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なろうラジオ大賞参加作品

ブラウン管と野球とシール

作者: 水泡歌

 年末、久しぶりに実家に帰ると母が玄関に仁王立ちで立っていた。

「おかえりなさい。さあ、多数決をとるわよ」

 そう言って本日の議題のところに案内される。昨日、母から電話があった。「自分の味方をして欲しい」と。私はそれを承諾した。

 案内されたのは我が家の物置。そこには1台のブラウン管のテレビが置かれていた。

 今回の議題は「このテレビを捨てるか捨てないか」。

 先日、物置から見つかったこの代物。母は捨てたいのに父は捨てたくないと言う。そのため、多数決で決めることになった。

 先ほどから負けを確信しているようにしょんぼりと佇む父を見る。

 しかし、またどうしてこんなものをとっておきたいのか。

 私は今度はテレビを見る。じっと見てあることに気付いた。

 フチに貼られたシール。バッドやボールといった野球のシール。

 ああ、そういえば――


 小学4年生の時だ。

 父の仕事が忙しくなり、いつも疲れ切った様子で帰ってくるようになった。

 大好きな野球の試合も見逃すことが多くなり、その日は応援している球団の優勝が決まる大事な試合だった。

 父は帰ってきて時計を見ると「あ!」と叫び、チャンネルを変えた。

 へなへなとその場に座り込む。

 そこには優勝を決めた球団の姿が映っていた。

「嬉しいけど、ちゃんと見たかった……」

 しょんぼりする父を見ながら考えていた。

 私に出来ることはないものか。

 当時、友達の間でシール交換がはやっていて、母は特別に1ヶ月に1回、シール代をくれた。

 次の日、私はその貴重なシール代を握りしめて、いつもの文房具屋さんに行った。

 可愛いシールがたくさんある中、ひとつのシールを手に取った。

 その晩、いつものように疲れた様子で帰ってきた父はテレビを見て驚いた顔をした。

 テレビのフチに貼られた野球のシール。

 気付いて怒り、剥がそうとする母。父は止めた。

「そのままでいい」

 父は私を見ると言った。

「お父さんのために貼ってくれたのか」

 私は頷いた。

「ホンモノじゃないけど元気出るかなって」

 父は「そうか」と言って嬉しそうに笑った。

 それからもずっとそのシールはそこに貼られていた。


 多数決がとられた。

「このテレビを捨てない方がいいと思う人」

 父が手を上げる。

 私も手を上げる。

 母が裏切り者というような目で私を見る。

 私は申し訳なさそうに頭を下げる。

 ちらりと父を見る。

 父は嬉しそうに笑っていた。

 私もつられて笑った。

 父が大切にしてくれたものが嬉しかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなでブラウン管テレビを囲んでいた時代のノスタルジーと、家族の優しさに癒される御話ですね。 ブラウン管テレビが主流だった時代は、HDDレコーダーやワンセグ付きスマホなどがなかったため、主…
[良い点] ほっこりしました。 面白かったです。
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