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束の間の平和




「へへっ」


「…………なんでニヤケてんの?」


悪友に冷たい目で見られながら、僕は机に座ったまま(あや)しく笑っていた。連日の如く僕は学園に遅刻してしまった訳だが、朝の感激が頭から離れることはなく、一限の授業が終わった現在も笑みを漏らしていた。


「おっと、それより昨日ことだ!慎に姉さんがいたなんて初耳だぞ!隠し子ならぬ隠し姉か!?」


「隠し姉て…………(うるし)姉さんのこと?」


(うるし)さんっていう名前なのか!いい、素晴らしい!」


 秀一は漆の名前を聞いた途端、身をよじらせて叫ぶ。正直気持ち悪いが、敢えてそこは無視しておく。


「────って違ぇ!?今は感激してる場合じゃなかった!」


「…………家には入れないからね?」


「既に目論見(もくろみ)がバレてる!?何故分かった!まさか、思考盗撮か!?いやっ、覗かないで!俺のふしだらな頭の中を覗かないでぇ!」


「キモい」


 騒ぐ秀一を一蹴し、僕は再び今朝のことを思い出す。無表情ながらも僕が作った弁当を漆が受け取ってくれた。小さいながらも大きな一歩だ。


 まだ会話こそ無いが、少しずつでも言葉を交わしていきたい。日常的にはほんの些細な会話かもしれない、だが毎日積み重ねていけばきっと漆姉さんも心を開いてくれる。溝だって埋めていける。


「明日も弁当を作ろう、明日も明後日も。毎日だって作ってあげるんだ。そしたら姉さんもきっと僕のことを────」


 弟と認めてくれる、と言いかけるも僕はまだその言葉を呑み込んでしまう。流石のそれは時期尚早であり、焦りは禁物だ。


 ゆっくりでいい、家族が安らげる環境を僕が作る。そう決意を胸に込めて。


「よし!明日はむちゃくちゃ豪華な弁当を作ってやる!」


 クラスメイトが怪訝な表情をしていたが、僕はそれに構うことなく教室内で叫ぶ。暗闇に一筋の光が差す。この瞬間そう感じていたが、この時の僕は予想だにしていなかったのだ。


 このささやかで、平和な毎日がある日を境に劇的に変化することを。その日が、僕と姉さんの関係を大きく変えてしまったことにただ後悔していた。




           ●




 その日は朝から(くも)りだった。


 曇天が青い空を包み込み、いつ雨が地に降り注いでも不思議ではなかった。一緒に登校する姉さんの後ろ姿を眺めながら、僕はそう感じていた。


 始めて弁当を姉が受け入れた日から一週間。あの日以降、姉さんは毎日弁当を受け取ってくれ、それを作る僕も毎日が充実していた。


 そして今日はまだ漆姉さんに弁当は渡していない。その理由は今朝(けさ)にまで(さかのぼ)る。僕は漆に『まだ弁当が出来てないから、姉さんは先に行って』と言い残し、漆を先に学園へ登校させた。


 作っていないというのは建前で、本当に弁当を作っていなかった訳ではない。今日は直接教室へと赴いて姉さんに渡そうと思っていたからである。


 これまで僕は、朝ご飯を食べてから漆に弁当箱を渡していたが、今日は少し趣向(しゅこう)を変えて、二年生の教室に行ってお弁当箱を手渡ししようと考えたのだ。


 聞くところによると、姉さんはその態度の影響かクラスで少し孤立気味らしく、毎日独りでいることが多いらしい。


 なんとかしたいと思ったが、彼女は二年で僕は一年生。用も無いのに上級生の教室へと赴くことはないのである。


 そこで登場するのが謹製(きんせい)の弁当だ。昼食を届けるという名目(めいもく)ならば、なんの抵抗もなく漆に弁当を渡すことができる。


 しかもただ弁当を渡すだけではなく、美しい姉弟愛を二年生のクラスメイトに見せつけることで、姉さんの"陰気キャラ"を一変して、"親しみやすいキャラ"をみんなに定着させる────それこそが本来の目的でもあった。


 そうしたら漆姉さんも昔の事など忘れて、今の学園で楽しい思い出も作ることが出来るだろう。


(最近は会話も増えてきたし、このまま友達を作って一緒に遊んで…………はぁ、緊張してきたぁ)


 作戦は今日の昼休みに決行だ。その為にはいち早く教室に駆け込み、弁当を渡す必要があるだろう。


(昼休み前の授業は…………魔法学か、その時間はサボって二年生の教室前に待機しておこう)


 姉さんの為だ。授業をサボるくらい痛くも痒くもない。


「姉さんびっくりするだろうな。今日はきっと最高の日になるぞ」


 前を歩く漆に続くように、慎は軽やかな足取りで学園へと向かった。




            ●




「やっと昼休みかぁ!なぁ、慎も一緒に購買に…………」


 三限目の魔法学が終わるまで爆睡(ばくすい)していた秀一は、昼休みの鐘が鳴り響くと同時に起きていた。そしていつものように慎を誘って購買へ向かおうとするも既に(しん)の姿は無く、席は何故か無人のままであった。


「あれ?どこに行ったんだよ、慎」


 周りを見るも、教室に慎の姿は無かった。


 実は二限目が終わると同時にエスケープしていた慎だったが、一限から三限まで爆睡していた秀一にそれが分かるはずもなく、検討外れの答えに行き着いてしまう。


「………トイレかな?」


 秀一は普通にその結論に至っていた。



 一方で、慎は何処(どこ)かといえば、当初の予定通りに二年生の教室へと訪れていた。


「うへぇ…………二年生の教室は緊張するな」


 弁当箱を脇に抱えつつ、教室の手前の階段へと潜んでいた。


 いざ来てみたものの、やはり目前で怖じ気ついてしまい、うろうろと廊下で迷う始末。ぞろぞろと二年生が教室から出ていく中、僕はじっと漆が教室から出るのを待っていた。


 出鼻からしくじってしまった以上、教室に入って届けるという計画を変更して廊下で渡すことにしたのである。幸い、漆はまだ教室から出ておらず、弁当箱を渡すタイミングとしてはまだ逃していない。


(それにしても姉さん遅いな…………)


 別に焦っていたわけではなかったが、昼休みが始まって既に五分が経過している。いつもの漆ならすぐに購買へと歩みを進めるのだが、今日は少し遅い。


(…………)


 まだ昼休みの時間はあったが、僕は思わず足を踏み出していた。過保護(かほご)とは言い過ぎかもしれない、だが僕の胸には微かな"不安"が生まれていたのだ。足を進めて、視界に教室を捉えた瞬間だった。


「…………あ」


 教室のドアが開き、そこから一人の女子生徒が出てきたのは。黒い制服に腰まで届く漆黒の髪。見間違える筈もない。教室から出てきたのは御堂 漆本人であった。


「姉さ────」


 声を掛けようとした所で、僕は途中で口を閉じる。


(姉さんの他に、二人の女子が…………)


 漆とは他に、彼女の左右を挟むようにして女子生徒が歩いていた。一人は髪を後ろに纏め、髪色は茶色の女子生徒。もう一人は前髪をオールバックにしてそれをピンで留めている。同じく髪色は茶色の女子生徒である。


 後ろ姿だったので学年を色別(しきべつ)する服の装飾は見れなかったが、二年生の教室から出てきた以上は漆と同じクラスメイトだろうと推測する。


(もしかして一緒にお昼かな。凄いよ姉さん。一気に二人も友達を作るなんて)


 僕は思わず胸の内でガッツポーズを取る。先程までの不安は杞憂だと思い、慎は遠巻きに漆を含めた三人の後ろ姿を眺めていた。そして心に余裕が生まれたらしく、僕の心に一つの"好奇心"が生まれる。


(ちょっとだけ、覗いてみようかな?)


 自分の中で渦巻く純粋な“好奇心”が、 立ち止まっていた慎の足を動かしていた。ほんの少しだけ、そう思って弁当箱を抱えながら思う。


 だが、この些細な"好奇心"が、御堂 漆という人間を────そして御堂 慎という人間の日常を変えてしまうとは、この時は思ってもみなかった。


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