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不穏な影と動揺




「────遅かったわね、二人共」


 一人の女子生徒が漆の左右にいた二人にそう告げる。


 その女子生徒は着崩した制服を着用しており、白いカッターシャツの胸元は大きく開いていた。彼女の首には赤いネクタイが巻かれており、遠巻きで眺めていた僕はそれを見て上級生だと判断する。


 赤は三年生で緑は二年生。青は僕の学年であり、漆の目の前に立っていたのは最上級生たる女子だった。


(ここは校舎裏だよな?こんな所で弁当を食べるのか…………)


 好奇心に身を任せて漆たち一向に着いていく僕だったが、場所がどんどん学園から離れていっているの事に違和感を感じ、少し怪訝そうにしつつも最後まで尾行していた。


 ようやく到着したと思った矢先、上級生たる彼女が先に待っていたのである。


「本当に姉さんの友達なのか?それにしてはなんか様子がおかしいような…………」


 弁当箱を右手に(たずさ)えながら、僕は音を立てずに物陰から漆の様子を盗み見ていた。すると、三年の先輩は漆を視界に入れるなり、右手を伸ばして漆の胸倉を掴む。


「────貴女、ちょっと調子に乗ってるんじゃない?」


 鋭い眼を向けると同時に、その様子からは“憎悪”の感情すら伺えてしまう。僕はその光景を見た瞬間、ビクッと顔が(こわ)ばるのを感じていた。


 思わず弁当箱を持つ手に力が入る。


 目の前の光景が信じられない。まさか漆が上級生に絡まれているなどとは認めなくなかったから。


 成り行きを恐る恐る眺めつつ、僕はギュッと唇を噛みしめる。


「私の彼氏、裕也(ゆうや)っていうんだけど、その彼が昨日私になんて言ったと思う?」


「…………」


 突然の質問に対し、漆は口を開くことなくただ黙っている。


 こんな脈絡(みゃくらく)もない話をされて直ぐに答えを返す方が無理である。漆の沈黙は当然だと言える。聞き耳を立てていた僕でさえ、彼女の言っていることの意味が分からなかったのだから。


 そして彼女は漆を睨む眼光をさらに鋭くし、突き刺すように言い放った。


「『あの子むっちゃ可愛いよな』って言ったのよ!有り得ないでしょ!?私の前でよ!私の前にもかかわらず裕也はそう言ったのよ!あなたに私の気持ちが分かる!?それから裕也はことあるごとにあなたの話ばかり、こんな屈辱を味わったのは初めてよ!」


 胸ぐらを握る手にさらに力を入れ、彼女は顔をすぐ目の前に近づけて漆に言う。


 しかもそれだけでは終わらない。


「そうよ!私の好きな人だって貴女のことばかり見ているのよ!私だって(はらわた)が煮えくり返ってるのは同じなの!」


「私だって同じよ!ちょっと顔が可愛いからって男子たちはみんなあなたの話題ばかり────もううんざりだっての!」


 はじけるように、そして連鎖するように漆の左右にいた同級生までもが各々に不満や怒りを彼女にぶつける。


 漆はそんな彼女達を見ているにも拘わらず、まるで無関心のごとく瞳を動かしていなかった。


 しかし、そんな彼女の態度に業を煮やしたのか、三年の先輩は胸ぐらを掴む手とは反対の手を大きく振りかざす。


(…………姉さん!)


 僕は今の光景を見て、踏みだそうと足に力を入れるも思うように体が動かなかった。そのうえ声も震えていて、一言すら叫ぶことが出来ない。そして、無情にも振りかざした平手は振り抜かれる。


「────っ!」


 パンッ、と。乾いた音が響くと同時に漆の頬が殴られていた。


「この…………っ!」


 僕は思わず駆けていた。手に持つ弁当箱を地面に放り投げ、漆のいる所まで全力で走る。


 距離は――約十メートル。


 魔法を使えば一瞬で距離を詰めることも可能だが、生憎(あいにく)身体強化魔法はまだ習得していない。


(姉さん────!)


 あちらはまだこちらに気づいていないらしく、これなら不意を突いて彼女らに割り込む事も可能だろう。場を乱しつつ、漆の手を引いて助け出す────明確なイメージを(もっ)てそれを実行に移そうとした直後だった。


「…………離しなさい」


 小さな声が呟かれ、漆が初めて口を開く。


「はぁ?聞こえないわよ。何か文句でもあるっての?誤解されちゃ困るわね、これは暴力じゃないわよ“教育”よ。(しつけ)という名の、ね」


 依然と胸ぐらを掴む先輩の手には力が込められており、口調も威圧的なものへと変わっていた。


 だが彼女は気づいていなかったのである。この場を包んでいた“空気”が変わり、身を震わせるような冷気に変貌したのを。


 今すぐに逃げ出したい。そんな恐怖が心を支配する。


「あ…………っ、か」


 呻き声が不意に耳に届く。


「────!?」


 異変を察知し、僕が顔を上げるとそこには異様な光景が目に映る。


「ぐっ、やめ…………苦し」


 漆が先輩の首を右手で掴み、空中に締め上げていた。その手には雷が(ほとばし)り、バヂッ、と空中で弾ける。


 属性魔法たる【雷】を纏う【付与魔法】であり、その性質を自らの体を通して発動できる魔法。雷の“性質”は【電導】と【放電】


「【雷の魔法】(ライトニングスペル)」


 漆がそう唱えた瞬間、彼女の周りに展開するのは四つの“槍”であり、その数はなんと五つ。


「姉さん!それはダメだ!」


 止まっていた足を無理やり動かし、今にも雷撃を放とうとしている漆を静止に入る。すると、漆含む四人の視線がこちらに向いていた。


「かはっ!はっ、はぁ、息が…………っ」


 意識が僕に集中したことが(さいわ)いしたのか、先輩は漆の手を振り解き首を押さえながら後ろに飛び退いていた。


 肺に空気を送りつつ、息を整える。その眼光は鋭く、そして憎しみの(こも)った瞳だった。


「貴女、こんな事してタダで済むと思ってるの!魔法は攻撃目的に使用してはいけない。立派な校則違反よ!」


「そ、そうよ!教師に報告すればアナタも終わりね!」


「私達二人が証人よ!」


 先輩を含む取り巻き二人も事の重要性を示すように漆に告げる。しかし、そんな彼女らを見ても漆の瞳は揺らぐことはない。


「…………黙りなさい」


 開いた五指を前に突き出し、再び複数の攻撃魔法を展開させていた。


『ひぃ────!』


 余りの殺気と威圧感。それを間近で受けた三人は数歩後ろに下がって怯える。


(クソッ…………っ、状況は最悪。何とか穏便に解決しないと姉さんが)


 僕は何とか状況を打破する一手を考える。その最中、ふと制服の懐に入っていた"ある物"が手に触れていた。


「消えなさ────」


「────待って!!」


 勢いよく地面を蹴り、漆と三人の間に割り込むように滑り込む。三人の内の一人が僕の登場に口を出していた。


「な、何よあんた!?関係ない奴は引っ込んで…………っ」


「そんな口を聞いていいんですか?僕は見ましたよ、あなた方が姉さんに行った一部始終を」


「なっ……!?」


 僕は懐に入れていたスマートフォンを見せ付けるように取り出す。


「最近の機種は高性能ですよね。細部まで鮮明に見える────それこそ顔が判別できるくらいの解像度で」


「…………ぐっ、貴方」


 僕の脅迫染みた言い方に女生徒たちは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「だからここは引いて下さいませんか?僕は決してこの事は言いませんから」


「……」


 三人は互いに目配せをし、こちらを恨めしそうに一瞥した(のち)にその場から走り去っていった。


「…………ふー」


 彼女らが視界から外れた瞬間、僕は安堵の息を吐きながら胸をなで下ろす。


(なんとか騙されてくれたか。あの状況で証拠写真を残すなんて早業は僕には無理だったし、ギリギリ助かったよぉ)


 機転を利かし、絶望的な状況を打破することが出来た。


「良かったね姉さん。なんとか穏便に事を済ませ────」


 僕がそう告げ、後ろにいる漆の方を振り返るも、彼女は疑惑に満ちた視線を僕へと向ける。


「…………何で助けたの?」


「何でって、人を助けるのに理由なんて要らないでしょ?ましてやそれが姉弟(きょうだい)なら尚更だよ」


 いつの間にか雷撃が消えてる。


 身に纏っていた付加魔法も消え、漆は最初と同じ状態だった。


 だが、彼女を取り巻く殺伐とした雰囲気は全く消えていない。


「…………」


 そんな中、漆はただ黙って僕を見ていた。


 決してその場から動かず、警戒を弛めることもしない。


「…………姉さん」


 僕は依然と沈黙を貫いている漆を(いたわ)るように一歩ずつ彼女に近づく。僕自身も彼女の雰囲気に怖じ気ついていたが、それでも足を踏み出す。


「────近づかないで!」


「っ!?」


 触れられる距離まで近づいた途端、初めて大声で漆は叫んでいた。拒絶するように放たれたそれは、あまりに痛々しい。表情は悲しげで、今にも崩れそうな程弱々しかった。



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