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溶けて咲く  作者: 柳翠
9/15

理由

担任の名越先生がよく通る声で、その日の始まりとも言えるホームルームを始めた。


今日は西畑咲雪という人物の説明だった。説明、と言っても転校した理由が、とか、そういうものだと思っていた。


しかし、説明される当の本人は今日学校には来なかった。見慣れた空席に座る咲雪の姿が今日はない。


「今日は咲雪さんは遅刻、欠席です」


名越先生は淡々と話し始める。いつもは欠席や連絡は少なく、たまにサボる輝秋の名前が発表されるだけだった。


名越先生は悲壮感を出してぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「実は、西畑さんは大病を患っているのです」


その言葉にクラス中はしんと静まりかえる。もちろん僕も後ろに座る輝秋も息ずかいで戸惑っているとわかる。


僕は走馬灯のようなものを頭の中で巡らせていた。


今まで元気だった咲雪は嘘のものだった、空元気で僕とすごしていた、そう思うと息を吸って吐くのも億劫になってくる。


名越先生はなおも決心したように淡々としかし、目を細めクラス中を見渡す。


「西畑さんは花咲病と言う病気を患っています。知らない人もいるかもしれませんがこの病気は稀に見られる病気です。西畑さんが学校に来た時は皆さんできるだけ病気のことについて聞かないであげてください」


クラス中がざわつく。


「花咲病だってよ」

「初めて聞いた」

「なにそれ」

「分かんねー」

「可哀想」



そんな、中身のない会話を聞いているうちにホームルームはいつの間にか終わっていた。名越先生は一仕事終えたように息を吐き教室を出ていった。


「なぁ、輝春」


後ろから声が聞こえたが、僕は頭が回らず適当に返す。


「うん」


しばらくの沈黙が訪れてため息ををするのが聞こえた。僕は何も書かれていない黒板を見ながら何とか言葉を探す。


「輝秋は知ってるか? 花咲病」

「あぁ、知ってる 後で教えてやるよ、ほらっ、次の授業始まるぜ準備しよう」


僕の方にぽんと手を置き優しく言葉をかけてくれる。


輝秋の親は二人とも医者なのでこういうことに関しては詳しいのかもしれない。


頬杖をついて考える。考えても答えは見つからず授業が始まってしまう。


1時間目は現国だった。髪の毛のない先生が黒板にリズムよく何かを書く。ノートを机の上に広げるが空白のまま25分が過ぎていく。


ふと、携帯で花咲病を調べてみようと思った。スマホの電源を入れて机に隠れて親指で操作する。


『花咲病.死ぬまぎは、又は病状が進むにつれて体の一部から花が咲く。どこに咲くかは人による。治ることは無い』


スマホをいじる手が止まる。何度も内容を反芻する。それでも頭に入ってこない、5回ぐらい読み直していると先生に見つかってしまった。


「授業中にいじるな、没収」

「あっ」


無理やり取らてされてしまう、それでも取られる前に電源を切った。何となく調べたことに背徳感を覚えたからだ。


長い授業が終わり僕は輝秋を呼びトイレに行った。用を足すことも無く備え付けられた姿見の前にある椅子に座る。


「調べたんだ」

「ああ、携帯取られてたもんな」


少ない言葉で理解したのかなおも笑顔で僕の言葉に答えてくれる。


「すぐ授業始まるぜ」

「……………」


笑顔で僕の言葉を待ってくれている。


「分かったよ、サボるの付き合ってやるよ。ジュース買って屋上行こうぜ」

「うん」



僕達はこそりこそりと忍び足で、しかし急いだ足取りで屋上に向かった。屋上は開けていてベンチが4つほどある。屋上は風が強く吹いた風が前髪をかきあげる。まだ春の陽気は程遠く寒さが体を身震いさせる。



僕達は1番近いベンチに座る。深く腰をかけて社長みたいに足を組み手を顎にのせる。



「驚いたな」

「うん」

「今度ちゃんと聞いてみようぜ」

「うん」


輝秋は屋上にある自動販売機にお金を入れ2本の缶ジュースを手に取る。寒い日なのに冷たいものを手に取ったせいで手が赤く染っている。


「そんな悲しそうにするなよ、ほらっ」


そう言って1本の缶ジュースを投げてよこす。僕はそれをギリギリの反応で受け取る。落ちそうになったがなんとか受取った。


「ありがとう」

「………今度お見舞いにでも行こうぜ」


かぱっと缶ジュースの蓋を開けごくごくと勢いよく飲みぷはぁと一息つく。


「なあ、空って広いと思わないか」


そう言うとベンチから腰を上げ大空を羽ばたく鳥のように手を広げた、背が高いから広げる手も幾分か大きく見える。


「いきなりなんだよ」


それを聞き取り輝秋は緑色のフェンスの所に近づくとフェンスをガシッと掴み僕の頭ぐらいまでの高さまで登りジャンプする。


地に足がつくとドンッと鈍い音が広がる。


「何してんの?」

「ん、いや、飛べるかなーって」

「飛べねーよ」

「だよな」


はははと、目を細めにヘラっと笑う。その姿はカッコイイ輝秋の顔に染み付きとても似合うなと思った。


「出来ないことこそできると思えば出来るんだ」

「どいう意味?」

「父親の口癖みたいなもんだ」

「へぇ、いいね」

「…………病気、治るのかな」


隣を見ると輝秋もとても悲しそうな顔で俯く。僕はそれを見て視線を彷徨わせてふと、空を見た。どこまでも続く青空は冬の澄んだ空気によってさらに澄んでいるように見えた。飛行機雲が一線を加えた青空は絵画のような風景だった。


「調べたら、完治はしないって」

「あぁ、知ってる」

「なら聞くなよ」

「……………1回会っただけなのに他人事のように思えないんだ、咲雪ちゃんのこと」

「僕もだよ。数回しか会ってないのにこんなに悲しくなるなんて」


しばらく僕達は黙り果てている。目を瞑り開ける、瞬きの繰り返し。地面を見つめ冷たくなったコンクリートをげしげしと踏んづけてやった。もちろん意味なんてなく少しの反抗心が芽生えたのかもしれない。


「何してんの」


輝秋が訝しげに尋ねてきた。


「八つ当たり」

「俺もやろっ」


ドンッドンッと強く何度も何度もフェンスに登ってジャンプ、着地の繰り返し。僕も繰り返し座りながら何度も地面を踏んずける。息も上がり時間だけが流れて行った。


いつしか時間は過ぎていき2時間目が終わる。


「どうするそろそろ時間だけど」


スマホを見ながら輝秋が言う。それを聞き取りながら僕は小さく頷く。


「戻るか」


そう言って僕も立ち上がり輝秋と屋上を後にした。


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