か、ゴルドスタインの・・・レヴァエッジの令嬢ね・・・・・・」
と、その時であった。金色の光が建物の近くで発生し、姿を現したキリアが大きく息をつきながら、ミルのもとへと歩みを進めた。
「ミ・・・ミル!」
「キリア・・・よかった!やっと会えた!」
ミルは表情をほころばせながら、キリアのもとに駆け寄ってその体を抱きしめた。彼女の体を抱き返しながら、キリアは息も絶え絶えに問いかける。
「ミル・・・一体、何があったの・・・?」
「それは・・・とにかく、中に。ここだと、ちょっと危ないから・・・」
そう言うと、ミルはキリアの手を引いて建物の中に入っていった。それを見て、ソフィアは傍らでとぐろを巻くルナスネークの頭を撫でた。
「お手柄ね、よく見つけてくれた。・・・どうやら、また一波乱ありそうね・・・・・・」




