さよなら
朝の11時。
よく考えたらこんな短期間に同じ女の人と出かけるのは僕にはこの先ありえないことかもしれたない。
人混みのなか彼女の姿が見えた。今日は至ってシンプルな服装だった。笑顔で歩いてくる咲雪に軽く手を挙げて答える。
「おはよー、今日はよろしくね」
「うん」
「いやー人多いね」
「そろそろお正月だからね、それに冬休みだし、学生も多いんじゃないかな」
「そうだね、大丈夫? 目回らない?」
「うん、慣れたかもしれない」
うふふふと嬉しそうに笑う。
「私と出かけることが多いから女の子慣れもした」
「君は普通の女子と思ってないから、他の子と出かけることになったら僕は緊張で夜も眠れないだろうね」
「ひどっ!」
大袈裟に飛び退く。僕はその反応が少し面白くつい口角を上げて笑う。
ショピングモールの中に入ったら外よりも大勢の人で賑わっていた。きっと外が寒いから中でぬくぬくしようと言う人も多いのだろう。
よく見ると家族連れの人やカップルが多い。
僕達もカップルに見られているのだろう。
「まずはここに行きたいかな」
そう言って彼女が店内の案内図を持って指さす。ここの店は帽子が売っているらしい。
「わかった、行こう」
そう言って僕は咲雪の1歩前を歩く。彼女もそれについてくるのが足音でわかった。
なかなかの人混みで歩くのが少し困難だった。何とかお店に着いた時には人混みにやられた僕がゼェゼェ言っている始末だった。
「大丈夫? お水買ってこようか?」
「いや、大丈夫」
なんとか気を取り戻した僕は咲雪に謝りつつ店に入ろうと促す。
店内はオシャレでたくさんの種類の帽子が飾られていた。僕は少しよくわからなかった。
「わーこの帽子可愛い」
「………結構高いね」
名札を見るとかなり高かった。この値段なら何冊本が買えるか? とつい考えてしまった。
「私バイトしてたから結構お金持ってるんだ」
「そうなんだ、僕はバイトに向いてないから、仕事も向いてないかな」
「仕事じゃなくて人間関係が苦手なんでしょ」
咲雪は少し得意げに言ってくる。僕は頷く。
「確かに、そうだね」
特に帽子は買わずにただ店内を見るだけというものだった。僕も本屋で見て回るだけということはよくあるので特に不快には思わなかった。
「次はここ行きたい」
「次はここ!」
「今度はこっち」
「あれ見たい!」
僕に女子と買い物というのは少し困難なミッションだったようだ。行きたい店をしらみ潰しに見て回っては次の店に向かうの繰り返し。僕には少し無理があったようだ。
ショピングモールのフードコートの机に僕は重力に逆らえずううぅとうなっていた。
「ごめんね、ちょっとはしゃぎすぎた」
そう言って僕に水を差し出してくれる。僕は素直に受け取った。
水をごくごく一気に飲み干して息をつく。
「女子ってのはこんなハードな戦闘を繰り返しているの?」
「大変でしょ?」
「とても」
お昼ご飯を頼み僕達は安息の地で休憩をしていた。
「あぁー楽しかったぁ」
嬉しそうに背伸びをする咲雪。
「それはよかった」
「次は君の行きたいところに行ってもいいよ。私はもういいや」
「結局何も買わなかったけどいいの?」
咲雪は首を横に振る。
「輝春くんと回るだけでも楽しかったよ」
「それはよかった」
名前を呼んでくれたことに少し嬉しく思ってしまった。
「なんで僕に声をかけてくれたの」
ふと、僕はそんなことを口に出していた。
ずっと思ってきた率直な疑問だったのだろう。
僕に話しかけようなんて人クラスでも数人しかいない、たとえ一目見て好意を寄せているのだとしたらそれは何だかちがう気がする。
「んんーとね、どゆこと?」
「公園のベンチで、君は僕に声をかけてくれた、それ自体どうしてかなって思って」
咲雪は少し考える素振りを見せてからすぐにニコッと笑って、
「なんとなく、寂しそうだったから?」
「疑問形だね、最初は僕を誰だと思って声をかけたの?見待ち構えたんでしょ」
「まぁ、そうだね」
「そう言えば君はどこの学校に行っているの。ここら辺は高校が沢山あるけど」
「…………そのうち分かるよ」
「お待たせしました、こちらサラダスパゲティとハンバーガーです」
注文した食べ物が届いた。僕はそのハンバーガーを人かじりする。咲雪はサラダスパゲティだった。少し美味しそうだがお昼に食べるには少ない気がした。
「まあ、いいじゃない、こうして君と仲良くなれたんだし」
「………仲良くはなくないか?」
「えぇー仲良しだよ」
咲雪は、驚いたように手を上げる。大袈裟だった。それに再び僕は笑ってしまう。
「いつか、ちゃんと話すね」
「…………うん。まぁ、それまで待つよ」
「ねぇ、この後どこいく」
「本屋」
「好きだねー」
「うん、好きだよ」
「なんか照れるなぁ、好きだなんて」
「君には言ってないよ」
咲雪は嬉しそうにスパゲティを食べ始める。頬が少し赤い。
こうして間近で良く見ると整った容姿はとても綺麗だった。初めて顔を合わせた時も同じ感想を持ったのを思い出す。黙っていれば可愛いのに、とはこう言う感じなのかもしれない。
「どうしたの? そんなまじまじ見て? 照れるよ」
「照れてるの」
「ちょっと」
咲雪はきゃー、と顔を手で覆い隠した。その仕草が何だかとても小動物のようで可愛かった。
****
結局今日は本屋に寄ってから解散することになった。まだ空は青かった。
僕は咲雪を駅まで送っていくことにした。
「じゃ、またね」
「うん、今日は楽しかった! ありがとう、あっ、上着忘れた」
「いいよ、また今度」
「そう、ならまた……………………また、今度ね」
そう言って咲雪は振り返って大きく手を振ってから駅の人混みに消えてしまった。
彼女の背中はなんだか楽しそうな、どこか悲しそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。
****
冬休み最終日、僕は部屋で本を読んでいた。最後のページまで来たところで本を閉じ本棚に返してやる。ふと、机の上に置いてある携帯を開く。最後のメールが届いたのは僕が西畑咲雪と買い物に出かけた次の日。
『私は溶けてなくなるの、雪のように』
この意味のわからない文章を何度読み返したことか。そのまま放っておいたが少し心配になり何度か僕からもメールした。しかし返事は一切なかった。心配だけどどこに住んでいるかもわからない。
僕は部屋で毎日本を読むことだけに専念した。
そして、冬休みがあける。