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普通の日常



「はぁ………」


 現在の時刻は八時半頃。僕は生徒会室から抜け出した後、自分の教室に戻っていた。あの後、()ぐに目が覚めて事なきことを得たが、もしあのまま目覚めなかったらと思うと気が気でならない。眼前に姉の顔があり、急いで飛び退()いたはいいが、あの時は本当に心臓が飛び出る程に僕は驚いていた。


(全く…………僕らは姉弟だってのに、 姉さんときたら)


 不満げに眉を寄せ、ブツブツと心の中で呟く。すると、不意に後ろから声が掛かる。


「よっ、 元気かよ慎!」


 勢いよく肩に手を置かれる感触。若干の痛みを感じつつ、後ろを振り向くとそこには一人の男がいた。身長は僕より少し高く、髪は少し長め。学園指定の制服は少し着崩しており、右手には鞄が掲げられていた。


 コイツの名前は【結城 秀一】(ゆうき しゅういち)。僕の親友というか悪友というか…………所謂“幼なじみ”と言える間柄である。


「おはよ、 秀一」


「おはようさんっと、 それよりどうした? 辛気くさい顔して」


「そう?別に大したことはないよ」


「ふーん、 そっか。 ならいいけどさ」


 秀一は別段(べつだん)気にする様子もなく、自分の席に戻って鞄を机の横に置く。そして、ずずいと顔を寄せてから僕の机に自らの机を寄せていた。


「それよりどうなんだよ、最近は」


「…………質問の意味が分からないんだけど?」


 突然、秀一は前置きもなく僕に尋ねる。


(とぼ)けるなよぉ、昨日の放課後に呼び出されて告白されてただろぉ。で、何て返事した?」


「ちょっ、声が大きいよ!」


「わぷっ、んぅぅ!?」


 即座に反応してから、これ以上喋らないように両手で秀一の口を押さえていた。その(かん)に、周りからヒソヒソと噂の声が囁かれ、なんとも気まずい雰囲気となってしまう。確かに昨日はクラスメイトの女子に呼ばれて告白はされたが、僕は丁重に断った。


 だって付き合うとか、まだ僕にはよくわからなかったし、そもそも僕にそんな甲斐性(かいしょう)はない。しかもその日に限らず、連日の話だから(たま)らないのである。


 一度だけでもいいから、クラスメイトの女の子に僕の何がいいのか尋ねてみたい。成績だって中の上くらいだし、魔法実技の成績だって中ぐらい。顔は…………そんなに悪くはないと思うが、容姿で選んだのなら、寧ろ秀一の方がモテるのではないだろうか。


 毎日とは言えないが、大抵(たいてい)は女子と一緒にいたりするし、告白だって僕以上にされている筈。なんかちょっと(うらや)ましくなってきたかも、この野郎。


「…………確かに告白はされたけど、何かの間違いだよ。きっと秀一に想いを伝えたいって言う(たぐ)いの告白だって」


 訂正するようにして、小さく囁くようにして秀一へと告げるも、どうやらそれどころではなかったらしい。


「く、くるし…………。息がっ」


 ぺちぺちと僕の腕を叩いて、苦しさを訴えていた。


「あぁ、ごめんごめん。ついうっかり口と鼻を押さえてたよ」


 可愛らしく『テヘぺろ』と冗談混じりに謝るも、秀一は許してくれなかったようで、勢いよく呼吸を整えてから僕へと叫んでいた。


「ぶはぁっ!ついうっかり殺す気か!」


 元はと言えば秀一が悪いだろうに、なんだか納得がいかないと感じてしまう。


「だからごめんって。 秀一が悪いんじゃないか、いきなりあんな事言うから」


「あんな事も何も事実だろ?あー、いいよなぁモテる奴は」


 秀一は唇を尖らせながら(ひが)むように言う。


「絶対にないって。大体そんなことになってたら姉さんが黙ってないし」


「姉さんって、漆さんのことか?あり得ないだろ、あの冷徹な漆さんがヤキモチを焼くなんて地球が絶滅してもあり得ないって」


 ところが残念。ちょっとでも姉さんが告白のことを聞きつけたら、直ぐに捕獲されて生徒会室に軟禁されてしまうだろう。いやいやマジで。冗談じゃないからね。そして小一時間尋問されて、あることないこと喋らされるんだ。


「何年も漆姉さんと会ってる癖に未だに本質に気づいてないなんて…………(あわ)れな」


「ん?何か言ったか?」


「何にもないよ。さぁ、もうすぐ全校集会だから早く行こうよ」


「あ、ちょっと待てって。先に行くなよ」


 後ろで秀一が何か言っていたが、スピードを落とすことなく僕は体育館へと足を進めていた。



            ●



『ただいまより全校集会を始めます。最初は校長先生の挨拶から────』


 教室を出て数分後、 僕は体育館へと集合していた。我ら神前魔法学園の総人数は約3000人。中高一貫にして国内最大のマンモス校である。


「ほんと、この学園は人数が多いな…………」


 国内最大はいいけど、人数が増えればその分喧騒が絶えず、正直なところけっこう(やかま)しい。


「だな、国内最大は伊達じゃないって感じだ。あ、でもその分女子も一杯いるけど」


「確かに…………って、何で秀一がこんな後ろにいるんだよ、もっと前の咳だろ?」


 何事もなく受け答えていたが、この男、堂々と隣に腰を下ろしていた。勝手な移動がバレて教師に注意されたらどうするんだよ、まったく。


「細かいことは気にすんなって。それよりさっきの話だけどさ…………」


 ぐぬっ、また朝の話を掘り返す気だなコイツは。さて、どう受け流そうか。適当にはぐらかせばなんとか誤魔化せるか?


 秀一の質問攻めを回避すべく僕が頭を悩ませていると、校長の話が終わったらしく、入れ替わるようにして壇上へと上がったのは僕のよく知る人物だった。


『次は生徒会長から今週の連絡事項の説明をしていただきます。では、“御堂”生徒会長────お願いします』


 進行を指示する教師がマイク越しに“生徒会長”と呼んだ瞬間、ピタリと喧騒が()み、先程まで騒いでいた生徒達が揃って口を閉じて体育館内に静寂(せいじゃく)が訪れていた。


 勿論のこと、雑談していた僕と秀一も口を閉じて壇上へと視線を移す。自宅以外の姉は完全無欠・冷徹完備・優麗・才色兼備・容姿端麗と言葉で表現するのが馬鹿らしくなる程完璧な生徒会長である。


「生徒会長の御堂です。今週の連絡事項について説明します。まず登校中のことについてですが────」


 マイクを通して伝わる(りん)とした姉さんの声が体育館内に響き、連絡事項の書かれた紙を片手に淡々と説明を始めていた。その際、誰一人として無駄口を漏らす輩などはおらず、まさにこれが学園での風物詩ともいえるだろう。


(やっぱ恐いぜ、無表情で淡々としてるもんなぁ。アレが槙に嫉妬するのか?あり得ないって、 マジで)


 横で秀一がヒソヒソと(ささや)くも、僕は慌てて彼の口を両手で塞ぐ。


(ちょっ、 バカ。もし聞こえでもしたら……!)


(…………もがもが)


 この静寂を打ち破ろうとするなんて大馬鹿野郎にも程がある。もしちょっとでも騒いだら恐ろしい目に遭うことは理解しているだろうに。学習能力がないのかコイツは。


「────でさぁ、今日のことだけど…………」


『────!?』


 不意に、声が聞こえる。無論のこと、僕と秀一ではなく全く知らない男子生徒が隣の友人に話し掛けていた。僕はその光景を見た瞬間に“戦慄”し、この後に起こるであろう“悲劇”にゴクリと唾を呑み込む。


(やばっ、姉さんに聞こえる!)


 ()ぐに喋っている奴に注意を促そうとするも、時既に遅かったらしく無情な【制裁】が彼を襲っていた。


「【lightning・spel】(雷の魔法)」


 壇上にいる漆姉さんが、説明している最中、一言だけその言葉を“唱えて”から視線を(くだん)の男子生徒へと向けた瞬間だった。


「あばばばばばばばば!?」


 突如として男子生徒の頭上に雷が落ち、感電した男子生徒が叫び声を響かせながら痙攣する。つまり、雷へと変換された彼女の魔力が私語をした男子生徒へと降り掛かったのだ。


「────喋るな。灰にされたいの?」


 壇上で説明していた生徒会長────もとい、漆姉さんはそう告げていた。その瞳に一切の感情もなく、淡々とした口調で。


(もう灰になってるよ、姉さん…………)


 落雷した男子生徒はバチバチと帯電しながら灰と化していた。御愁傷様としか今は言えない。安らかに眠りなさい、死んでないけど。


 それにしても恐ろしい生徒会長様だ。僕はたまたま隣にいたから聞こえたが、それでも小さい声で喋っていたというのに…………なんという地獄耳。しかも3000人はいる生徒から特定、加えて魔法の座標指定────極めつけは威力まで軽減して発動する始末。


 なんという最強。人間業じゃないよホント。これが御堂 漆であり、これが我が姉だ。こんな悲惨な光景を見せられたら黙るしかない。誰だって命は惜しいからね。


(…………今日も我が姉は最強だったか)


 いつも通りの光景に、僕はただ苦笑するしかなかった。

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