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弟子入り

 しばらく歩き、女の家につく。

 開けた土地に、一軒家がぽつんと建つその光景は、女がまともな身分でないことを示唆するようだった。

 事実、多くの人間は村や町に身を置き、生きるために集団で暮らす。

 腕が立つようであるから、このような暮らしも可能なのかもしれないが、それでも「はみだしもの」という印象を覚えた。

 家の中はそれなりに整っており、中央に置かれた椅子に座らされた。

 机を挟んで対面に座った女が口を開く。


「お前が森の中に住むただの子供ならこんなとこまで連れてこなかった。もしそうなら近くの村に預けていた」


「村があるのか」


「ん?ああ、ある。少し離れてはいるが」


 ラノンはこの女以外に人がいることに安堵する。

 同時にますます、この女は信頼して大丈夫そうだ、とも感じた。


「その前にだ。私が言いたいことは分かるだろう」


「ああ」


「年上への言葉遣いがなっていないし、身なりからして貴族とかじゃないことはなんとなく分かる。じゃあ、なんでお前は魔術師なのか、だ」


 しばしの沈黙の後、ラノンは自分の身の上を話し始めた。


 『魔術師』とは読んで字のごとく、魔術を行使するものであり、魔術を研究するものである。

 この世界において、魔術は高等学問とされており、文学や算学などよりも崇高という風潮がなされるほどだ。

 通称、「世界を解明する学問」。

 並大抵の人間は理解すら困難であり、習得するには膨大な研究が必要となる。

 それ故に、魔術を習う学術機関、私塾や学校などは存在するのだが、多くは費用が高くついた。

 膨大な研究には、膨大な費用がかかる、というわけだ。

 つまるところ、魔術師には富裕層が多くなる。

 子どもでそれなりの魔術師が貴族であることを疑われるのはそういう理由だった。

 しかし、ラノンは女が言うように、貴族ではない。

 それどころか真逆といって言い、孤児院出身の貧困層であった。

 そんなラノンが魔術を扱える理由は、ロロア、そしてもう一人の魔術の師がいたからだ。

 二人の手によってラノンは物心つく前から魔術を教わっていた。


「なるほどな。随分腕のいい魔術師に教わったみたいだな」


 ラノンは、自身が何故魔術を扱えるのか、そして、何故自分があの森にいたのかを話した。

 女はたどたどしいラノンの説明にもじっと黙って聞いてくれた。


「お前の故郷、エンテル村という名前は聞いたことすらない。おそらく、ここからはかなり遠い」


 ラノンはそうか、と小さくこぼす。

 故郷の安否を確認することは叶いそうにない。

 女は少し気の毒そうな表情をする。

 さすがに、まだ幼いラノンの生い立ちを聞き、憐憫を感じたようだった。


「いろいろあったのは分かった。しかしそれでも前に進む必要がある。お前はこれからどうしたい」


 女は優しく問いかける。

 しばしの逡巡の後ラノンは答えた。


「俺は魔導士になりたいんだ。だから──」

 

 一呼吸を置く。


「あんたの弟子にしてほしい」


 ラノンは女の目を見つめた。その瞳には強い意志が宿っていた。


「私の弟子だと」


 思わぬ要求に女は眉をひそめる。


「ああ。俺の直感だが、あんた魔導士だろ。それもかなり強い」


 ラノンは最初見たときからずっと感じていた。

 この女は強い。それは、自分の師、ロロアさんよりもだ、と。

 この人の下で魔術を学べば、自分は確実に強くなれる。


「直感、か。確かに、自分で言うのはなんだが私は強い。ただ何故魔導士になる。魔術師じゃないのか。魔人に復讐するためか」


「違う。いや、それもある、か。けどその前に、強くなりたいんだ。俺はもう逃げるようなことをしたくない」


 一人で逃げるよう言われたあの日を思い出し、拙いが強く言葉を繋いでいく。


「多くの人を守れるような魔導士になりたいんだ」



 『魔導士』は魔術の研究の全てを戦闘に特化させた者である。

 魔術を研究する過程で、その産物としてある程度の攻撃手段を得ることは出来るが、魔導士は攻撃手段の習得を目的として研究する。

 魔術師が魔術を学問として扱う一方、魔導士は魔術を武器として扱うということだ。

 魔術師も魔導士も研究者という位置付けであり、資格を有する必要はないが、一応、国家資格も存在する。

 女は元国家魔導士であり、それを証明する書面も持っていた。

 国家魔導士の資格の習得はかなり難しいと聞く。力量が確かだという証明も兼ねていた。


 そして、ラノンの弟子志願は想像以上に簡単に受け入れられた。

 あまりに二つ返事であった為、理由を聞いたが「お前と同じ直感だよ。教えがいがありそうだった」とだけ答えた。

 女は「アメリウム・ファラウス」と名乗った。


 時間はいつの間にかお昼過ぎになっていた。

 二人は、アメリウムお手製の昼食を済ませ、食後のティータイムを過ごしていた。


「しかしまあ、私は弟子などとったことはない」


「そうなんですか」


「なんだ、急に敬語になって」


「弟子になったので。先生と呼んだほうがいいでしょうか」


「やめろ。むず痒い。アメリウムでいい」


「じゃあアメリウムさん、と」


「とりあえず、教えるにしてもまずお前の『色相』を知らんとな」


 アメリウムは立ち上がると、外に出るよう促した。どの程度魔術を扱えるのかを見るのだろう。


 『色相』とは、魔術における属性のようなものである。

 赤、茶、黄、緑、青、紫で円環を描くように相性があり、その相性関係とは外れた、白、黒、と八つの色に魔術は分類される。

 基本的に一人が得意とする色は一色であり、これを「色相」と呼ぶ。

 他色の扱いは、色相からどれだけ近いかで扱える幅が決まる。

 もし仮に、赤の色相を持つなら、茶と紫はある程度扱える、ということだ。反対にある緑は全く扱えない。

 どの色からも近づけない、完全に独立した白、黒はかなり貴重となっており、世界でもこの色相をもつ魔術師は重宝されている。

 白、黒の色相を持つ人間自体がなかなか生まれないことも希少である一因だ。

 そして白と黒に並ぶほど珍しいのは、色相を二つ持つ「双色」というものだ。


「私は世にも珍しい『黒双色』だ」


 アメリウムは得意げにニヤっと笑った。

 大の大人が子供の用に笑う姿は、これまで彼女を不愛想に感じていたラノンの緊張をほぐした。


「黒双色って、黒ともう一つの色相を持つってことですよね」


「そうだ。ただでさえ珍しい双色に加えて珍しい黒の色相だ。力は見せていないが、強い理由はなんとなく分かるだろう」


 「黒双色」はあまりにも珍しい為に、双色でも特別そう呼ばれる。

 白の場合も同様で、「白双色」だ。


「もう一つの色はなんですか」


「赤だ」 


 つまり、とアメリウムは続ける。


「弟子にしてもいいが、こと魔術に関しては、赤、黒、そして、茶か紫あたりじゃないと厳しい」


「その点は大丈夫です」


「ほお」


 あまりに簡単に答えたラノンにアメリウムは興味深く聞き返す。


「俺は全部の色を扱えます」


「はあ?」


 アメリウムはラノンを鋭く睨んだ。


「馬鹿にしているのか。そんな人間は存在しない」


「馬鹿にしていません」


「くだらない冗談を言うな。追い出すぞ」


「確かにロロアさんはかなり珍しいとは言いました。でも本当です」


「ロロアさん……ああ、お前の師匠か。いやまて、珍しいとかじゃない。世界を方々歩いてきたがそんな人間一人としてみたことはない。最高でも二色だ」


「じゃあ実際に見てください」


 ラノンはそう言うと手を差し出した。

 手のひらに、まず火を灯し、次に風を吹かせる。水を湧かせ、土を出す。光の球を具現化し、それを闇で覆った。


「簡単なものでも六色しか扱えませんが、本当であることは分かったはずです」


「……嘘だろ」


 アメリウムは呆然とする。

 彼女の体はまるで時が止まったかのように微動だにしなかった。


「それほど珍しいんですか」


 先ほどからの勢いと驚きようにラノンは少し困惑する。

 十二年間ラノンの世界はエンテル村の中のみだ。自身の力がどれほど珍しいかは分かっていない。


「ああ……珍しいさ……かなりな」


 アメリウムは眉間にしわを寄せ、固まる。何かを考えているようだった。

 だが、それも束の間、すぐに表情は和らぎ、笑うようにふっと短く息を吐いた。


「冗談みたいな存在だな……。黒双色ですら幻の色相と言われるのに、それを優に超え全色ときたか」


 少し間を空けアメリウムが言葉を続ける。呆れたような笑みを零す。


「そりゃ、お前に魔術を教えたくなる。有望な奴だと感じたが、こりゃ才能の塊じゃないか」


 ラノンは期待を込めて聞く。


「強くなれますか」


「なれるさ、安心しろ。私の全てを教えてやるよ。魔術も体術も剣術も。その代わり死ぬ気を覚悟しろ」


「はい。死ぬ気でやります」


 あの日、自分は死んだも同然だとラノンは感じていた。

 一人で逃げ、誰も守れなかった。

 子どもであったからなどとは到底思いたくない。

 目の前に現れた敵をすべて倒せるのなら、どんな修行も耐えられる。

 そう思っているラノンにとって死ぬ気でやるという言葉は虚勢ではなかった。


 アメリウムはラノンの表情を見て、ニヤリと笑う。


「最強の魔導士にしてやる」


 それから四年、ラノンは住み込みでアメリウムの下、文字通り血のにじむような訓練をした。


読んでいただきありがとうございます。


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