第7話「その森ガール、刑事につき」前編
「え?温泉旅行?」
話は、少し遡る。
それは、銀河警察の一員であるミュウが地球に到着するより、数時間前のこと。キリアと共に買い物から帰ってきた茜が、突然上機嫌で誠人にある言葉を告げたのが始まりであった。
「そうなのよ!今日商店街で福引やっててね、運試しと思ってやってみたら、当たっちゃったのよ温泉旅行!」
「なんと!すごいじゃないですか、お母様!」
ソファでテレビを見ていたミナミが、素直に驚いたような声を上げる。すると茜の隣に立つキリアが、ぼそっと不機嫌そうに声を上げた。
「お母さん手柄顔しちゃって・・・ガラポン回したのキリアなのに・・・・・・」
「でもね、その福引の主催者が旅行券の期限をすっかり忘れちゃってたみたいで、これあと一週間で期限切れになっちゃうのよ。だから今から行ってみない?ちょうど土日だし」
「え、今から!?・・・ちょっと急すぎるよ、母さん」
「確かにそうだけど、せっかく当たった物を無駄にしたくはないじゃない?善は急げともいうし、行ってみましょうよ。ね?」
「ええっ?・・・分かった、そこまで言うなら」
あまりに強い茜の押しに、誠人も同意せざるを得なかった。彼の同意の言葉を聞き、茜が一人歓声を上げる。
「よかったわ、さっすが誠人君!・・・あ、ちなみにこれ5名まで有効らしいから、ミナミさん達も一緒にどう?」
「そりゃあもう!誠人さんが行くところには、常に私がお供いたします!」
いつの間にやら準備した大きなリュックを背負い、ミナミが身を乗り出すようにして叫んだ。
「どうせ温泉が目当てだろ、お前は・・・」
「いいんですか?私達も一緒で」
遠慮するように問いかけたレイに、茜は上機嫌で答えた。
「もちろんよ!皆にはいつも誠人君が世話になってるから、今日はその恩返し♪」
「本当!?やったー!」
茜の言葉に、キリアが無邪気な叫び声を上げる。それを少し苦い顔で見つめつつも、レイは茜に頭を下げた。
「ありがとうございます、茜さん。では、お言葉に甘えて」
「うん、それがいいわ!・・・ああ、でも、5名までってことは、カグラさん呼べないわね・・・」
今家の中にいる人数を数えながら、茜が思い出したように声を上げた。するとミナミが、いかにも悪い表情を浮かべて茜に耳打ちする。
「お母様、チャンスは今しかありません。カグラがまだ家に来ないうちに、そっと抜け出しましょう」
「お・・・おい、それはいくら何でも薄情な・・・」
さすがにそれではカグラが不憫、と誠人は思った。だがすでに旅行準備を整えた女性陣が、それを取りやめることなどなかった。
「茜さん、急ぎましょう。カグラはいつもアポなしでこの家に来ますので、もたもたしていると来てしまう可能性が・・・」
「そうだよ。カグラのことなんか放っておいて、ここにいる5人で楽しんで来よう。ね?」
レイとキリアも、ミナミと同じく悪い表情を浮かべて茜に耳打ちした。その様子を見て誠人は一人、心の中でカグラに詫びるのだった。
(すみませんカグラさん・・・僕には、彼女達を止めることなどできませんでした・・・・・・)
☆☆☆
そして、数時間後。バスや電車をいくつか乗り継ぎ、誠人達は旅行券に記された温泉旅館に辿り着いた。広大な森の中にポツンと立つその旅館は、温泉や部屋から見える大自然の絶景がセールスポイントの一つとなっており、心の癒しを求めて年間数万人が訪れる人気スポットだった。
「着いたわ!さあ、温泉で心と体を癒しましょう♪」
ロビーで旅行券を見せてチェックインを済ませると、さっそく一同は温泉に浸かった。余談ながらこの温泉は美肌効果があると評判で、主に若い女性の利用が多い。
「ふう・・・たまにはこういうのも、いいかもな・・・」
露天風呂に浸かりながら、誠人は一人満足そうに呟いた。最初はあまりに急な話に戸惑った彼だったが、いざ温泉に浸かるとその効果で体が癒され、心も穏やかになるのを感じていた。最近は宇宙から来た犯罪者との戦いが続き、受験勉強と相まって誠人が心身ともに休む機会はほとんどなかった。突然の展開ではあったが、この機会に体と心を休めよう、と誠人が思ったその時――
「誠人さーん!楽しんでますかー!?」
突然、視界の外から現れたミナミが、大声と共に誠人に抱き着いてきた。
「ミ、ミナミ!なんでお前がここにいる!?」
「え?だってここ混浴ですよ?」
冷静に返されたミナミの言葉に、誠人は周囲を見渡してみた。すると彼女の言う通り、周りには男性の利用客だけでなく、女性の客も多く入浴している。むしろ、女性の方が多いくらいだった。
「あ、ほんとだ・・・」
「もう、誠人さんよっぽど疲れてるんですね。・・・その疲れ、私が癒して差し上げます♡」
バスタオルを体に巻いているとはいえ、ミナミが誠人に体を密着させてきた。
「お、おい・・・こんな場所で、やめろって・・・」
「何を仰るんですか?こんな機会でもなきゃ、こんなことできないんですから・・・・・・ん?」
その時、誠人とミナミの耳にある音が飛び込んできた。それは誠人の腕にはめられた、GPブレスからの着信音であった。
「あ、誠人さんブレスレットの通信機能オンのままですね?駄目ですよ、こんな時くらい通信機能オフにしなきゃ」
「え?・・・でもそれじゃ、何かあった時・・・」
「そういう時は、カグラに任せちゃえばいいんですよ。全く、風情を邪魔するような機械は、すぐにオフです!」
ミナミは無理やり誠人の左腕を掴むと、GPブレスの通信機能をオフにした。満足そうに微笑むミナミを見て、誠人が褪めた顔でツッコむ。
「それでいいのか、銀河警察・・・」
「・・・あ、いたいた!お兄ちゃーん!」
その時、湯気の向こうからバスタオルを体に巻いたキリアが、誠人に叫びかけてきた。
「どうした、キリア?」
「向こうの方に、温泉プールってやつがあったの!水着貸してくれるみたいだし、キリアと一緒に行ってみようよ!」
「な、何言ってるんですかキリア!?誠人さんはここで私と二人で・・・」
「分かった!今行く!」
「ま、誠人さん!」
逃れる口実ができた誠人は、軽やかな足取りで露天風呂を出て、キリアと共にプールに向かった。ミナミはそれを見て悔しそうに拳を握りながらも、急いで二人の後を追いかける。
「ぐぬぬ・・・待ってくださいよ、誠人さーん!」
「ミナミ・・・レイ、キリア、少年・・・・・・ああもう、なんで出ないのかな、ミナミ達・・・」
同時刻。虹崎家の一行が温泉に向かったことなど露知らないカグラが、一向に通信に応じないミナミ達に思わず声を上げた。
「長官、こちらカグラ。やはり、ミナミ達と連絡が取れません」
「そうか。・・・こちらからも呼びかけてはいるが、虹崎君とミナミ達のブレスレットから何の応答もない。・・・まさかとは思うが、虹崎君とミナミ達が、何らかの事件に巻き込まれている可能性もある」
カグラから連絡を受けたジョージが、苦り切った表情で言った。
「その可能性、ゼロじゃないですね・・・・・・とにかく、まずは少年の家に行ってみます」
「うむ。先ほど伝えた通り、ミュウ刑事もそろそろ地球に到着する。できればそれまでに、虹崎君やミナミ達を見つけてくれ」
「了解!・・・ったく、一体全体どうしたってんだい、みんな・・・」
苛立ちの声を上げながら、カグラが虹崎家に向かい始める。それと時を同じくして、一隻の小型宇宙船が、地球に降り立った。
「ここだな・・・・・・ユナイト持ちの少年虹崎誠人、俺が必ず捕まえてやるぜ」
宇宙船から降り立った一人の宇宙人が、手にしたタブレットのような機械に表示された誠人の顔を見て声を上げた。折しも彼が降り立った場所は、誠人達が宿泊する温泉旅館の近くにある、広大な森の中であった。
☆☆☆
一方。カグラやジョージの心配をよそに、誠人達は温泉プールを満喫していた。
「きゃー!これ面白ーい!!」
生まれて初めてウォータースライダーを体験したキリアが、水に流されながら歓喜の悲鳴を上げる。やがて滑り台からプールにダイブすると、キリアは満足そうに笑みを浮かべた。
「すっごーい!もう一回!もう一回!」
「はは。楽しんでるな、キリアの奴」
プールサイドに置かれたベンチに腰掛けながら、誠人はキリアが楽しむ様子を眺めていた。と、その時――
「誠人さん、こっち見てください、こっち」
「今度は何だよ、ミナミ・・・うわああああああああっ!?」
いつの間にか隣のベンチに腰かけていたミナミが、誠人の肩を指でつついて振り向かせた。振り向いた誠人が見たのは、隠す範囲が極めて狭いビキニを着たミナミの姿であった。
「な、何だよその水着・・・ギリギリすぎるだろ・・・」
「どうです?私のこの体、この脚線美・・・!」
「い、いい加減にしろ!ここに来たのはそういう目的じゃなくて、日々の疲れを癒すためなんだぞ!」
「ですから、私のこの美しい体を見て、日々の疲れを吹っ飛ばしていただいて・・・」
「そ・・・そういうことじゃなーい!」
「あらあら。あの二人、楽しそうね」
向かいのプールサイドに腰掛ける茜が、プールの中で気持ちよさそうに浮かんでいるレイに声をかけた。
「ギリギリ公序良俗に反するレベル・・・あとできつく言っておかないと」
「・・・ねえレイさん。前から訊こうと思ってたんだけど、誠人君とミナミさんって、その・・・・・・そういう関係なの?」
少し頬を赤らめながら、茜がレイに問いかけた。
「いいえ。いつもミナミが一方的に言い寄ってて、βはそれを受け流してるだけです」
「あら、そうなの?・・・でも、あの二人なんかいい感じじゃない?もしかしたらそのうち・・・ってことも、有り得る気がするわ・・・」
茜がどこか可笑しげに息子の様子を眺めていた、その時であった。窓の近くにいた一人の利用客が、あっと叫びながら窓に駆け寄る。
「な・・・何だ、あれは!?」
「え・・・?ミナミ、どいて!」
そのただならぬ様子に、誠人は言い寄ってくるミナミを押しのけて窓に駆け寄った。
「どうしたんですか!?」
「あ、あれ!」
声を上げた男性が指さした先には、窓から見える旅館の入り口付近で銃を乱射する、DOE社のソルジャーロイドの大群の姿があった。そしてその後方には、剣を手にした一人の宇宙人の姿も見える。
「あれは・・・皆、大変だ!」
誠人が叫びかけると、ミナミ達が一斉に彼のもとに駆け付けた。
「あれは・・・ソルジャーロイド!なんでこんな所に・・・?」
「分かんないけど、放っておけない!行こう、皆!母さんはここにいて!」
ミナミに早口で答えると、誠人は茜を待機させてすぐにプールの出口に向かった。ミナミ達もその後に続き、程なくして一同は、ソルジャーロイドが暴れる旅館の入り口に辿り着いた。
「お、ようやく来たな。虹崎誠人」
「僕の名を知ってる・・・?お前、何者だ!?」
戦闘モードにしたGPブレスを突き付ける誠人達を見ても、宇宙人は余裕の態度を崩さず答えた。
「俺の名はコモン・グリーバス。惑星スラブからやって来た、ユナイトハンターの一人よ!」
「ユナイトハンター!?・・・ということは、初めから狙いは誠人さんってことですか!?」
「そうだ!情報によれば、そこの坊主は妙に正義感が強いっていうじゃねえか。だからお前がいる場所の近くで適当に暴れてりゃ、すぐに姿を現すと思ってな!」
「くっ・・・そのために、他の人を大勢巻き込んで・・・!」
逃げ惑う人々や、撃たれた足や腕を押さえて倒れこむ人々。彼らの姿を見て怒りに呑まれそうになる心を、誠人は必死に抑え込んだ。
「ミナミ、行けるか?」
「ええ、もちろんです。休暇は返上、今はあいつを倒すことが最優先です・・・!」
誠人はイリスバックルを腰に装着して待機モードにすると、キリアとレイの方へ振り返った。
「二人は、他の人達を避難させてください。これ以上、僕のために巻き込まれる人を出したくない・・・!」
「分かった。行くよ、キリア!」
「うん!」
誠人の思いを汲み取り、レイとキリアは逃げ遅れた人々の避難誘導を始めた。誠人はきっとコモンを睨み据えると、ホルダーから引き抜いたグランドのカードをバックルにかざす。
「ユナイト・オン!」
『Read Complete.震える大地!グランドアーマー!』
ミナミの体が鎧となり、誠人が変身したイリスの体を覆ってゆく。合体は物の数秒で完了し、黒い鎧を纏ったイリスはその手にプラモデラッシャーを握り締めた。
「行くぞミナミ!」
『はい!』
イリスはプラモデラッシャーを振りかざし、目の前の敵に向かって突進する。彼の行く先には銃を手にしたソルジャーロイド達が立ちはだかるが、彼らなどイリスの敵ではない。
『はっ!やあっ!邪魔です・・・よ!』
気合の入ったイリスの剣の一撃に、その前に立ちはだかったソルジャーロイドは文字通り真っ二つに両断された。ソルジャーロイドを全滅させたイリスはそのままコモンに迫り、手にした剣を突き出した。
「フン!」
だがその一撃は、コモンが手にした長剣に阻まれた。コモンは剣を振り上げてイリスの体勢を崩すと、むき出しになった体を連続で切り裂き、吹き飛ばした。
『うわあっ!・・・こうなったら・・・!』
『Read Complete.Be prepared for maximum impact.』
ミナミは接近戦を諦めると、ベルトのホルダーからフィニッシュカードを引き抜いてバックルの中央部にかざした。そして大地の力が右足に充填されると、バックルの赤いボタンを押す。
『グランドフィニッシュ!』
『おりゃあああああああああああああっ!!』
大きくジャンプしたイリスが、必殺の飛び蹴りをコモンにお見舞いする。だがコモンは剣に青いオーラを纏わせ、その飛び蹴りを受け止めた。
『!?』
「はあああああああああっ!!」
剣を振り上げてイリスを打ち上げると、無防備になった相手をコモンは勢いよく切り裂いた。その一撃の威力は大きく、イリスとミナミの融合は強制的に解除されてしまった。
「うあっ!くぅっ・・・!」
「ミナミ、大丈夫か!?」
ブランクモードになったイリスが、痛みに悶えるミナミのもとに駆け寄る。コモンが剣を握り直しながら迫ってきたその時、人々の避難を終えたレイとキリアが戻ってきた。
「・・・!ミナミ!」
「お兄ちゃん!」
状況を見てただ事ではないと判断した二人が、イリスとミナミのもとに駆け寄ってくる。イリスはそれに気づくと、二人にミナミの体を預けた。
「あいつ、相当な剣術の使い手です。・・・こうなったら、カグラさんを呼びます!」
イリスのその言葉に、ミナミ達三人はぎょっとした表情を浮かべた。
「そ、それだけは駄目ですよ、誠人さん!」
「そんなことしたら、無断で遊びに出かけたことも・・・」
「GPブレスの通信切ってたことも、全部ばれちゃうよ!」
「言ってる場合か!とにかく、僕はカグラさんを呼びます!」
三人の制止を無視し、イリスはバックルのボタンを押した。そして待機音声が流れると同時に、手にしたフレイムのカードをスキャンさせる。
「ユナイト・オン!」
『Read Complete』
バックルがカードの認証に成功した、まさにその頃。カグラは連絡がつかなくなった誠人達の手掛かりを求めて、虹崎家を訪れていた。
「あれ?なんだい、留守か・・・・・・って、うわああああああああっ!?」
突然体が鎧へと変化し、どことも分からない方向へ飛んでいく。カグラが変化した鎧は一瞬でイリスのもとに到着し、彼の体に装着された。
『燃え盛る業火!フレイムアーマー!』
『え、少年!?ミナミ達も・・・これ、どういう状況!?』
「説明は後で!あいつ、かなり悪質なユナイトハンターなんです!」
誠人が早口で説明する間にも、コモンがイリスに襲い掛かってきた。その攻撃をなんとかかわすと、イリスは双剣モードにしたプラモデラッシャーを両手に握りしめる。
『なるほど。んじゃまあ、ぶっ倒しちゃえばいいってわけね!?』
とりあえず最低限の状況把握を済ませたカグラが、イリスの体を操って華麗な二刀流の攻撃を放つ。だがコモンもその攻撃パターンを早々に見切り、一本の剣でイリスの二本の剣の攻撃を完全に受け止めてみせた。
『くっ・・・やるね、あんた・・・!』
「ああ。これでも、故郷の星じゃ一番の剣豪と言われた男だぜ!」
コモンは力任せに剣を振り上げてイリスの体勢を崩し、剣に青いオーラを纏わせて連続でその体を切り裂いた。そしてイリスがひるんだところで最大級のオーラを剣に纏わせ、一気に振り払った。
『うわあああああああああああああっ!!』
そのあまりにも強力な一撃に、イリスとカグラの合体は強制的に解除されてしまった。再びブランクフォームになったイリスに狙いを定めると、コモンは再び剣にオーラを纏わせた。
「これで最後だ。大人しく・・・してろよ!」
振り払われたコモンの剣から、オーラが姿を変えた波動が放たれた。その一撃を受けてイリスの体は大きく吹き飛び、森の中へと消えていった。
「しまった、森の方に!ちっ・・・捜す手間が増えた!」
コモンは悪態をつくと、イリスが吹っ飛んだ森の方へ大股で歩き始めた。
「待ちなさい!くっ・・・」
その後を追おうと立ち上がろうとしたミナミだったが、先ほどの戦闘で受けたダメージが大きく、その場に膝をついてしまった。そしてそれは、敗れたばかりのカグラも同様であった。
「マズいことになったわね・・・あいつより早く、βを見つけないと!」
レイが苦り切った顔でそう言った、まさにその頃。吹き飛ばされたイリスは朦朧とする意識のまま、森の中をさまよい歩いていた。
「逃げ、なきゃ・・・・・・あいつが・・・来る・・・・・・」
やがて一本の大木のもとに辿り着くと、彼は気力と体力の限界を迎えてその場に倒れこんだ。意識を失った彼のもとに、大木から下りてきた一人の少女が近づく。
「この人・・・虹崎、誠人さん・・・!」
誠人の顔を見るなり、少女は驚きの声を上げた。彼女こそ、新たに地球に派遣された、銀河警察のミュウ刑事であった。




