7.紹介してもらいました。
「ではアリア。家の中を案内するよ」
領庁へ向かうため慌ただしく出ていったお義父様に後を任されたランバート様が、そう言ってドアの方へ促してくれた。
もちろん私に否やなどない。
「はい、ありがとうございます。お願いします」
「僕も行く!ねぇ、姉様って呼んでもいい?僕のことはジョシュって呼んでね」
人懐っこい笑顔で私の腕を取り、ジョシュアが話しかけてくれる。
仲良くなろうとしてくれているみたいで、とても有難い。
「もちろんです」
「敬語じゃなくていいんだよ。姉様は僕の姉様で、僕は姉様の弟だもん!」
「砕けた話し方は苦手なのだけれど……頑張るわ」
ガレリア語を話す時は敬語じゃないと、最近まで使っていた下町の言葉が出てきそうなのだ。
それはさすがに砕けすぎというものなので、気を付けないといけない。
「僕のこともランバート様ではなく、兄と呼んでくれ」
「はい、ではお義兄様と。……二人ともありがとうございます」
家族として接しようとしてくれていることがとても有難くて、そしてとても嬉しい。心からお礼を言った私を見た二人は満足そうに笑った。
ひとしきり屋敷の中を案内してもらった後に、執事長とメイド長への紹介を頼んだ。
「執事長とメイド長?構わないが……多分後で彼らの方から挨拶に来るんじゃないかな」
「そうですね。立場上そうなりますが……ここでは私の方が新参者ですから、まずはこちらから伺おうかと」
彼らの方がずっと長くここで暮らしているのだ。雇い主の養女になるので表面上の立場は上でも、彼らの心情的には私はぽっと出の庶民だろう。
まぁあちらもプロだから表には出さないだろうし、こちらも雇い主の娘としての態度で接するが。
「彼らは雇われているんだ。気にすることはないと思うが……」
「お義兄様とジョシュはそれでいいのですよ。……彼らはここで働き、伯爵家に尽くしてきた実績があります。何もない私が敬意を払うのは当然のことです」
「……君の方が偉くても?」
「立場の上下と、敬意を払うか払わないかは関係がないのですよ」
「関係がない……」
「えぇ、ですので――……あぁ、ここの方々は優秀ですね」
複数の人が部屋に近づく気配がする。部屋からメイドが一人離れたのはわかっていたが、こんなに早く呼んできてくれるとは。
不思議そうな顔のお義兄様に笑いかける。
「おそらくお義兄様の言う通りになりました。ご紹介をお願いします。」
ノックの音が部屋に響いた後に名乗ったのはやはり目的の人物達だったようで、お義兄様とジョシュが驚いたような顔をしながら入室の許可を出した。
紹介してもらった二人は、執事長がケネス、メイド長がミーシャというらしい。四十代半ばといったところの二人は先代が当主だったころから伯爵家に仕えているそうだ。
「これからお世話になります。本当は伯爵家で働く皆に挨拶したいところですが、仕事の邪魔になってはいけないので、二人から私がよろしく言っていたと伝えてもらえますか?」
「かしこまりました。……お嬢様付きのメイドをご紹介いたします。ノエル」
呼ばれて前に出たのは先ほど二人を呼びに行ってくれたメイドだった。歳は20代半ばといったところか。
優秀なメイドがついてくれると、こちらも主人として相応しくあろうと背筋が伸びるので有難い。
「ノエルと申します。アリアお嬢様のお世話全般を担当させていただきます。よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします。私はこちらに来たばかりなのでまだ勝手が良くわかっていません。伯爵家に相応しくない言動等がありましたらすぐに教えてください。これはノエルだけでなく、皆にもお願いしたいと思います」
最後の言葉だけは執事長とメイド長に目線を合わせて言うと、二人は心得たとばかりに頷いてくれた。
「では皆にはそのように伝えておきましょう。……旦那様からお聞きしてはいましたが、本当にしっかりしていらっしゃる」
執事長から好印象の言葉をもらえてホッとした。家のトップはお義父様だが実際に取り仕切るのは使用人たちだし、彼らの方が数も多い。
平民の娘だった私を受け入れてもらうためには信頼を積み上げるしかないし、やはり最初の印象が良いに越したことはない。
「ありがとうございます。イクスベリーの名に恥じないよう頑張っていきますので、協力してもらえると有難いです」
「もちろんでございます、お嬢様」
にっこり笑ってお願いすると、二人もにっこり笑って返してくれた。
挨拶も終わったので、忙しいであろう執事長とメイド長に退出してもらった後、その場は一旦解散になった。私はノエルに自分の部屋へと案内される。
「ここがお嬢様のお部屋でございます。何か入用なものがあれば仰ってください。すぐご用意いたします」
「あ、では、ここで働く人たちの名前と、それぞれの仕事内容をまとめたものを下さい」
「は……仕事内容、ですか」
ノエルが一瞬呆けたような顔をし、すぐに通常の顔に戻った。
「雇い主の娘として把握しておくべきでしょう」
「かしこまりました。ご用意してまいります。……その前にお茶の準備を致します。お疲れでしょうから、お休みになっていて下さい」
なんやかやと今日は忙しく、疲れていたので有難い。優秀なメイドの言葉にうなずき微笑む。
「ありがとうございます」
主人の娘として、伯爵家の使用人の質の高さに負けないよう、私は密かに気合を入れ直した。
次の日、午前中はマナーの教師が来てくれて、お茶会や食事会の作法を教えてくれたが……大体のことは昔学んだことと変わらなかった。
外交に出向く可能性のある国のマナーは一通り学んでいるし、その中でも特に大国であるガレリア王国の作法はみっちりと学ばされた。
最近出てきたこと以外は割と完璧だったらしく、教師が少し驚きながら褒めてくれた。
しかしガレリアの作法については、体に染みついているという程ではない出来である自覚はあるので、おそらく7歳児にしては完璧ということだろう。
精進しなければいけない。
「午後からイクスベリー卿の下へ行かれるのですよね。簡単な報告が早めにほしいとのことだったので、少し早いですが今日の授業はこれで終わりです。報告書を書き終わるまでここで本を読んで自習されていてもかまいません。質問もお受けしますよ」
もちろん私は自習をすることにした。王宮での作法が書かれた本を読んだが……やはり大体知っているものと変わらないようだ。
あとは相手の爵位などによって変わる細かな対応を頭に入れるのと、今知っているものの反復練習だな。
報告書を書き終わり、執事に渡した先生に挨拶をする。
「まだまだだとは思いますが、精進してまいりますので、これからご指導よろしくお願い致します、先生」
「いえ、ぜんぜんまだまだではなかったですが……。自習中も疑問はなかったみたいですし――次からはもっと踏み込んだ授業にしますね」
次回から難易度が上がることをにこやかに告げられた。伯爵令嬢として恥ずかしくないよう付いていかなくては。




