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過去と出会い



 今日の更新を最後に以降は二日に一度の更新となります。どうかこのままご覧いただけると幸いです。




「────今日からこの家に住むことになった漆だよ。仲良くしてほしい」


 久方(ひさ)ぶりに家に帰って来た父親の第一声がそれだった。僕はその日────十三歳となり、中学校へと入学して帰路へ着いた途端で、その光景を見て目を見開いてしまう。


「…………」


 そこには無表情ではあるが、黒髪の綺麗な女の子が立っていた。


「あはは、(うるし)もそんなに固くならなくてもいいんだぞ?お前の弟だよ、正真正銘血の繋がった“家族”なんだからもっと嬉しそうにしなさい」


「…………」


 父親が必死に話を振るも、彼女は依然として無口のまま。そんな女の子に戸惑っている父さんがいて、混乱する僕がいた。


「父さん…………僕が弟って、どういうこと?」


 ようやく絞り出した声で父親に尋ねるも、余りのの衝撃で上手く喋れない。


「ん、と。まぁ詳しい話は直接この子から聞いてくれ。ボクはまだ仕事が残ってるから、後はお願いするよ」


 逃げるように父親や僕と彼女から背を向け、早足で玄関へと移動してから家を後にする。


「ちょっと父さん!」


 僕は急いで追いかけるも、既に父親の姿は無く、微かな魔法を使った形跡(けいせき)だけが残っていた。


「この魔力残滓(ざんし)…………転移系の魔法か」


 設置した魔法陣へと“転移”する移動手段に使われる魔法であり、(あらかじ)めここに魔法陣を設置していなければ出来ない芸当だ。用意周到(よういしゅうとう)というか呆れるというか。


「…………どうしよう」


 文字通り、父親に丸投げされた僕はただ呆然とするしかない。


「…………」


 依然として口を開かぬ“姉”の姿を見て、僕はどうしようと頭を悩ませていた。




           ●




「…………粗茶ですが」


 テーブルの上に湯飲みをそっと置く。()れたばかりのお茶は、白い湯気を立ち込めながら空中を漂っている。あの後、数分間は呆然(ぼうぜん)としていたが、すぐに我に返って玄関に戻っていた。


 その(さい)に、玄関に立ったままの漆さんを居間に通す。そしてお客様用のお茶を淹れ、互いに無言のまま向き合うように座る。なんとも居心地が悪い、緊張感で胃に穴が空きそうである。


『…………』


 沈黙がかなり痛い。さっきからずっとこの調子だ。まだ漆さんは一言も口を開いていない。ここまでくると呼吸をしているのかどうかも怪しくなってしまう。


(うぅ…………気まずい。でも、いつまでもだんまりとしてるわけにはいけないし)


 ふと視線を移す。腰近くまである髪は、今時(いまどき)珍しいほどの漆黒。スカートから覗く脚は透き通るほど白く、思わず目が向いてしまう。正直に言って物凄い美人である。


 無表情なのを差し引いても、端正な顔立ちでアイドルなんか(かす)むくらいの美貌(びぼう)だ。


(────こんな綺麗な人が僕の姉?)


 とてもではないが信じられない。


 冷静に考えてみたら、今まで姉弟などいないと思っていたのに、今日初めて会った人が姉というのだから笑えない。どう見ても僕とは似ても似つかない人じゃないか。


 父親も父親だ。いきなり帰ってきたと思ったら知らない女の子を息子に任せて放置とは…………、あまつさえ姉弟なんて“青天の霹靂”もいいところだ。


(やっぱり本人の口から事実を聞くしかない……)


 意を決して目の前にいる漆に尋ねる。


「あの、僕とあなたは本当に姉弟なんですか?」


 漆は何の反応もしない────かと思われたが、手を動かして(ふところ)何かを差し出していた。


「…………手紙?」


 差し出されたそれは、何の変哲(へんてつ)もない一枚の紙であり、依然と漆は無表情のままだったが、その口が初めて動いていた。静かな口調で、義務的な態度で彼女は告げる。


「…………読んで」


 それだけ伝えてから、彼女の口は再び閉じられる。どうやら自分で話すつもりはないらしい。どこまでも徹底した黙秘ぶりである。


「…………」


 少々の怪訝(けげん)を抱えつつ、僕は差し出された紙を受け取る。紙は半分に折り畳まれており、ちらりと覗いてみると、ぎっしりと文字が書き記されていた。


 この時点で既に読む気が失せつつあったが、重要な事だと思い、僕は紙を(めく)って中を見る。それには父さんの字で『慎がお前の事を尋ねてきたら渡しなさい』と書かれていた。


 どうやら最初から指示されてのことだったらしい。二度目となるが、用意周到すぎて最早(もはや)笑うしかない。


(さて、どんな理由があってのことだ…………?)


 少しだけ緊張しつつ、手紙に目を通していく。




           ●




『突然の事で済まない。(しん)が戸惑うのも無理はないだろう。何度でも謝らせてくれ、本当に済まなかった。


 だが(うるし)は悪くない、悪いのは全て父さんなんだ。それだけは誤解しないでほしい。


 その子は御堂 漆。正真正銘、血の繋がったお前の姉だ。訳あってお前とは別々の場所で暮らしていた。


 その子は特別な子で、学力・運動力・魔力共にずば抜けた才能を持った天才で、世間からでは"神童"なんて呼ばれている。


 だからボクはその子の才能を存分に生かせるよう、特別な学校に通ってもらっていたんだ。


 全寮制(ぜんりょうせい)で一切の外出を禁止する、閉ざされた学園でね。


 ボクは将来のため、その子に最も適した環境を与えた。資金も労を惜しまなかった。


 だが、現実は上手く事が運ばなかった。


 ある日、その学園で事件があった』


「…………っ」


 そこまで読んでから思わずゴクリと息を呑んでしまう。前に座る漆をチラリと一瞥(いちべつ)してから再び視線を手紙へと落とす。


『生徒数名が半殺しに()う、つまりは暴力事件だ。


 ボクもそれを聞いた時、まさかと思ったよ。


 だってそんな事件が学園内で起こるなんて普通は有り得ない。


 ボクも流石に不安だったんだ。だから急いで学園に連絡した。私の娘は大丈夫なのか?とね。


 あの時は動転(どうてん)していたんだろう、被害者は男だけだったのにも拘わらず、娘は大丈夫か!?なんて、馬鹿みたいだろう?


 ボクもすぐに冷静になって動揺を(しず)めたよ、娘は関係ないって。


 だけど、違った。


 教師は何て言ったと思う?ボクも聞いたときは信じられなかったよ。


 "あなたのお子さんがやったんです"ってさ。


 被害者の男子生徒がそう証言したらしい。


 私は何かの間違いだ、と必死に抗議したが、教師連中は揃って口をつぐんでいてね、誰からも弁明の言葉が無かったんだよ。


 それで責任問題やら学園の体裁(ていさい)やらで話が(こじ)れてしまって、結果"自主退学"という扱いになってしまったんだ。


 当然、それは表向きな理由で、本当はただの────』




「…………っ!」


 最後まで内容を読むことなく紙を握り潰す。なんとも胸糞の悪い話で、僕も思わず表情に出していた。


(自主退学だって?そんな訳ないだろ。明らかな厄介払いじゃないか!)


 自分の事でもないのに激しく(いきどお)る。


 つまり、漆さんは無実の罪をなすりつけられ、あろう事か学園を退学させて責任を取らされた。そして全寮制の寮からも追い出されてこの家に来た、という事だろう。


(何だよそれ…………理不尽だろ。なんで漆さん一人が責任を取らされなくちゃいけないんだ!)


 中学生になったばかりの僕でも理解できる。


 汚い大人達の社会、というのが。


「…………っ」


 勢いよく椅子から立ち上がり、座っている姉さんを見下ろす。


「……」


 一言も声を発することなく、ただ無表情で座っているだけの漆。さっきまでは疑問やら不信感やらが山ほどあったが、そんな些細なことは一気に消え去った。今はただの血の繋がった姉さんだ。拒否する理由などはもう無かった。


「…………」


 無言で彼女に近寄る。その行動を見て、漆の頭が僅かに揺れていた。姉さんなんかいるはずもない、などと思ってしまったが。


 まだ間に合うだろうか?


 思ってしまったこと自体は取り消せない。それでも、それが決して拒絶から出たものではないことだけは知って欲しかった。


 座る漆の横で立ち止まる。彼女の無表情な顔を眺めつつ、僕は意を決して言葉を伝える。そして同時に手を差し伸べていた。


「大丈夫です。僕は拒絶したりしませんから、だから漆さんも安心して下さい。僕たちは姉弟です、これからゆっくりと話しましょう。まずは部屋を案内しますから漆さんも────」


 目と目が合わさる。複雑な色を(たた)えていた漆の瞳が、微かに揺れた。


 言葉はなくて、やがてその片腕だけが、差し伸べられた手を迎えるように持ち上がる。固く握り締めていた(てのひら)が開かれ、僕の手に触れようとした瞬間。



「────触らないで」



 ぱしん、と。


 静寂に包まれていた部屋に乾いた音が響き、打ち払われた慎の手には、柔らかな(てのひら)の温度ではなく、痛みだけが残っていた。







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