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9.提案してみました。

 すべての部署をまわって仕事内容を聞いたり質問をしたりしていたら結構な時間が経ってしまった。

 オークスさんが心なしかぐったりしている。お義父様の命令だから仕事だとはいえ、少し申し訳ないな。

 最初に入ったお義父様の執務室に戻って、見学した結果を報告する。


「おかえりアリア。領府はどうだったかな?」


「はい、皆さん精力的にお仕事してらっしゃいました。質問をしたことによってお仕事の手を止めさせてしまったのですが、親切に対応していただきました。さすがイクスベリー領府の方々です」


「そうか。それは良かった」


「ただ少し気になったのですが……」


 見学している中で仕事が滞っている部署があった。

 若い方の多い部署で、一人に仕事が集中していた。

 周りはその人に質問するのに順番待ちだし、一人では質問に対応するのも大変そうだし、その人自身の仕事はさばけないしという状態のようだった。

 今日は人員が足りていなかったのだろうか?と思ったら、あの部署はもともと新しい方が多かったらしいが、先日の役場の不正で人員が足りなくなり、中堅の人たちがヘルプに行ってしまっているらしい。

 そして足りなくなったところにまた人を入れたが、仕事を教える人材の余裕も時間の余裕もない。とのことだった。


「何とかしたいとは思ってるけど、とりあえずひと段落するまでは頑張ってもらうしかないかな……」


「業務マニュアルはあるんですか?」


「マニュアルか……話には聞いたことがあるけど、確かあまり有用性がないとかって聞いたような?」


 業務のマニュアル化は実は私のお母様が提案したことだったが、知識を専有化したい人間が多すぎて広まらなかった。

 貴族からも不評だったがそれ以外からも不評だった。みんな周りから特別視されたいらしい。


「新しい人が部署に来た時に、誰でもその仕事が分かるように作るものなんです。こういう場合はこうするとか、フロー図などを使って……――」


 私自身はいいものだと思っているので、業務マニュアルの内容と利点を説明する。

 領府で働くほとんどの者が貴族ではないし、見栄とプライドの塊である貴族よりも実利を取ってくれる可能性はあるだろう。

 私は前世で自分が手伝った職務の分だけ作っていたが、かなり使えるものになっていた。

 私が抜けても他の人員で即時対応可能だった。……だから心置きなく追放されたんじゃないかと言われたら何も言えないが。そもそも最初は皇太子の為に作ってたしな……。

 しかし、実際使えることには変わりはない。


「――というものなのですが……あの、現状がすぐに改善されるわけではないのですが、今後の為に作ってみてはいかがでしょう」


「うーん、なかなか面白そうだけど、今すぐは無理かな。作るためには人手がいるでしょう」


 貴族にもかかわらず、さすがお義父様、反応は好感触だ。が、やはり人が足りないようだ。それなら……


「余剰の人員ならここにいます」


「……あー、え、でもあれだよ?聞いた感じ結構難しそうだけど大丈夫?職務に精通していないと作れなさそうだけど」


 お義父様が困ったように笑った。

 できないと思うのも無理はない。マニュアルは新人が作るようなものではないのだ。

 しかし、私が作るメリットがある。


「この業務マニュアルというものが広まらなかった原因は、皆自分が知っていることを簡単に教えたくないからなんです。苦労して身に着けた知識を教えたくない。そうすれば職場で必要とされるし、仕事を取られて首を切られることもない……そんなこと、雇用主がまともなら起こらないことなんですけどね……」


 そう、だから広まらなかった。必要じゃないからと首になって路頭に迷ってもなんの保障もない。みんな自分が可愛い。そう考えるのはもっともなことだと思う。

 でも経験や信頼というのはマニュアルだけに変えられるものではない。

 イレギュラーな事象に対応できるのはマニュアルじゃない。経験豊富な人材なのだ。

 仕事を行う上で人手は絶対にいるのだから、必要とされなくなることなんてない。

 まともな雇主ならわかるはずだし、ここのトップはお義父様だ。

 ……問題はないはずだが、不安になる人もいるかもしれない。


「でも尋ねる人間が子供なら?仕事を取られるとは思わないでしょう。マニュアル作りだって大したものはできないと思われるから、多分警戒せずに教えてくれますよ」


 子供に仕事をとってかわられると思う大人はいない。作るだけ作って業務が円滑に回るようになれば、不安もなくなるだろう。


「なるほど……自分が子供という意識はあったんだね。そしてそれを利用すると……まぁやってみてもいいんじゃない?アリアが余剰人員なのは確かだし、もし難しすぎて出来なくても困らないし」


「ありがとうございます。鋭意作成させていただきます」


 お義父様に許可をいただいたので、まず比較的余裕がある部署に配属させてもらうことになった。

 雑用を行いながら仕事を覚えてマニュアルを作成する。時間はかかるかもしれないが、ある程度根幹となる部分を作ったら、細かなところはその部署の人間が上司と相談して追記できるようにしてもらおう。

 マニュアルの作成は広く浅く業務を学ぶことになるので、色々な経験が積めるだろう。

 思わぬところから願ってもない仕事をさせてもらえることになった。

 失敗してもデメリットがないとはいえ、お義父様の理解が得られて本当に良かった。

 今日はこれで帰るように言われたので、明日からの業務に思いを馳せながら家路についた。




 ******




 アリアが退出した後、私の側近であるオークスがなんとも言えない顔をしてこちらを見ている。

 気持ちはわかるけど。


「アイヴァン様、彼女は……本当に7歳ですか?」


「間違いなく7歳だよ。しかもちょっと前まで平民だった」


「領府内を見学していた時の質問の内容が、完全に子供のものではありませんでしたよ……。『転生者』でもないとか、何かの間違いじゃないですか?」


「ちゃんと調べたって、君の方が知ってるだろ?」


 世界中にいる『転生者』。

 貴族に現れることが多いが、平民にも現れる。

 ごくたまに生まれてくる『転生者』は、神々の国の記憶を持つと言われており、彼らにしか理解できない言語を生まれながらに理解している。

 『神の使徒』とも呼ばれるが、優秀な者程その呼び名を嫌うため、あまり使われない。

 とても高度な文明の『神の国』の記憶がある彼らだが、総じてその文明の仕組みには詳しくないため再現するのは難しい。

 精神年齢が高いため幼いころから大人びた言動をする者がほとんどらしく、もしかしたらアリアもそうかと思って家に迎えるまでに調べたが、違った。

 というかオークスに頼んで調べてもらったんだから、疑うまでもないだろ。

 私はむっとした顔で黙り込んだ側近を見ながら続けた。


「ちゃんと大人顔負けの優秀さだよって言っておいたじゃないか。天才だって。信じてなかったみたいだけどね」


 だからオークスに見学の案内を任せたんだ。アリアは非凡さは実際会って話してみないとわからない。

 7歳の女の子だと聞いて想像できる範囲を超えている。


「いえ、てっきり可愛い養女が出来て浮かれてるのかと……」


「君の中の私のイメージ酷いな。浮かれたって仕事にまで持ち込むわけないだろ。早くイクスベリー領政を手伝いたいと、イクスベリー家の子が言ったんだ。教育の機会としては最高じゃないか」


 まぁ想像していたよりも優秀だったんだけど。

 マニュアルとか昔他国でちょろっと発表されたものどこで知ったの?

 うちの国でもまだ王太子だった陛下が話題に出して、さっくり貴族たちに潰されてたはずだよ?

 それで『転生者』じゃないの?

 ……まぁ優秀でも『転生者』ではない、()()()7歳児の彼女がどこまでできるかは正直わからないが、アリアの教育にはいいだろう。


「……ランバート様とジョシュア様は大丈夫なんですか?いきなり出来た兄弟が優秀すぎる天才とか……」


「ジョシュアは年下だし弟だから、出来のいい姉が出来ても大丈夫だろ。そもそもランバートが優秀でも平気なんだし」


「程度があるんじゃないですか……?まぁ、貴方がそう言うならいいですけど」


「ランバートは……多分大丈夫」


「なんですかそれ」


「気にしないと思う。……多分」


 じっと見てくるオークスからさっと目を逸らす。視線が痛い。


「さてはその辺りのこと何も考えずアリア様を養女にしましたね」


「だって……優秀な人材が欲しかったんだよ……優秀な貴族が増えて欲しかったんだよ……」


 はぁ、とため息をついた音が聞こえる。そしてあきれたような声がした。


「あなたのそういうところ本当に凄いですよね。……思春期のご子息たちのフォロー頑張ってください」


 私は何も言えず、そっと次の仕事の書類を引き寄せた。






知識チートは定番かと思って。


お義父様たちの言っていた『転生者』には転生した人という意味はありません。日本人から生まれ変わった人のことを、世界共通語で「テンセイシャ」と神の国の言葉(日本語)で発音しているだけです。『神の使徒(現地語)』とかいう中二病よろしくな名称で呼ばれたくなかった人が「転生者って呼んで!マジで!」って拒否したからこうなりました。どの国にも1、2人くらいいる設定です。

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