邂逅
「──っ!!」
あまりの動悸に目が覚める。
仰向けであった姿勢から上体を起こし、あたりを見回したがそこは、炎が渦巻く故郷の村ではなく、さびれた廃屋だった。
「夢か……」
焦る心臓をなだめるかのように深呼吸をする。
背中にはじっとりとした汗をかき、服が張り付いていた。
そんな不快な状況とは反し、割れた窓からは朝日が差し込み、小鳥のさえずりが耳に届く。木々が風でざわめく音も聞こえた。
あれから幾日経ったかは不明だが、ラノンは村から逃げ切り森の中で暮らしていた。
ただ、自身の足で逃げ切ったわけではない。
夢と同じように、あの場面でラノンは突然意識を失ったのだ。
目が覚めたときにはどこか知らない森の小屋にいた。
恐らくはロロアから預かった魔導書の効果だろう。
転移魔術がかけられていたに違いない。その為か、転移された先に魔導書はなかった。
かくして村から遠ざかったラノンは、僅かの時間悲しみに暮れた後、新たな人生を決意した。
幸いなことにこの数日間は、小屋に寝床や生活魔道具があったために最低限の生活はできていた。
以前誰かが住んでいたのだろうか、そう思わせるかの如く充実していた。
おかげで、野生動物を狩り、水を汲むだけで済んだのはありがたかった。
しかし、当然のことながらこんな生活を長く続けることは不可能だ。
ラノンは昼間の間は森を散策し、町や村を見つけようとしたが、森から出ることすら出来ていなかった。
連日、あまりにも簡素な寝床──薄い布一枚の上で寝ていたせいか体が痛む。
立ち上がり少しストレッチをすると、気合を入れるかのように一息吐き出した。
「今日こそは森を出よう」
小屋を出る。目の前は草木が生い茂る誰が見ても森と分かる光景だ。
ラノンは今まで行ったことのない方向に歩みを進めた。
故郷から持ってきた短剣を片手に、草をかき分け歩いていく。
虫が飛び交い、葉が皮膚をちくちくと刺すこの状況は不快極まりないが、それでも進んだ。
しばらく進んだところで、妙な気配を感じた。がさがさと、生き物の動く音がする。
魔物か、ラノンはそう察する。
人ではない理由は一つ、目を凝らせば、音の方向に大きな異形の影が見えるからだ。
判別するに、それは「魔蟲」の一種、蜘蛛型の魔物。
ラノンは短剣を腰にしまうと、魔術を発動させる準備をした。
蜘蛛の魔物が近づいてくる。おそらく、もうラノンの存在はバレている。
徐々に、蜘蛛は速度を上げてきた。もうはっきりとその姿を確認できるほどに、蜘蛛は近い。
乗物かと思うほど大きな蜘蛛だ。
ラノンは臆することなく、魔術を使用する。
「『エアーバレット』」
無数の風の弾が蜘蛛を貫いた。
体液が噴き出す。
斬撃型の魔術を使えば、派手に体液が飛ぶと思い、こちらの魔術にしたのだが、大した変わりはなかったように感じた。
「ダメ押しに。『エアーランス』」
風の槍が蜘蛛を貫く。
胴体に大きく穴が開く。これぞまさしく風穴だ。
蜘蛛は、エアーバレットの時点ではまだ鈍いながらも動きはあったのだが、エアーランスを喰らい、その場に足を折りたたみながら沈黙した。体液が流れ出る。
蜘蛛退治を完了し、一息ついたところで、人の声がラノンの耳に届いた。
「こんなところで何をしている」
気配がまったくしなかった為、ラノンは肩を跳ねさせ、驚く。
反射的に振り向く少し離れた右隣、声の主はそこにいた。
背はかなり高い、齢20代中頃に見える黒髪で短髪の女がこちらに向かって歩いてくる。
着ている衣服に特徴はなく質素であるが、それ故に、腰に差した剣が異様に目を引いた。
どこかの本で見たことあるその剣は「刀」といわれるものだ。
身構える間もなく、距離を縮められる。
正面に立つと女は目を細め、ラノンを見据えた。
綺麗な顔立ちとは裏腹に射殺すような眼差しだ。
「魔術師だと……?」
息が詰まる。
大人の威圧を感じたのもあるが、それ以上にこの女は何かしら圧を持っていた。
ラノンはこの圧を知っている。修練を積み、技を得、戦を知るものの気迫だ。
女は何も言わないラノンに対し、自らが言葉を続ける。
「お前のような子供が、一瞬で魔術師と分かるような力を持っているとは、何か訳ありだな」
問いにラノンはうなずく。
魔物との対峙には慣れていたラノンだったが、自身よりも格段に上の強者の威圧感に体を強張らせてしまっていた。
「最近この辺で魔物の死体がちらほら見つかるから不振に思ったが、お前が原因か」
蜘蛛の魔物の死体を横目で見た後、女はしばらく黙り、何かを思案する。
ラノンはその様子を黙って見ることしかできない。
「こんなところで話を聞くわけにもいかんな。ついてこい、私の家で話を聞こう」
「え」
唐突な提案に少し抵抗を覚える。
それもそうだろう、今会ったばかりの人間の家に来いというのだから。
ラノンの様子を見た女は、ああ、と理解を示すような反応をする。
「そうだな。淡々と話をして悪かった。警戒するのはそりゃそうだ。見知らぬ人間についていくな、なんて子供に対する初歩中の初歩の教えだな。しかし、ここにずっといるわけにもいかんだろう」
女は先ほどまでの訝しがるような語調と変わり、柔らかな表情で話した。子供を優しく説得するような雰囲気だ。
急に変わった態度にラノンは、この女は悪人ではない、という印象を持つ。
おそらく、向こうもこちらを警戒すると同時に心配しているのだ。
ラノンは12歳、考えればあたりまえの話だ。
「たしかにそうか……」
「ああ。飯も食わせてやるさ」
ニヤッと笑うと、こっちだ、と女は歩き始める。
ラノンはその後ろをついていった。
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