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姉と弟



「はぁ…………やっと終わったよ」


 現在の時刻は三時頃。


 ホームルームも(つつが)なく終了し、僕は急いで教科書を鞄に仕舞(しま)っていた。目的は勿論のこと、姉から逃げる為である。


「槙…………"また"なのか?」


「うん…………まあね」


 秀一が(いたわ)るように言う。


「────ていうか、こうなったのも秀一が原因じゃないか!秀一が告白がどうとか言うから…………!」


「だってよぉ……まさか本当に漆さんが来るとは思ってなかったしぃ」


 ちらりと教室のドアを見ると、そこには漆黒の髪を腰まで垂らした女生徒が教室の出口から半身だけ覗かせてこちらをじっと観察していた。いや、もはやあれは射抜かんばかりの眼光で睨み付けていると言っても過言ではないかも。


「…………じー」


 漆姉さんが張り付くようにじっとこちらを見る。しかも出口を陣取っており、加えて彼女が威圧を放っている所為(せい)で他の生徒が足踏みしてしまい、帰るに帰れずに立ち往生(おうじょう)する始末。


「…………どうやって逃げよう」


「あれはアカンて、絶対に無理やて」


 なんで関西風やねん。今回の発端(ほったん)の癖に他人事みたいな態度を取りやがって…………絶対に仕返ししてやるからな。


「一つ、僕に作戦があるんだ」


「おおっ!漆さんを出し抜く驚天動地(きょうてんどうち)な方法があるのか!?」


 いや、驚天動地て。なんでわざわざそんな大袈裟な表現で期待するんだよ。妙なテンションになるなってのに、まったく。


「ちょっと耳を……」


 僕がそう告げると、秀一はすぐさま身を乗り出して耳元を近づけており、僕はその様子を見て『くくっ、他人事(ひとごと)のように聞いてられるのも今の内だ』とほくそ笑む。


「────で、どうするんだ?教えろって」


「うん、それはね……」


 至近距離まで近寄った秀一にそう言って、僕は素早く秀一の(えり)と右腕の袖をがっしりと掴んでいた。積年の恨みを晴らすが如く心境の状態で、僕は力を込めて秀一を漆姉さんに(おお)(かぶ)さるような軌道で────投げ飛ばす。


「ぬぉぉぉおおお!」


 完全な不意打ちで秀一も反応出来ずに空中へと放り出される。その表情はまさに『鳩が豆鉄砲を食らった』かのような愉快な顔であった。にしし、いい気味だ。


「謀ったな!槙ーっ!」


 目論見(もくろみ)通り、秀一は叫び声を響かせながら、教室の出口へと飛んでいく。後は、姉がそれに対して反応すれば僕の作戦は成功する。


 改めて、僕の作戦は説明しよう。


 ①秀一を投げる


 ②漆姉さんが魔法で撃墜する。


 ③騒ぎの混乱に乗じてダッシュ!の三つ。


(いけっ……!)


 姉さんが魔法を発動し、その僅かな“瞬間”に僕は脱兎の如く逃げ出す…………そんな段取りであったが、それは彼女の取った方法により(くつがえ)されていた。


「【二重魔法】(デュアルマジック)」


 姉さんが秀一に向けて魔法陣を展開した直後、僕がその“異変”に気づいて愕然とする。


「うぇ!?【二重魔法】だって!」


 まさかの事態に困惑するも、時既(ときすで)に遅し。


「あばばばばばばばば!」


 全身が感電し、痙攣しながら秀一が叫ぶ。姉が放った雷撃により一瞬で迎撃されており、対する僕の方にも彼女の発動した魔法が直撃していた。


「うわっ!?」


 突如として現れた金色の輪が僕の腕と腰を挟むように固定され、バランスを保てずに教室の床に転がってしまう。それを確認した漆姉さんが僕を肩に(かつ)ぎ、まるで獲物でも仕留めたかのような装いで立つものだから、担がれている僕としては恥ずかしい。


「…………慎君、帰りましょうか?」


 普段の姉とは違い、学園での御堂 漆として僕に帰宅を促す。その様子がますます僕の焦りを加速させてしまい、せめてもの抵抗を見せるも、彼女はそれを一蹴する。


「できれば帰りたくないんだけどなぁ…………」


「ダメ」


 にべもない。


「はぁ…………」


 無駄な抵抗は諦めて、僕は再度姉の凄さを認識する。魔法を発動する際には必ず【詠唱】しなければならないが、姉はそれを簡略化できる【高速詠唱】を可能としていた。だから【攻撃】と【拘束】を同時に使用できたのである。まさに規格外っ。


 それに、見て分かると思うが、あの細い体躯で男たる僕を軽々と持ち上げられたのは身体強化魔法による恩恵であり、脚力と腕力を強化して僕を持ち上げたんだろう。


 普通は同時発動は難易度が高いので使用出来る者は少ないが、それを難なく実行可能な姉には感服するしかない。


 僕が担がれたまま悲嘆に暮れていると、姉さんが僕にしか聞こえないような小さな声で囁く。


「…………今日は寝かせないんだからね?」


 どうやら今夜は尋問という名の拷問で眠れそうになかった。




           ●




 「…………んぁ?」


 (やかま)しく鳴り響く目覚ましに叩き起こされ、僕は寝惚(ねぼ)け眼を(こす)って寝床から上体を起こす。


 昨日の記憶がまるでなく、自分がいつ就寝したのかすら覚えていなかった。まだ半覚醒のままうろうろと視線を動かしていると、再び『ジリリッ』とベルの音が鳴る。そこでようやくハッとなり、朧気(おぼろげ)だった頭が覚醒していた。


 最後に一度だけ目を擦って、ベッドから降りようと手を置いた瞬間に『ふにょ』と右手に柔らかい感触。まさかと思いつつ、視界を下に移した途端、僕は朝から叫んでいた。


「……むにゃ」


「ねねねね、姉さん!なんで僕のベッドに!?」


 あろうことか、僕が掴んでいたのは(うるし)の柔らかな乳房であり、卑猥にもそれはむにゅむにゅと形を変えて僕の思考を乱しまくっていた。


「────!」


 思わず絶叫しそうになるも、僕は慌てて口を左手で押さえて必死に(こら)える。ぐるぐると視界が揺れ、まともに頭が働かないが、(かたわ)らで寝息をたてている漆は消えることはない。


 最早(もはや)疑いようもない、僕の姉こと御堂 漆が(かたわ)らで寝ていた。


(だぁぁぁあああ!何で姉さんがここにぃぃぃ!)


 声には出さず、改めて僕は姉の行動に疑問を持つ。決して“事後”とかではない。絶対に誤解なんかするなよ。


「う…………ん」


 僕が起き上がった事で漆は人の気配を感じたのか、小さく息を漏らしながらごろりと寝返りをうつ。そこでようやく右手が胸から離れ、僕は一先(ひとま)ず危機を回避できてほっと息を吐いていた。


(今がチャンス!)


 この機を逃さんとすべく、逃げ出すようにしてベッドから飛び退く。心臓はまだ早鐘(はやがね)を打つように鳴り響き、僅かに体温を上げていた。


「…………朝から心臓が止まるかと思った。全くいつの間にか忍び込んだのやら」


 なんとか脱出に成功し、扉を背に座り込みながら昨日の出来事を思い返す。


「尋問されて、拘束されて…………いつ寝たっけ?」


 どうも記憶が曖昧で思い出せない。ホントに何をされたんだよ僕は。


「なんでこうなっちゃったかな…………」


 昔はこんなにブラコンな姉じゃなかった。それどころか、昔はもっと冷たい表情で、それこそ凍りついた目をしていた時期があったと記憶している。


「もう三年か…………時が経つのは早いな」


 僕が姉さんと初めて会った日のことを思い出す。もう忘れたと思っていたが、改めて思い返すとその出来事が鮮明に浮かんでいた。


「あの時からなんだよなぁ、漆姉さんがあんな性格になっちゃったのはさ」


 自分の大胆すぎる行動を思い出し、僕は顔を真っ赤にしながら頭を抱えてしまう。


 それは僕が中学に入学した日の事だった。その日、僕の運命は“彼女”の登場によって変わっていたのである。







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