事件の始まり
日は暮れかけ、夕刻、アメリウムが村長宅にラノンを迎えに来た。
三人は結局、リーシアの部屋で一日中ボードゲームに興じていた。
ボードゲームの名は「ショウギ」と言い、二人用のゲームの為、負けた者が交代というルールで遊んだ。
シャロが強く、シャロに二人が挑む形を繰り返した。
リーシアの父親、つまり村長が、ラノンにアメリウムが来たことを伝えに来た。
村長は忙しいようで「アメリウムさんによろしく伝えておくれ」とそのまま仕事場に籠った。
二人はラノンを送るべく、一緒に玄関へと向かう。
「アメリウムさん。帰りますか」
「いや、今日は村に泊まる。話すことがある」
今まで村に泊まることはほとんどなかった。おそらく魔人教のことを聞いたのだろう。
騎士隊に不安を抱えていたラノンはアメリウムの言葉がありがたい。
アメリウムはラノンの隣にいる二人に顔を向ける。
「すまない二人とも。今日は解散にしてもらえるか」
「いえいえ。アメリウムさんのお願いなんて断れないですよ」
リーシアが大げさに遠慮する素振りをすると、「ね?」とそのままシャロに問う。
「そうだね。十分遊べました」
「ありがとう。じゃあ行こうかラノン」
「はい。二人とも、また」
じゃあね、と手を振るリーシアとシャロにラノンは手を振り返すと、アメリウムとともに二人と別れた。
アメリウムはすでに宿を取っており、道すがら軽く食事を済ませた後、その宿へと入った。
二人で一つの部屋で、寝床は勿論各一つずつだ。
ベッドに腰かけながらアメリウムが口を開いた。ラノンは部屋に置いてある椅子に座る。
「どうも様子がおかしい。素材を売りに渡した後、村長に魔人教と騎士の状況を聞いたのだが──」
村の一人が魔人教と思われる人間に襲われたが、騎士がそれを助けた、という話を聞く。
おそらくシャロがラノンに語った話と同じだ。アメリウムが話を続ける。
「国からの騎士の仕事に勝手に割って入るのは、罪に当たる可能性がある。理由は色々あるが簡単な話、余計な混乱を招かない為だ。しかし、相手は魔人教、そして、もう人が襲われているときている。あたりまえな話、援護の許可がほしいだろう。だから私は自分の経歴とお前のことを騎士隊長にでも伝えておく必要があると考え、騎士隊の様子を見に行ったんだ。だがどうだ、あれは国からの騎士じゃなかった」
アメリウムは元国の騎士隊員だ。村の人間に騎士の違いは分からないが、彼女なら分かるのだろう。
「そうなんですよ」
「そうなんです、とはどういうことだ」
「あの騎士達、貴族の私兵らしいです。エリオット家という。不振に思ったシャロが盗み聞きをしたそうで」
「すごいことをしたなシャロ。しかし、おかげでいい情報が手に入った」
エリオット家……と呟き、アメリウムは少し考えるがすぐにハッとした顔になる。
「エリオット家だと」
「知っているんですか」
「少し知っている。まあまあでかい貴族だ。だが、ますますおかしい」
「どうしたんですか」
「エリオット家の領地はこの村からかなり遠いんだ」
「それは変ですね。遠いとこに騎士隊を派遣させる意味が分からない」
「いや……。多分分かった。村の統治だ。この村はどの貴族のものでもない。魔人教から守った礼に村を治めるつもりだ。見事守れば、国から来たと嘘をついたことなど些細なことになるだろう」
「なるほど」
「それでも引っかかる。魔人教という危険が大きい敵に対し、言っちゃ悪いが遠方のなんの取柄もない村だ。割に合わん」
「村の周辺に狙いがあるのですかね。なにもないですが」
トウカ村は森に囲まれており、近隣に村や町、鉱山や海などはない。
「かもな。まあ貴族連中の考えることなんて分からないものか。ただ不安なのはあんな兵で魔人教に対抗できるかだ。見たところ騎士隊三十人程度の中にやれそうなのは五人。他は使い物にならんだろうな。だから今日は村に泊まろうと思ったんだ」
その中に今日会ったウィル・リッターも入っているだろう、ラノンはそう思った。
「そういえば、我々の加勢の許可されたのですか」
「された。良かったのはそれで、積極的に参戦して欲しいらしい。あの騎士隊長のクリフ・デューイという奴、見たところ実力はあるし話も分かる奴だったよ」
「それは良かったです。守りましょう、この村を」
「そうだな」
アメリウムは深く息を吐くと、後ろに倒れこんだ。
「明日は騎士隊長のとこにお前も連れて行く。今日はもう寝よう」
「わかりました。じゃあ寝る支度でもします」
「一緒に寝るか?」
アメリウムは布団に寝ころびながらニヤッとする。
「遠慮しておきます」
ラノンは呆れた調子で答えた。
翌日、ラノンが目を覚ますと、すでに起きていたアメリウムの姿が目に入った。
昨夜ラノンが座っていた椅子に座り、カーテンの閉まった窓を眺めていた。
淡い光がアメリウムの端正な横顔を照らす。首元まで伸びた黒髪がつやつやとし綺麗だった。
ほとんど家族のような存在の為に時折忘れるが、アメリウムは美人であることを再確認する。
「カーテン開けてもいいですよ」
ラノンは起き上がると、布団の上で胡坐をかく。
大きなあくびを一つした。
アメリウムがラノンの方を向く。
「ん?起きたのか。いや、ボーっとしていただけさ」
「随分早起きですね。まるで出逢った頃のようです。ここ最近はよく寝ていたので」
四年前、アメリウムは日が昇る前に起きているのではと思うほど早起きだった。
しかし、徐々にその傾向も薄れ、ここ一、二年はラノンが起きた後に起きることが多くなっていた。
アメリウムは、「睡眠に心を許し始めた気分だ」と言っていた。以前までは必要だから眠っていたが、睡眠自体を楽しむのもあるのか、と。
アメリウムは再び窓に目を向けた。
「緊張しているのさ」
「緊張ですか」
「ここ四年こんなことは無かったからな」
「そうですね……。もう朝食を食べに行きますか。しばらくすれば食堂も開くでしょう」
ラノンはベッドから降りると、伸びをしながら提案する。
アメリウムも、そうだな、と返事をしながら立ち上がった。
朝食を終えると、ラノンはアメリウムに連れられ、騎士隊長に会いにいった。
騎士隊長は村一番の宿に泊まっており、一階の食堂で数人の部下たちとお茶を飲んでいた。ウィルもその場にいた。
騎士達は、くつろいでいる雰囲気ではあるが鎧を着ており武器も携えている。
気を緩めている様子はないところから、昨日の酔っ払いのような騎士ばかりではなさそうだ。
「おはようございます、ファラウスさん。その子が昨日話されていたお弟子さんですね」
騎士隊長と思われる男が立ち上がる。
身長は高く、ラノンは軽く見上げた。
歳は40代前半に見える。体格はこの場にいる誰よりも大きく筋肉質で、そばに置いてある大剣は彼のものだろう。そして、魔導士だ。
「私はクリフ・デューイ。騎士隊長を務めています。よろしく」
クリフは優しく微笑み手を差し出した。
ラノンは握手に応じる。がっしりした大きな手がラノンの手を包んだ。
「ラノン・アンペールです。こちらこそよろしくお願いします」。
「昨日の少年がファラウスさんのお弟子さんだったのか。通りで腕が立つと思ったよ」
ウィルが声をかける。すでにアメリウムとウィルは面識があるようだ。
「ウィル、知っているのか」
「シフラミを教育したのがこの少年だよクリフ」
「なるほど。その件はすまなかった。騎士隊が魔人教を退けたことで調子に乗ったらしい」
クリフが頭を下げる。騎士隊の上層はさすがに礼儀正しい。彼らが村に嘘をついていることに変わりないが、好感は持てた。
突然、宿屋の扉が乱暴に開かれる。その場にいる全員が静まり、注目した。
騎士の一人が扉に手をついて立っており、急いできたのか息が上がっていた。
良からぬことがおきたな、と全員が察したに違いない。
「た、隊長!騎士が一人、近くの森で襲われました!」騎士が叫んだ。
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