姉の時刻表トリック
今年(2019年)4月に100作、7月に5周年、そしてこの作品で120作となりました。読んでいただいている皆様、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
2021年7月31日、つまり明日、俺は14歳の誕生日を迎える。例年は家族に祝ってもらうのだが、父は今日から仕事の依頼で東京に行き、母は物心つく前からこの世におらず、姉は3年前に大阪へ引っ越した。仕方なく1人で過ごそうかと思っていた午後9時過ぎ、電話が来た。姉からだった。
「明日、予定はあるかい?」
7月最後の朝7時。指定されたJR博多駅中央改札口には、久方ぶりの姉の姿があった。肩より低いロングヘアになっていた。記憶上の姉の髪型は短いものだったし、そのうえ背丈は大学生の割に低いままだったから、探し当てるのにも少し苦労した。
「やあ。14歳最初の朝の感想はどうだい?」
「どうもこうも、早起きさせられて最悪な気分だよ」
姉はそんな俺の反応を見て笑った。
「今日、お前をここに呼んだのは他でもない。誕生日プレゼントを直接渡そうと思ってね。頑張って大阪から来たわけさ」
そう言って姉は俺に4枚の切符を渡す。
「青いスタンプが押されていない方に列車の名前が書かれているだろう? それで宮崎駅まで行ってくれ。きっとサプライズが待っているよ」
その切符は『指定料金券』と書かれていた。博多駅7時31分発特急『にちりんシーガイア7号』宮崎空港行き。
「まだ20分くらいある。ホームでゆっくり待っていればいいさ」
俺が改札を通り、階段を上がって振り返っても、姉は柱に寄りかかって小さく手を振っていた。姉なのに、少しかわいいと思ってしまった。不覚だ。
朝は苦手だが、せっかく姉が用意してくれたプレゼントだし、ありがたく受け取って旅行を楽しむことにする。券面に記載された宮崎駅の到着予定時刻は13時7分。駅に着いてまずするべきことは、レストラン探しだろう。列車が博多を出て、次の停車駅である香椎に着く頃には、俺は眠りに落ちていた。
起きたら大分駅だった。初めて大分は高架駅であることを知った。時刻は10時3分。特にすることもなく、切符の文字を眺めていると、ある面白い事実がわかった。姉はかなり頑張ってくれたらしい。ところで、姉が用意しているという宮崎駅でのサプライズとは何なのだろう。姉はもう大学生で、俺の知らない交友関係もきっとあるだろうが、果たして宮崎にも顔が効くのだろうか。父譲りの推理力を持つであろう俺にもわからない。
定刻通り、列車は13時7分に宮崎に着いた。暑い。宮崎も高架駅だった。もしかして、各県の最大の駅は日本全国全て高架駅なのだろうか。そういうどうでもいいことも考えつつ、忘れ物をしないよう注意してホームに降りると、予想もしない人物がそこにいた。
「長旅だっただろう。どうだった?」
姉だ。確かに博多駅で俺を見送ったはずの姉が宮崎駅で待ち構えていた。
「ここで探偵のお前に挑戦だ。なぜ僕のほうが先にここにいるでしょうか?」
姉は右手の人差し指を立て、得意げに出題する。
「え? ……新幹線に乗って鹿児島中央から特急に乗り換えたんじゃねえの?」
姉がサプライズの表情を浮かべた。
「正解だけど早すぎないかい⁉︎」
むしろそれしか思い浮かばない。もしくは飛行機だ。2択なら2回答えるまでに必ず当たる。ちなみに姉によると、博多7時58分発新幹線『さくら451号』で鹿児島中央に9時33分に着き、鹿児島中央9時59分発特急『きりしま8号』で宮崎に12時9分到着、というのが模範解答らしい。何もないホームで1時間も待っていたのか、この姉は。
「お腹が空いただろう。特急で移動中に調べた店があるから案内するよ」
推理ショーは終わったとばかりにホームを出ようとする姉を、俺は呼び止める。
「なあ、姉ちゃんが博多に着いたのって、今日の6時くらい?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「この切符、『2枚きっぷ』と『指定料金券』はどっちもJR九州しか売ってないし、現に博多駅発行になってる。しかも日付は今日。大阪じゃ買えない切符だから、まさか夜行バスで来たんじゃねえかと思って」
姉が振り返った。顔が赤かった。
時刻表トリックなど、推理小説ではよくある手口だ。鉄道音痴な姉なりに考えたのだろうが、トリックが簡単すぎる。だからついでに、姉が俺に気づかれていないと思っていそうなことを言ってみた。窓口の係員に『宮崎の往復でしたらお安い切符がございますよ』と言われて『そうなんですか?』と驚く姉の表情が浮かぶようだ。
「僕の陰謀は全て白日の下に晒されてしまったというわけか。大正解さ。本気で隠したかった真実が知られると、けっこう恥ずかしいんだね」
とにかく行くよ、と姉は俺の腕を引く。腕を引かれるのは、子供扱いされているみたいで嫌なのだが、今日はなぜだかそのままにしてほしくなった。不覚だ。
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一方その頃、東京では。
「すいませーん、このクッキーください」
「はーい! ありがとうございます!」
娘から『3日間旅に出てほしい』と依頼を受けた探偵が東京ソラマチの土産物売り場を物色していた。久しぶりに会う弟を独り占めしたくなったのだろうな、と推理しながら。